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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花咲く都

2つのプロポーズ ~ずっとそばにいてください~

作者: てとてと

この作品は

結婚してください ~ラッキーデイは求婚日和~

https://ncode.syosetu.com/n0799hw/

と対になっております。

よろしければこちらもご覧ください。

 カチッ、カチッ


 火打石の鳴る音が響く。


 「いってらっしゃい」


 切り火を打って冒険者を送り出す。


 「「おう行ってくるよ!」」


 みんな笑顔で返してくれる。


 私は笑顔でいるはずだけど笑えているのだろうか?

 切り火をする度に胸の奥が痛い。


 ☆ ☆ ☆


 移住の決め手は街を華やかに飾る花だったという。

 その時、高祖母の祖母を熱くさせたのは街並だけだったのか。

 

 この街は花で溢れる街並から『花咲く都』と呼ばれることがある。

 昔から1年中花が手に入り様々な場所に飾られてきた。

 画家のパレットのように色が溢れ、調和のとれた絵画も先鋭的な彫刻も飲み込み新しいアートが生まれるような神に祝福された街。

 とは、この街の住民なら誰でも知っているキャッチコピーだ。

 熱に浮かされた高祖母の祖母が愛するこの街のために考え、遺志を受け継いだ一族が広めたのだ。


 高祖母の祖母から始まる女系家族。

 親戚筋も多く一族総出で冒険者絡みの商売を商っている。

 長い商いの結果、冒険者ギルド近くの一角は縁戚の運営する商会たちが占めている。


 高祖母の祖母の影響は大きい。

 花好きは遺伝なのか花を好むのは私だけではない。

 一族のほぼ全員、少なくとも女性は花を身近に大切に愛し愛されて育つ。

 そんな一族だから各家庭で気に入っている花があって、家の装いにも個性がある。

 一族が住まう一角は花飾りのアートが観光対象となるくらいで『アトリエ街』なんても二つ名もある。

 

 我が家の家業は宿屋で高祖父母が興した。

 手頃で美味い食事処としても居心地が良すぎる宿としてもそこそこ名が知れている。

 今日は昼のピークが落ち着いた後、祖母がご近所さんと噂話に花を咲かせている。

 ときおり暇をしている冒険者に絡むとかはありふれた宿屋の風景だ。


 現在、四代目の母が中心となって宿を切り盛りしている。 

 祖母は母をフォローしつつもご近所さんとのコミュニケーションに余念がない。

 私は後継者としての勉強と主に食堂の給仕をしている。

 日中は家事を終えた親戚が小遣い稼ぎに集まるので、宿の仕事で大きな負担を感じたことはない。


 みんなが看板娘だと私を持ち上げて褒めてもらえるのは嬉しい。

 家族も私にいい人がと期待もしているだろう。


 それでも・・・。


 ☆ ☆ ☆


 小さい頃の話だ。

 私には仲のいい幼馴染が何人かいてよく一緒に遊んでいた。

 中でも一番仲が良かったのがウィリアムことウィルだった。

 ままごとをしたり、冒険者ごっこをしたり、とにかく楽しかった記憶しかない。


 そして宿(うち)を常宿にして数年になるお兄さんがいた。

 冒険者で名前はルーカスさんという。

 私は恋心、幼馴染のウィルは憧れでお兄さんにべったり。

 「ルー兄ぃ」と呼んでつきまとっていた。

 思い出補正もあるのだろうが、笑顔の素敵な本当に格好良くて強い人だった。


 ルー兄ぃのように数年も長逗留する冒険者は珍しい。

 だからなんでずっと宿にいるのか聞いてみたことがある。 


  宿の居心地がいいんだ。

  街の居心地もいいんだ。

  ここだと冒険者として人並以上に稼げるんだ。

  だからここにいるし、骨を埋めてもいいかなって思ってる。


 そんな事をはにかみながら言っていた。

 ずっと居てくれるのが嬉しかったのか、記憶にはないが私は食事の席で喜々として話していたらしい。

 何度も蒸し返されては顔を赤くしたものだ。


 ☆ ☆ ☆


 今となっては分からないがルー兄ぃには想い人がいた。

 これは確信だ。

 もしかしたら母だろうか?

 親戚の誰かだろうか?

