俺の彼女は「もしも願いが一つだけ叶うならどうする?」と聞いたら即「叶えられる願いを増やす」と返すタイプの美少女
俺には彼女がいる。
名前は黒川雛乃、女子高生で俺のクラスメイト。
背中を覆うほどの長く艶やかな黒髪を持ち、上品な白肌に切れ長の眼、つんとした鼻、薄い唇を備えた、たとえるなら雪女を思わせる美少女だ。彼女の大人びた容姿には、ウチの高校の紺のブレザーが良く似合う。
そんな彼女と付き合い始めてからは、学校帰りに落ち着いた雰囲気の喫茶店に寄って、取り留めのない話をすることも多くなった。
しかし、雛乃の受け答えはどうも「俺の求めてるものと違う!」ってなりがちなんだよなぁ……。
***
ミルクティーを飲む雛乃にこんな質問をしてみた。
「もしも願いが一つだけ叶うならどうする?」
「叶えられる願いを増やす」
ほぉら来た。
確かにそれが正解なのかもしれないけど、話が続かないんだよなぁ。
例えば「大金が欲しい」なんて答えに「それが一番だよな」「でも大災害が起きたら紙クズになるぞ」なんて返したり。「不老不死になりたい」って答えに「永久に死ねないの辛くない?」と返して、そこからじゃあどういう不老不死ならいいか議論したり。「この世から戦争をなくす」なんて回答に、戦争がなくなる代わりにどういうことが起きるか考えてみたり。
こんな感じで雑談を楽しむためのフリなわけだけど、「叶えられる願いを増やす」は何でもアリすぎて、こういうこともできない。
無限に願いを叶えられるなら、金も地位も名誉も手に入るわけだし、キャンセルしたくなったらキャンセルできるし、話を広げようがない。
でもまぁ……何とかやってみよう。
「叶えられる願いを増やしたら、どうしたいわけ?」
「決まってるでしょ。まず、あなたにお金を沢山出してあげる」
「え」
「それとあなたの体を健康にして、寿命を延ばして、好きな物を出してあげて、旅行にも行かせてあげて……」
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくれ」
「なぁに?」
「せっかく増やした願いを全部俺のために使う気なの?」
「そうよ」
全く迷いのない一言だった。
俺は面食らいつつ真意を問う。
「どうして、そんなことを?」
「だって私、あなたのこと好きだから」
こう言って視線を逸らし、頬を染める雛乃。
だけど、俺の求めてるものじゃないんだよ……なにしろ、あまりにも可愛らしくて、愛しすぎて、もう願いがどうたらなんて会話はどうでもよくなっちゃうから。
***
カフェオレを飲む雛乃にこんな質問をしてみた。
「もしも宝くじで10億円当たったらどうする?」
「貯金」
ほぉら来た。
確かに一番無難な答えではある。
10億も手に入れて変に散財したら、近所でも噂になって、悪い奴らを呼び寄せる危険性もある。今だと闇バイトの連中に狙われたりな。
こっそり貯金して、なるべく地味に質素に暮らすってのが多分一番の正解なんだよな。
だけど、これじゃ話が続けない。「ブランド物の服を買う」なんて返ってくれば「着飾った雛乃を見るの楽しみ」なんて返せるし、「旅行に行く」なんて答えならそこから「じゃあどこに行く?」って話にできるし、「ラスベガスでギャンブル!」なんて返ってきたら雛乃の意外な一面に驚くことができる。
だけど、「貯金」じゃなぁ。ふーん、堅実だね。それが一番だよね。としか返しようがない。
とにかく、話を広げてみるか。
「10億円、全部貯金しちゃうの?」
「うん」
「貯金したお金はどうするの?」
「あなたが怪我や病気をした時の治療費とか、他にもあなたが何かお金が必要になった時に使えるよう、とっておくの。そうすれば安心でしょ?」
「え、俺のため……?」
「うん」
「どうして……」
俺の問いに、雛乃はニッコリと微笑む。
「好きだから。10億円くらい捧げてもいいくらいに」
こりゃ参った。
だから俺はこういうの求めてないんだって。
嬉しくて、嬉しすぎて、もう宝くじのイフ話なんかどこかに吹っ飛んじまうんだから。
***
ココアを飲む雛乃にこんな質問をしてみた。
「もしタイムマシンがあったらどこの時代に行きたい?」
「どこにも行きたくない」
ほぉら来た。
そりゃあ、昔の時代なんか行ったって、テレビもなければスマホもない。飯も今ほど美味くないだろう。下手すりゃ言葉も通じない。いきなり武士に斬られるかもしれない。
未来に行ったとしても、果たして明るい未来が待ってるかどうか。核戦争で滅んだ後の世界だったり、宇宙人に支配されたりしてる未来が待ってたりして。
結局、今いる時代が一番だってことだ。
