1話 友達
生まれた頃から中々、激動な人生を歩んできたと思う。
この世界では、それぞれに属性というものが備わっている。それは生まれつきのもので一生変わることはない。人はその属性に沿って使える魔術が決まっているため、できるだけ有能な属性や、複数餅が好まれる。ただし、『陽』であれば。人を操ることを主とする『陰』は存在自体を悪と捉えられる場合がある。まあ、俺には関係のない話であったが。
俺の属性は『無』であると判明した。それはつまり『属性なし』ということ。何の魔術も使えないのだ。それだけじゃなく、俺は途轍もなく不運だ。小学校ではいじめられ続けた。10歳で両親が亡くなり、親戚は誰も引き取ってくれなかった。施設に入った後も周りから遠巻きにされていた。
まあ、良いこともあった。中学生になると、俺の両親になりたいという人が現れた。慣れないこともあったけど、それなりに養父母や中学の友達と打ち解けれた。
そんなことがあって今、高校生になった。俺が通っている高校は彩明学院。偏差値は対して高くはないし、魔術能力のレベルもそんなには高くない。普通の学校だ。そんな高校に入学して一週間が経とうとする。俺は仲の良い友達ができ、クラスで目立ちはしないが和やかに学校生活を送る予定だった。
「そういえば、奏斗。高校で友達はできたか?」
「ブフッ!」
だが…。
「えっ、もしかして、まだ」
「ま、まさか!もう友達もたくさんできたよ!クラスの全員とも友達だし!」
だが、現実は…。
「いや、でも」
「あ、あ~!も、もう学校行く時間だな~!じゃあ、行ってきますっ」
そういって、飲んでいた牛乳を飲み干してそそくさと玄関に駆け出す。後ろで養父が「おい!」と呼ぶ声がするが今は気にしてられない。正直、その話はできるだけしてほしくない。今はそっとしてほしいんです。
家から走って3分ぐらいは経っただろう。途中、「食器片づけてなかったな」とか、「忘れ物してないかな」とか心配ごとで溢れたが、いまさら戻るなんてできやしないんだ。
「…は、…は、…はあ」
全力疾走をしたから、かなり息が乱れてしまった。ふと、隣を見るとお店の窓に反射するぼさぼさ頭の黒髪黒目のフツメンの男がいた。しかも、寝ぐせというオプションまでついている。右手で押さえてもピョコンと反発してすぐに元に戻る。バックをその場に置き、両手で押さえる。それでも結果は変わらない。「反抗的な奴だ!」と内心悪態をつくが、思い通りにはいかない。はあ、と肩を落とした。
コツ、コツ、コツ
そして嫌な予感がする。俺はこの靴の音を一週間で何度聞いた?友達ができないどころか、遠巻きにされているのは誰のせいだ?四六時中、ストーカーをされているのは俺が悪いのか?
「…いや、全部お前のせいだ」
後ろでぴたりと音が止む。すると鈴のように凛と美しく、同時に何の感情も読み取れないほど冷たく恐ろしい声がした。
「おはようございます、曽我部奏斗くん。ところで今、何か言いましたか?」
見上げると、そこには予想通りの人物がいた。腰まである長い銀髪は、絹のように滑らかだ。毛先は緑色に染められ一見不良のように見えるが、彼女の凛とした立ち振る舞いや鋭い金色の瞳からか、それすらも清廉されているように思える。スカートから出る長い足は白色のニーハイと茶色のローファーに包まれている。左腕には彩明学院の風紀委員の腕章がつけられており、彼女の役目が何かをはっきりとわからせていた。
そして肝心の服装は、何故か緑色のメイド服だ。いや、本当に何故かはよくわかんないし、すれ違う1年生はみんな驚いてたから、多分彼女、というか風紀委員がおかしいんだと思う。
「曽我部くん?そんなにじろじろ見てどうしたんですか?見惚れたんですか?それなら」
「ふ、ふざけんな!」
思ったよりも大きな声が出てしまった。周りの会社員や高校生が何だ何だと見てくるが、一度出てしまったら止まらないんだ。
「全部お前のせいだ!出合い頭に風紀委員に勧誘してくるせいで、クラスメイトどころか1年生全員に一歩引かれるし、そのせいで友達出来ないし、話しかけても愛想笑いされるし!ストーカーしてくるのも怖いし!全部お前のせいだ!あと俺の属性は『無』だから風紀委員には絶対向かないよ!」
「曽我部くん…」
はっ、とした。流石に相手は女子だし、言い過ぎたか。泣かせたりとかしたら、申し訳ないよな。
