冬のろくろっ首
昔々、冬のろくろっ首の悩みは寒いと首が伸ばせないことだった。
夏はよかった。
暗い通りですれ違う町人の前で、するするーっと上や左右に首を伸ばすと、とてもいい反応で腰を抜かしてくれた。
たまげた人間の『魂げっ気』を食べて、それで若さを保っていられた。
でも冬は、寒くて寒くて、とても首なんか伸ばしちゃいられない。
伸ばしたら着物の衿から入り込んだ風で凍えてしまう。
だから首を縮こまらせて、冬の寒さに耐えていた。
現代のろくろっ首の悩みは、スマートフォンだ。
地球がおかしくなって、冬も暖かく過ごしやすいようになった。
たまに身が凍えるような寒い日もあるけど、そんな日にもぽかぽか暖房の効いている広い建物の中で、人間を驚かすことは出来るはずだった。
「ハア〜……」
「どうしたの、轆美? ため息なんかついちゃって」
隣を歩く未可子が冷やかすように聞く。
冬の通学路は今日もあたたかく、次から次へと同じ高校の生徒たちが通学して行く。
「……最近、元気が出なくって」
轆美が首を垂れてそう言うと、未可子は元気づけようとして背中をばん!と叩いた。
「大丈夫かあ? ちゃんとメシ食ってるかあ? アハハッ!」
背中を叩かれた衝撃で首がぽろりと前に落ちかけた。
気だるそうにそれを引き戻すと、轆美はまたため息をつく。
「……最近、『魂げっ気』を食べてないからなあ」
「何それ? 何の新商品? タマゲッティ? パスタ? 流行ってんの?」
「人間が驚くと、口からそれが出るんだよ。昔は毎日のように食べてたのに……」
「またそれかあ」
未可子が笑い飛ばす。
「あんた自分のこと、よく『妖怪だ』って言うけど、違うから。ちゃんと人間だから。ほらっ」
未可子が巻いていたマフラーをはずし、轆美の首に巻きつけた。
あったかくてふわふわなその感触に、少し轆美の表情に生気が戻る。
「あ……、ありがと未可子ちゃん。……あったかい」
「いいって。あたしは元気マンマンだから。元気のないひとは寒さに弱いからさ、それ、巻いとき?」
「ところで未可子ちゃんさ……」
「うん?」
「前に言ってたじゃん? 面白い動画を撮って、動画サイトにアップして、人気者になりたいって」
「うんうん」
「撮れた?」
「いや〜、なかなか面白いネタとかなくってさ〜! そりゃそうだよね。そんな面白いネタがゴロゴロ転がってたら、誰だってバズり放題だってんだよね」
「あるよ」
「えっ?」
「面白いネタ。紹介してあげる」
「何? ガチなやつ? どんなのどんなの? うんうん紹介してよ」
「じゃ……」
轆美は意を決したような表情をすると、弱々しく笑いながら、言った。
「今夜、あたしん家の裏に来て?」
轆美の家はお寺だ。
家の裏には墓地がある。
「いや〜……。冬に心霊動画とかありえないっしょ?」
高性能カメラを搭載したスマートフォンを片手に、未可子がやって来た。
「轆美ったら何を見せてくれるのかな?」
玄関をノックし、呼び鈴を鳴らしたが、お寺の中は真っ暗だった。
誰もいないようなので、まっすぐ裏の墓地へ歩いて行った。
「いらっしゃい、未可子ちゃん」
一番立派なお墓の後ろに轆美が立っていて、首をびよんびよんと高いところで振っていた。
「わ! こりゃ面白いね!」
未可子がはしゃぐ。
「どうやってんの、それ? 撮っていい?」
「いいよ。未可子ちゃんなら」
轆美は真剣な表情で長い首をウネウネと揺らし、冬の夜空に∞の文字を描いた。
「それであたしたちの何かが変わるかもしれないし」
「いいね〜! いいね!」
未可子はキャッキャとカメラを回す。
「もっと動いて? どこまで高く伸ばせんの、それ?」
「あんまり伸ばしすぎると抜けちゃうの」
「あー、チャリのサドルみたいなもんか〜」
「未可子ちゃん」
「ん?」
「今まで黙ってたけど、あたし、ろくろっ首なの」
轆美はそう告白すると、みなさんを紹介した。
そのへんのお墓の後ろから、一つ目小僧、からさかおばけ、たんころりん、のっぺらぼうたちが続々と姿を現す。
「今晩は」
「未可子ちゃん、今晩は」
「お会いできて嬉しいです」
「こっ……、この方たちは?」
「あたしのお仲間」
「がっ……、ガチだったの? ガチであんた、ろくろっ首?」
「うん」
「ひゃあーーーっ!」
さすがの未可子も逃げ出した。
スマートフォンは放り出したりせずに、ちゃんと持って行った。
「『魂げっ気』だ!」
「『魂げっ気』だ!」
「久しぶりの「『魂げっ気』だ!」
妖怪のみなさんは喜んで、久しぶりのそれを、一口ずつ分け合って食べた。
「未可子ちゃんに嫌われちゃった……」
轆美はぽろりと涙をこぼした。
「その動画は仲良くしてくれた感謝の気持ちだよ。好きに使っていいからね」
翌朝、学校に行くと、未可子が謝ってきた。
「轆美……。昨日はごめん」
「未可子ちゃん?」
「知らない妖怪が突然いっぱい出て来たから……びっくりしちゃったんだ。逃げ出したりして、ごめん。轆美一人なら怖くなかったよ」
「……いいよ」
轆美は笑いながら、ぽろりと嬉し涙をこぼした。
「でも怖くないの?」
「昨日撮ったアレさ、動画サイトにアップロードしといたよ」
「……したんだ?」
「うん! あたしがさ、あんたのこと、拡散してあげる!」
「かくさん?」
「早速凄い反響だったよ。『どうやって編集してるんだ!?』って。ふふ……」
「フェイクだって思われるよね、そりゃ……」
「違うってこと、見せてやろうよ! ガチなやつだって、あたしが証明してあげる!」
「え?」
「今日、帰りにさ、賑やかなとこ歩こうよ、二人でさ! あんたが首伸ばして、あたしがみんなを安心させる笑顔を振りまいて! 風船持って歩く着ぐるみとおねえさんみたいにさ」
「ど、どういうこと?」
「ろくろっ首は実在するんだ、そしていいやつだ、みんなの友達なんだって、みんなに知ってもらおうよ!」
「えええ〜っ!?」
「大丈夫! みんなきっと驚いてくれるし、受け入れてくれるよ! やろう!」
「驚いて……?」
轆美は『魂げっ気』をいっぱい食べられる光景を思い浮かべ、口の中によだれがいっぱい出た。
「うん! やる!」
冬のろくろっ首は昔のように寒さで縮こまる必要はなくなった。
スマートフォンで撮影されないように縮こまり、隠れる必要もなくなった。
『これからは妖怪も人間と共存して行くのかな……』
嬉しくなりながらも、新しいことを始める不安に押しつぶされそうな気持ちを、轆美は未可子の笑顔で吹っ飛ばしてみようと思うのだった。
おわり。