だけど、そういうことじゃないんだよなぁ。
例えば織田信長に会いたいとか、新選組をこの目で見たいとか、三国志の時代に行って孔明と握手したいとか。マリー・アントワネットに「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」って本当に言ったんですかってインタビューしたいとか。あるいは未来でスーパーロボットは開発されてるのか知りたいとか。そういう話をしたいんだよ。
「どこにも行きたくない」じゃ、それで話が終わってしまう。
とはいえ、せっかくなので理由を聞いてみる。
「なんでどこにも行きたくないの?」
「だって……あなたがいない時代なんて行ってもつまらないじゃない」
ドキンとした。
「ようするに俺と一緒じゃなきゃ嫌ってこと?」
「うん、嫌」
「逆に言えば、俺が一緒ならどこの時代に行ってもいいってこと?」
「いいよ」
だったら、と俺は無茶振りしてみる。
「俺はティラノサウルスを見たいから恐竜の時代に行く、って言ったらついてくる?」
「もちろん」
「恐竜って怖いよ?」
「あなたが一緒なら怖くない」
「俺たち二人とも、食べられちゃうかもしれないよ」
「いいよ。あなたと一緒なら。なんの悔いもない」
まっすぐ見つめられ、俺の方が目を逸らしてしまう。
俺は求めてないから、こういうの。
もう織田信長もマリー・アントワネットもティラノサウルスもどうでもよくなって、俺も雛乃のいる時代ならどこでもいいって言いたくなっちゃうだろ。
***
ブレンドコーヒーを飲む雛乃にこんな質問をしてみた。
「もし明日死ぬとしたら、最後の食事は何を食べたい?」
「いつもと同じでいい」
ほぉら来た。
この質問はいわゆる最後の晩餐に関する質問だ。「いつもと同じ」って答えは、最後まで普段通りに過ごすって感じでかっこよくはあるけど、どうにも話を広げにくい。
「豪勢な食事をしたい!」的な答えならどんなのがいいか話し合えるし、「お母さんの料理」とかならお互いのお袋の味を話題にできる。「好物を食べたい」なら、雛乃の好物が分かるから色々と今後のためになる。
だけど「いつもと同じ」じゃなぁ……。
まあ、俺もいつものように話題を盛り上げる努力をしてみるか。
「いつも通りって、特別な食事をしなくていいの?」
「うん」
「なんで?」
「私、死ぬ時はあなたへの思いを抱きながら死にたいの。特別な食事をしようとすると、そっちに気を取られて、余計なこと考えちゃいそうだから」
「……!」
明日死ぬという事態になったら、特別なことをせず、俺のことだけを考えたいってことか。
「でも最後の食事なんだし、好きなもの食べた方が……」
「ううん、私は好きなものを食べるより、好きな人のことを考えたい」
「そ、そう……」
だーかーら、俺はこういうの求めてない!
雛乃のことが可愛すぎて、最後の食事の話とかどうでもよくなっちゃうから。
ていうか、最後のことなんか考えたくないから! 話を切り上げるしかないじゃん!
***
アイスティーを飲む雛乃にこんな質問をしてみた。
「もしも願いが一つだけ叶うならどうする?」
俺は慌ててこう付け加える。
「ただし、“願いを増やす”ってのは無しで!」
ふぅ、先回りしてやったぜ。さあ、どう答える?
「うーん……」
雛乃は悩んでいる。
これだよ。こういうシーンを見たかったんだよ。
悩んだ末出てきた願いを肴に、色んなトークをしたかったんだよ。
しかし、本当に悩んでるな。どれ、助け船を出してやるか。
「雛乃は俺のこと好きだろ?」
「うん、好き」
こうもあっさり答えられると、かえってリアクションに困る。
「だったら“俺がもっと雛乃を愛するようにして”って願えば?」
雛乃は首を横に振った。
「ダメよ。そんなことしてあなたに愛されてもちっとも嬉しくない。願いなんかに頼らず、素のままのあなたに好きになってもらってこそ、意味があるんだから。私は大好きな人の心を願いで操るなんてことは絶対したくないの」
「そ、そう……」
俺の提案は却下された。
「私はなかなか出てきそうにないから逆に聞くね? あなたならどんな願いを叶えてもらう?」
「うーん……」
少し悩んでから答える。
「俺は……ないかなぁ」
「あっ、ずるい! 人にばかり答えさせて!」
目を細め、ちょっと俺を睨みつけてくる仕草がまた可愛い。
だって仕方ないじゃんか。
現時点で大好きな雛乃と付き合うという最大最高の幸福を味わってる俺が、これ以上『どんな願いを叶える?』と聞かれてもちょっと思いつかないよ。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。