そう思いながら、恐る恐る顔を見るとその端正な顔が驚いたような表情となっていた。そして、
「心配しないでください。風紀委員はいかなる属性の方も受け入れますよ、『陰』でなければ」
「ちげえよ!」
何だかこっちが泣きそうになる。あまりにも話が通じなっさすぎる。上がった肩が再び下がった時、うっすら遠くからチャイムの音がする。慌ててスマホを見ると8時25分。ホームルームまであと5分。間に合わなければ遅刻になってしまう。入学早々、遅刻って…。ぼっちで遅刻魔の称号を与えられるのは酷すぎる。でも、俺の体力と足の速さでは到底間に合わないし。
「どうしよう…」
「曽我部くん、交渉をしませんか?」
彼女を見るとこちらに掌を差し出していた。
「曽我部くんが私の願いを聞いてくれたら、曽我部くんを遅刻から救ってあげます」
「…どうやって?」
「私を誰だと思っているんですか?そんなの朝飯前ですよ」
「…風紀委員には、入らないよ」
そういうと彼女はくすりと笑った。ふと思えば、この1週間ずっと彼女に追いかけられているのに笑ったどころか表情が変わるところを見たことがなかった。ほんのちょっぴり見惚れてしまった。相手は俺の最悪な学園生活の原因のストーカーなのに。
「風紀委員には、ちゃんと曽我部くんが入りたいって言ってくれるまで待ちますよ。願い事はそれとは別です」
「何?」
「私の名前を呼んでください。私は『お前』という名前ではありませんので」
「!で、でも…」
「でも?」
「俺、お前の名前を知らないし」
そう言うと、彼女は優しく微笑んだ。そして次の瞬間には俺を抱きかかえていた、お姫様抱っこで。あれ?お姫様抱っこ?
「え!ちょっ!」
「それは交渉成立ということでいいですよね」
「ちょっと!ほんとに」
「では時間がないので、これで行きますね」
「待って!別の方法は!」
『転移』
「なあ!話を」
初めに感じたのは暴風。強すぎて、目も開けれず鼓膜が破れそうになるほどの。その風が止むと次に感じたのは音だった。馴染み深いチャイムの音。
ハッとして目を開くと、そこは俺の教室だった。そしてクラスメイト全員からの驚愕のまなざし。
顔が赤くなるのがわかった。俺、今お姫様抱っこされてるんだった。
「あの、下ろしてください…」
「曽我部くん、間に合ってよかったですね」
俺のこんな様子にも一切気にせず、彼女はいつも通り綺麗な動作で、俺を下ろす。そしてこちらに対し綺麗なお辞儀を見せて、教室から出ていく。ふと、彼女は振り返りこちらに優しく呼びかけた。
「曽我部くん、私の名前は三神翠と申します。どうぞ翠と呼んでくださいね」
そうして彼女は教室から出ていった。嵐の後の静けさのように教室は静まり返っていた。そんな沈黙に耐えられなかったのか、担任が一つ咳払いをした。
「ああ~、曽我部。ホームルーム始まっているから座れ」
呼ばれ、クラスメイトを見るとみんな苦笑いをしていた。また、顔が赤くなっている気がする。
「スミマセン」
うつむいたまま窓際の自席へと座る。その時に気づいた。
バック、店の前に置き忘れてる。
…いや、これはチャンスではないか?これを機に隣の人と仲良くなれるのでは?
「あのさ、ちょっといい?」
「ふぇ!な、なにでございましょうか!」
思ったよりも驚かれ、隣人は大きな声を出してしまった。その時、担任にジッと睨まれ、隣人は不貞腐れていた。
「くそ!あの伊達メガネめ!」
「あの~、橋田くんだっけ。実はさ、ちょっとお願いがあって」
「え、お…ぼ、ぼくにですか、」
「実はさ、バッグを忘れちゃって…」
何故かオドオドしていた橋田は俺の話を聞いて、大声で笑い始めた。
「ははは!何それ!オレ、てっきり三神さんと仲良くしているから怖い奴かと」
「おい、橋田うるさいぞ」
「案外、お前って面白い奴なんだな」
「聞いているのか」
「オレさ、お前に聞きたいこといっぱいあるんだ!これから仲良くしようぜ!」
「橋田」
橋田の前に影が落ちる。
その時、俺の方を向いて話していた橋田は動きの悪い機械のようにカクカクっと首を動かす。インテリみたいな顔をして、体はでかくてごついうちの担任はゆっくりと橋田の肩に手を置く。
「きちんと、人の話は聞こうな」
「…ハイ」
「曽我部も」
「…」
ホームルームが終わり、担任は職員室へと帰っていった。俺と橋田は顔を見合わせ笑いあった。
ああ、父さん!やっと友達出来ました!