 娼婦もなくはない。

 それとも見知らぬ(ひと)か。


 想像すると切ない。


 嫉妬ではない。

 表に出なかった恋だからだ。


 ある日、ルー兄ぃは帰らなかった。

 私が10歳くらいの頃。


 近隣でも最難関の中級ダンジョン、ルー兄ぃのパーティーは異常個体に出くわした。


 異常個体と率いられた群れ。

 油断とか不意打ちとかではなく歯が立たなかったらしい。

 誰かが犠牲になるしかなかった。


 ルー兄ぃは殿(しんがり)を引き受けメンバーを逃した。

 生き残ったパーティーメンバーは片腕が無かったり、失明していたりと酷い有様だったらしい。


 半死半生で帰還するとダンジョンは一時立ち入りが制限されることになった。

 しばらくして、上級冒険者が異常個体を討伐したがルー兄ぃの姿はどこにもなかった。


 うちのお客さんはほとんどが冒険者だ。

 冒険者が探索から戻ってこないことは珍しくない。


 死亡が確定すると宿の入り口にある掲示板に弔いの掲示をし献花台を設ける。

 掲示自体は冒険者ギルドの要請があるからどこの宿も同じだ。


 部屋を清め荷物を一旦預かる。

 遺産の配分について冒険者ギルドに調整を依頼するためだ。


 ルー兄ぃくらい長くいるともはや家族同然だった。

 人当たりがよく近隣の住人とも親しい。

 冒険者として仲間のために逝ったのだ華やかに送りたかった。

 弔いの掲示だけではなく神官を呼び食堂を使って祈祷を行う。


 人柄だろう食堂には涙声が絶えず、一角に安置された剣の前は弔問客が手向けた花で溢れた。


 調整の結果、荷物はパーティーメンバーが引き取っていった。

 その中からウィルは短剣を私は腕輪を形見分けされた。


 想い人は現れなかったらしい。

 いなかったはずはないのだ。

 だって腕輪は花がデザインされた女性向けのアイテムで、保存処理されたカティア(・・・・)花弁(はなびら)と共に大切に包装されていたのだから。


 ☆ ☆ ☆



 腕白で引っ張ってくれる頼もしい男の子ウィル。

 ルー兄ぃが亡くなった後、彼はこんな事を言うようになった。


「成功してアディをお嫁さんにする!」


 嬉しかった。

 形見分けの短剣で鍛錬に励む姿は遺志を継いで頑張っているようにも見えた。

 私も腕輪はずっと身に着けている。

 

「ウィルと王都の教会で祝福されるの!」


 なんてウィルに応えていた。


 この街の伝統で12歳になると同い年でパーティーを組み初級のダンジョンに入る。

 男女を問わないすべての12歳が対象だ。

 1年間ダンジョンアタックを行ってレベルを上げるのが通例で1年経つと大雑把に進路を定める。

 街で生きるのか冒険者になるのかをだ。


 私は幼馴染6人とパーティーを組んだ。

 ウィルは訓練をしてきた努力からか、才能があるからなのか飛び抜けて強かった。

 その後の活躍を考えれば両方なのだろう。


 トライする初級ダンジョンでは物足りなかったに違いない。

 しかしパーティーのリーダーとしてみんなを率い、笑わせて、励まし、ときには怒った。


 1年後は誰も欠けることなく迎えることができた。

 ウィルは私の小さな英雄になっていた。


 ウィルが何か迷っているのは知っていた。

 時期的には進路だろう。


 私は宿を継ぐと宣言していたので冒険者とはならい。

 一番仲のいいウィルとは今でも一緒にいることが多い。

 この時は買い物帰りに夕焼けを見ていた。


「俺も・・・」


 とウィルは夕焼けではない遠くを見ながらつぶやいた。

 見ると手を固く握りしめていた。

 ルー兄ぃを思い出したのだろう、きっとこの時に覚悟を決めたのだと思う。


 結局、幼馴染パーティーは冒険者として正式に登録し私が抜けた5人で続けることになった。

 パーティー名は『パドレアスの虹』という名前になった。


 パドレアスはこの街の名前だ。

 虹は5人に私とルー兄ぃを加えた7人のことだと思う。

 はっきりと聞いたことはないけど、みんなの理解とウィルらしいなという思いとで口元が緩んだ。


 私の生活は以前に戻った。

 元々宿を継ぐ気で仕込まれていたし、レベルが上がって仕事がやりやすくなった。


 パドレアスの虹はウィルを中心にメキメキと頭角を現した。

 2年経つ頃には10代でも頭一つ抜けて実力が知られる存在になっていた。

 中級冒険者としてランクアップしたのもこの頃。

 誰もが輝かしい未来を信じて疑わなかったし、私も王都の教会が夢でなくなってきたことに期待を募らせていった。


 「アディやったぞ!」


 私を目にするなりそう言ってウィルは駆けてきた。


 「どうしたの?」


 私を抱きしめると抱えてぐるぐると回りだした。

 それなのにブレることもない。

 もう小さい英雄ではないんだと少し寂しく思った。


 「やったんだ!中級にランクアップしたんだ!」


 「えっ!おめでとう!」


 若干目が回ったものの、ウィルの喜びは十分に伝わっていた。

 中級ともなればこの街のトップグループに手が届く。

 そしてルー兄ぃと同じランクでもある。


 「アディ・・結婚しよう!」


 「えっ」


 慌ててウィルを見るが、私を真っ直ぐに見つめている。

 本気なのだ。


 「もちろん今すぐじゃない。必ず結果を出す上級クラスになったら結婚しよう」


 「うん!一緒に頑張ろうね!」


 ルー兄ぃとの思い出があったからだろう。

 私が恋していたのも知っていて同じランクを目標に、そして超えることで本当の区切りにするつもりだったのだ。


 純粋。

 ウィルはそう呼ぶに相応(ふさわ)しいように思う。

 キラキラと楽しそうな目は私が一番好きなところの一つだ。

 一番がたくさんあるのがウィルの最もいい所だろう。


 しかし私の英雄は少し鈍い。

 ルー兄ぃへの恋心は思い出だけどウィルへの想いを阻むものじゃない。


 ウィルからすれば気にせずにはいられないか。

 どこかはっきりとした区切りは必要だったのだろう。


 ただ上級はやりすぎじゃない?

 少なくとも私は乗り気でいるのだ。

 そんなに待たせずにもっと早く結婚してもいいと思う。


 私たちは婚約をした。

 ふつう明日も定かではない職業の冒険者とは婚約をしない。

 するなら結婚だ。


 婚約となったのはウィルの意思によるところが大きい。

 私の一族もウィルの家族も全面的に祝福している。

 何よりウィルたちへの期待と目覚ましい活躍もあって、誰からの横やりも入らなかった。


 しかしこの街で上級になるには時間がかかる。

 近隣には中級ダンジョンしかないからレベル上げは時間がかかるし、冒険者としての実績が作れないからだ。

 早いランクアップを目指すなら街を出るしかない。


 まずは王都、そして上級ダンジョンを目指すのが一般的だろう。

 だからパドレアスの虹も街を出て上級を目指し始めた。


 ☆ ☆ ☆


 定期的に近況を知らせる便りが届いていた。


 私はウィルからの手紙を受け取るとまず抱きしめる。

 そして愛おしい気持ちで開封する。


 王都での苦労も謁見での失敗もウィルにかかれば、気安い笑い話になった。

 難易度の高いクエストやダンジョンでの冒険がさらに面白かったのはいうまでもない。


 どこで知り合ったのかウィルは勇者様と交流していると伝えてきた。

 なんで出会えるのか不思議だけど、実力が目に留まったと思えば私のことのように嬉しかった。


 勇者様との逸話のなかで今でもしている習慣に興味を惹かれた。

 出立の際に火打石の火花で身を清め、同時に安全を祈願するのだそうだ。

 これを『切り火』といい、勇者様は毎朝パートナーにしてもらっているとか。

 ノロケだよねと軽く書いていたのには驚かされた。


 勇者様にあやかろう。

 ウィルとは会えなかったが、ウィルのために切り火をすることにした。

 もちろん本人はいないから宿の冒険者をウィルに見立てた。


 毎朝、冒険者を送り出すときに切り火をする。


 宿を利用してくれた冒険者の無事を祈り、その向こうにウィルの安全を祈願する。

 私が始めてから勇者の習慣ということも相まって切り火の日課は好評だった。

 ご近所でも火打石の音が聞こえるようになっていった。


 ☆ ☆ ☆


 2年が経った。


 パドレアスの虹は見事上級クラスへランクアップして凱旋した。

 誰一人欠けていない。

 とんでもないペースで私の英雄は誰もが認める実力を示せるようになった。


 迎えた街のみんなは鼻高々で誇り高いものに向ける眼差しを送り、『虹』といえばウィルたちを指すほどの知名度になっていた。


 ウィルが帰ってきてからの日々は輝いていた。


 カチッ、カチッ


 火打石の鳴る音が響く。


 「いってらっしゃい」


 「いってくるよアディ」


 そっと私は抱きしめられウィルの匂いを強く感じる。

 汗の男の香りが愛おしい。


 初めてウィルに切り火をしたら目を見開いて驚いていた。

 理由を離したら痛いくらい強く抱きしめられた。


 気持ちは側にいるからね。


 何をするにも楽しくて仕方がない。

 ウィルが笑えば私も笑い、私が笑えばウィルも笑う。

 目があえばお互いに微笑み合い心までつながっていると思えた。


 18歳。

 結婚を意識せずにはいられなかった。

 ウィルからの言葉を今か今かと待ち望んでいた。


 ☆ ☆ ☆


 冒険は運なのだと聞いた。

 どんなに努力してもどんなに好調でも絶対安全という状況でも、神の悪戯かとしか思えないような不運に巡り合わせることがある。

 本当にどうしようもない。

 そんな不運に遭ったら“諦めない”こと、ただそれだけが希望を繋ぐのだとか。


 ウィルは帰ってこなかった。

 まるであの日のようだ。


 虫の知らせすらなかった。


 帰ってきたのは左腕だけだった。

 指輪のついた左手が誰であったかを証明してしまった。


 私は何をしているのだろう?


 なんでここにいるのだろう?


 恐らくはスライムだろう。

 とは父から聞いた。


 だってウィルは上級クラスなんだよ?

 それがスライム?


 母は私を強く抱きしめながら泣いている。

 信じたくなかった。


 それでも知っている。

 1年間の修業中にもそういった被害を見た。


 スライムに食われた後は結構な確率で身体の一部が残る。

 体積以上の食事をしないからだ。


 腕だけが残っていた。

 荷物も装備品も残っていた。


 考えるまでもない。

 でも信じられない。


 ウィルは上級クラスなんだよ?

 上級クラスという言葉が何度も何度も頭を(よぎ)りウィルの死を認めさせてくれない。

 

「ウィルどこにいるの?」


 分かり切っている質問をつぶやく。  


 私は知らなかったがウィルは改めてプロポーズの準備をしていた。

 この街の婚礼はカティアの花を飾るのがしきたりで、粋なパドレっ子なら自分で採ってきたカティアの花でプロポーズする。

 婚約の経緯(いきさつ)では先走ってしまったのだ。

 このことでさんざん揶揄(からか)われもした。

 ちょっとした負い目もあったのだろう、一人で森に咲くカティアの花を採りに行っていた。


 葬儀はひっそりとしめやかに営まれた。

 上級ランクがスライムに食われた。

 その理由を考えれば大々的に送ることはできなかった。

 ともすれば不名誉な表現と共に注意喚起の例えとして名前が残ってしまうかもしれない。


 多くの人が泣いてくれた。

 カティアを採りに行った事は葬儀の席で聞いた。

 虹の幼馴染リティスが「ごめんね」と泣きながら教えてれた。

 「謝らないでよぉーーー」

 リティスに抱き着き泣くしかできない。


 泣いた後の記憶が無い。

 何日か経っていたらしいが、気が付けばウィルと夕焼けを見た場所にいた。

 思い出の大好きな場所だった。

 綺麗な夕焼けを眺めながらベンチに座っている。


 森には傷を負わせられる存在はいない。

 ウィルなら森の変異種であっても難なく対処できる。


 スライム・・・、そうスライムだけなのだ。

 ウィルをどうにかできるのは。


 カティアを採りに行ったウィルを想像してみる。


 森のある程度開けた木漏れ日の溢れる所にカティアは生える。

 何年か前、私たちが見たときは森の中に突然開けた箱庭みたいな場所だった。

 思い出の美しく幻想的な光景をイメージする。


 花を見つけてどうするだろう?


 迷わず一番大きな花を探すだろう。


 目当ての花を見つけまず花の香りを嗅ぐ。

 薄い甘い香りに目を細めやさしく微笑む。


 花を眺め、その場所を眺めるはずだ。

 手に入れた花を手元に、自然に生えている花を腰を下ろして眺める。

 ゆっくり眺めるために大木を背にするだろうか。


 大木を背に木漏れ日に輝くカティアの花を眺める。

 これからの幸せを考えてとても優しい笑顔をする。

 今までの冒険や出会った人たちのことも考えただろうか?


 カティアの甘い香りに誘われたのか。

 たくさん想いを馳せて恐らく微睡んでしまったのだろう。

 花を手に入れた喜びや敵がいないことが油断した理由なのかもしれない。


 敵はいない。

 恐らくしばらくスライムに出会ってなかったかで本当に失念してたのだろう。


 寝てしまった場合、スライムの接触は感知できない。

 諦めを考える余地もなかっただろう。

 きっと苦しみはしなかった。


 発見してくれたパーティーに話を聞きに行った。

 パーティーは採取クエストでカティアを探していた。

 やっぱりウィルは大木の下、カティアの群生地がよく見えるところにいたと教えてくれた。


 想像通りすぎて納得するしかない。


「ウィル・・・」


 涙が出て止まらなくなった。

 私は泣き続けた。


 思い返せばウィルが街を出て以降、一緒に過ごした時間はそう多くない。

 離れていても離れたと感じたことが無かったから気が付かなかった。


 けれども凱旋した後の数日は一番濃い愛の日々だった。

 ウィルを受け入れ、愛し、愛された。


 消えてしまった未来を理解した。

 自分の両腕を握りしめて嗚咽した。

 ルー兄ぃの形見の腕輪の感触に今の気持ちを刻み付ける。


 ☆ ☆ ☆


 カチッ、カチッ


 火打石の鳴る音が響く。


 「いってらっしゃい」


 切り火はずっと続けている。

 私は笑顔でいるはずだけど笑えているのだろうか?


 ウィルへの祈りはもう届かないが、冒険者が少しでも多く帰ってきてくれること願っている。


 ☆ ☆ ☆


 ダニエルさんがうちを拠点にしたのは3年前だった。

 パーティで逗留を始めたのだけど、いつの間にソロで活動をするようになっていた。

 ルー兄ぃもいつの間にかみたいな感じだったのかな?


 2つ上とは思えないくらい若い雰囲気があって、並んでも私の方が年上に見られた。

 とにかく元気いっぱい喜びいっぱいといった感じで、落ち込むとか沈むとか無縁そうな雰囲気を纏う人。

 活力溢れる姿以外見たことが無いし、噂話にも耳にしたことが無い。

 悲壮感漂う私でも冒険談や失敗談で楽しませてもらった事の方があるくらいだ。


 カチッ、カチッ


 火打石の鳴る音が響く。


「ダニエルさんいってらっしゃい」


 切り火をして笑顔で送る。


「アドリーヌさん行ってきます!」


 ダニエルさんの笑顔にはこっちが元気をもらう。


 ウィルの死後しばらくしてから、私を気遣って一族総出で縁談を探してきてくれた。

 ウィル以上の人物が望めないことも、同じくらいに愛せないであろうこともみんな分かっている。

 それでも好条件での婚姻が望めるのは10代までだ。


 各家庭に推された方とお見合いをした。

 我が一族ながら流石だと思った。

 商家としての伝手を使い一廉(ひとかど)の人物ばかりが紹介された。


 宿屋の次男、豪商の甥、新人騎士、上級冒険者など、中には貴族の落し胤なんて方もいた。

 いずれの方々も婿入りで構わないともったいないくらいの好条件。

 お会いしても好印象の方ばかりだった。


 わかってはいる。

 それでも結婚に踏み切ることがどうしてもできなかった。


 突然失った幸せ。

 ウィルの顔、匂いが、ぬくもりが頭に浮かぶ。

 何よりまた失う可能性が怖くて手を伸ばすことができなかった。

 真剣に考えれば考えるほどお相手を前にして涙を流した。


 私の事情が伝わっていたおかげか失礼だと怒る方はいなかった。

 それでもと側にいてくれたら私の心は(ほど)けただろうか?


 ☆ ☆ ☆


 冒険者の朝は早く日の出には街を出る。

 宿も冒険者に合わせて動くので早い。


 厨房には遮音の仕掛けがあって誰の睡眠も妨げずに料理ができる。

 朝食は個別のオーダーを取らずすべてセルフにさせてもらっている。

 セルフといってもパンとサラダ、汁物くらいしか用意していないが、使用後の食器は返却場所に置いてもらう。


 朝の見送りが一段落(ひとだんらく)する。

 大体このタイミングで花の配達が来る。


 配達された花は宿のいたるところを飾り、客室にもふんだんに飾られる。

 毎月花のテーマを変えるから宿の印象もガラッと変わる。

 花のテーマを決めるは宿の主人である母の役割だ。


 清掃の合間。


「なんで惹かれたの?」


 従妹のクリスは通いの従業員で毎日顔を合わせる。

 一緒に作業をすることも多い。

 だから私の変化にも気が付いたのだろう。

 しかし不意打ちでストレートだ。


「特別なものはないの。ただね毎日帰ってきてくれるの。それもとびっきりの笑顔で」


 クリスは自然体だ。

 なんてこともない様子で花の香りを楽しんでいる。


 ここしばらくは縁談話がなかったのは、クリスから一族へ伝わったものか。

 みんなからとても心配され、愛されていることが分かる。


 ダニエルさんからの好意はソロになる前からビシビシと感じていた。

 私を誘おうと声をかけてくるパーティーメンバーを牽制して、私を見ると頭を下げたり手を振ったり必ず何かしらのアクションを送っていた。

 たまに雑貨などのプレゼントを受け取ったけど、それでいて積極的に迫られることもない。

 私には程よい距離だった。


 宿(うち)は冒険者向けなので夜には専属の娼婦もいるし連れ込みもある。

 安全のため、ある程度の管理は必要だから私も当然把握している。

 清掃の際に何があったのか察するし、裏方であれこれ話もするのだ。


 宿は酸いも甘いも飲み込む。

 私だけが男女の何かを知らずに育つはずがない。

 服装を見れば分かるはずだがワンちゃん狙いで粉をかける人は多い。

 食堂に働きにきて結婚をした人もいるし、身を崩した人もいる。


 ルー兄ぃ、ウィルといい人と巡り会ってこれたのは運の良さなのだと思う。

 私はウィルしか知らず知る気も起きなかった。


「切り火をするとき、胸が痛まなくなったのに気が付いたの」


 悲しみを秘めた笑顔ではなく、純粋に相手の安全を願った笑顔で送れるようになった。

 胸の奥の痛みが無いことも気が付いた。

 ダニエルさんのときはほのかに温かい。


「まあそうなの?いつから?」


「1年前・・・かな?気付いたのは。クリスはいつから気付いてたの?」


「私は半年くらい前かな。ダニエルが帰ってきたときにいい顔してたんだよね」


「いい顔?」


「そう。ダニエルって元気じゃない。みんなおっ来たな!って笑顔になるんだけどアディもそんな顔をしてた。吹っ切れたのかな?っても思ったけど、あんた引き摺るタイプだもの」


「そうね・・・」


 表情が曇ったのだろうクリスにそっと私を抱きしめられる。

 柔らかさとぬくもりが伝わってくる。


「あぁ落ち込まないでよ。これでも祝ってんのよ?」


「うん・・・ありがと」


「最近、受け入れることができたんだなって思ったから聞いたの。ずっと味方だからね。さあ続けよっか」


 ☆ ☆ ☆


 ある日の夕暮れ前、食堂で働いていた。

 クリスが通りがざわざわ騒がしくなっているのに気が付いた。


 常連の冒険者が食堂に駆け込んできた。


「花が歩いてくるぜ!」


 おかしいものでも見たといった感じで食堂にいた仲間を呼んでいる。


「はぁ?いかれたか?」


「いやマジで!ちょっとこいよ?」


「めんどいな。どれ。あっちょっと見てきます。テーブル残しといてもらえますか?」


 私に一声言って表へ行く。


「あっはい」


 そうなると私も気になる。


「すげえ・・・まじかよ!!」


 外にでた冒険者の笑い声が聞こえる。

 どうしても気になったので、私も近くにいたクリスを誘い外に出た。


「「・・・」」


 唖然、花の山が近づいてくる。

 

 ☆ ☆ ☆


 『花咲く都』とはいえこれほどの花の山は祭り以外ではそうそう見ることはない。

 人の2倍の高さで同じくらいの幅もある。

 下に足っぽいものが見えるから抱えて運んでいるのだろう。

 足取りにブレはないけど、慎重に進んでいるからか進みはゆっくりだ。


「花束?」


「みたいだね」


 外側から中心に向けグラデーションになっている。

 中央の白がメインなのだろう。


 なんとなく花の山はここ(・・)を目指しているらしい。

 こんな注文は聞いてないけれど?

 花の注文は母の領域で祖母とて手出しはしない。

 軽いパニックだ。


 固まっている内にもどんどん山が近づいてくる。

 やっぱりうちを目指してる!!

 心臓がドキドキと弾んでいる。


 近づいてくるにつれ、細部に渡って飽きがこないように工夫がされているのがわかる。

 これだけの大きさをまとめる難しさ。

 すごい力作だ。

 どこでアレンジしたのだろう?


 花の一つ一つが見えるようになってくる。

 中心にあるのはカティア(・・・・)の花・・・。


 山が目の前で止まる。

 お客さん?はっとして、


「いらっしゃ・・・いませ?」 


 自信なく尋ねてみる。


「ただいま」


 どうやったのかひょいと花束をずらし見えた顔はダニエルさんだった。

 え?え?動揺を抑え改めて出迎える。


「ダニエルさんおかえりなさい。お花どうしたの?」


 ダニエルさんの顔は赤い。

 少しの沈黙、そしてすっごい笑顔になる。


「結婚して下さい!」


 ぐいっと花を押し出してくる。

 流石に圧がすごい。


 けっこん?プロポーズ?

 はっと隣にいるクリスを見ると、ブンブンと音を立てて首を横に振っている。


「・・・・」


 ダニエルさんの顔を見る。

 笑顔だが真剣な眼差し。

 嘘じゃない?


「・・・・」


 ダニエルさんの顔を見る。

 私から目線を外さないが、動揺が顔に現れている。

 本当なんだ・・・。


「・・・・」


 山の中央に鎮座するカティアの花を見る。

 ずっと求めてきた花。


 (ウィル)


 涙がひとしずく頬を伝う。

 無意識に腕輪を撫でていた。

 真っ直ぐ見つめるのはダニエルさんだ。


 (ウィル私はいくね)


「・・・・はい」


 声が震える。

 涙が止まらない。


「ほっ、ほんとに?」


 少しムッとはした。

 プロポーズしておいて何をへたれているのか。


 ずっと好意を感じていた。

 笑顔が嬉しかった。

 そして何より毎日(・・)帰ってくるのだ。 


 この人を愛そう。


「はい。よろしくお願いします」


 心から、ほんとうに心から笑うことができた。

 ゆっくりとダニエルさんに近づく。


 頬に手を伸ばす。

 彼の顔をさすり、ゆっくりと抱き着いた。

 耳元で本当の願いをささやく。


 「ずっと・・、ずっとそばにいてください」


 わぁっと歓声が上がりあちこちから拍手の音が聞こえる。


 ☆ ☆ ☆


 花束は宿にも食堂にも入るはずがなく、食堂の入口を半分塞いで外に鎮座している。

 力自慢が持ち上げようとトライしていたが、完全に持ち上げた人はいなかった。

 街のトップグループに所属している方も少し浮かせてから「やべぇ」と言って下ろしていた。


 「フロートの魔石は?」


 と聞かれていたが、


 「愛の重さだよ?使うわけないじゃん」


 と返していた。


 「アホか!受け取れねぇだろが!」


 「あっ」


 という会話があったが『大丈夫』と自分に言い聞かせた。


 私とダニエルさんは食堂でたくさんのお祝いと質問に応えた。

 少し気恥ずかしかったが嬉しさの方が強かった。


 冒険者の愛と力を花束で示す。


 ダニエルさんの荒業は結果を求める冒険者らしいと好意的に受け入れられた。

 巨大な花束を街で見かけることが増えたからだ。


 街の人にも好印象だったらしい。

 フロートの魔石を準備する女性が増えた。



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