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番外編 最恐魔王は蜜月に溺れる1

「バトン領を訪問?」

「はい。ぜひフェリシア様のお力をお借りしたいのです」

 ヨアンは必死に頭を下げるバトン辺境伯令嬢ニナと、その隣で困ったような、迷っているような顔でこちらを見上げる愛妻フェリシアを戸惑いながら見つめた。


 ここは、王族のみが持つ魔力によって護られる国、ルベライト王国。


 比類なき膨大な魔力と、悪魔のようだと恐れられてきた紅玉(ルビー)の瞳のせいで、”最恐魔王”の二つ名を持つヨアン・ド・ラ・ドゥメルクは、ルベライト王国現国王フィリップの33歳年が離れた異母弟であり、公爵位を持つ人物だ。

 国王の側近デュプラ侯爵の長女、フェリシアに長年焦がれ続け、その身を案じ陰から守り続けてきた結果、積年の思いが実り約半年前に結婚したばかり。

 その容貌は息を飲むほどに美しく妖艶で、国色天香と称されるフェリシアと並び立つ様は、この世のものとは思えないほどに眩く神々しい。


 長らく王家との関わりを絶ち、人目を避けて森の奥の古城に従者ユーゴと二人だけで引き籠もっていたヨアンだが、フェリシアとの婚約、結婚を機に、再び王族とも交流するようになった。

 この日は、定期的に国王に招かれるようになった王城にて、国王たちとの晩餐を楽しんだ。その後、食後のお茶をとティーサロンに場所を移すなり、一緒に晩餐に招かれていたバトン辺境伯令嬢ニナが、ヨアンに頭を下げたのだ。


 ニナは、その領地経営の手腕に惚れ込んだ王太子アレクシスが、バトン領から王城に出仕するよう促した令嬢だ。急速に発展を遂げたバトン領をアレクシスが視察に訪れた際、その有能さに感服しての提案だったらしい。ニナがより広い知識や経験を得るための出仕でもあるようで、晩餐の間も国王からさまざまな意見を求められ、鮮やかに返答していた。

 バトン領は隣国カルセドニー帝国とを隔てる険しい山脈の裾野に広がる辺境の地で、数年前まで主だった産業や特産品などがなく、国一番の貧乏領と揶揄されてきた。

 それが、数年前からニナの手により領地改革が進められると同時に、温泉も発見され、目覚ましい躍進を遂げている。


 ニナと会うのは、ヨアンもフェリシアも今夜が初めて。だというのに、いつの間にニナはフェリシアをこれほど熱心にバトン領に招こうとするに至ったのだろうか。

「先程、フェリシア様が私の支度をお手伝いくださった際、その素晴らしい感性に感服いたしました。是非、フェリシア様にバトン領にあるアクセサリーショップへのアドバイスをいただきたいのです」

 ヨアンの疑問を悟ったかのように、ニナが言った。


 晩餐前、フェリシアはヨアンの甥であるアレクシスに頼まれて、ニナの身支度を手伝った。ドレスからアクセサリー、髪型やメイクに至るまで、すべてフェリシアが見立て、仕上げたと聞いている。最初は純朴な印象しかなかったニナが、とてつもなく洗練された姿で登場した時には、普段フェリシア以外の女性の変化になど気づきもしないヨアンですら、変わったと一目で認識した。フェリシアの手による変化だと聞いて納得したが、どうやらその際に、ニナはフェリシアのセンスの良さに惚れ込んだらしい。

 幼い頃からアレクシスの婚約者として妃教育を受けてきたフェリシアは、洗練されたセンスと審美眼を持つ。女性の装いや流行に疎いヨアンでさえ、フェリシアの卓越した感性の豊かさを感じ取るほどだ。身をもってそれを体験したニナがフェリシアの手腕を借りたいと思うのも頷けた。


 ニナの後ろでは、アレクシスがにこにこと微笑みながらヨアンの反応を見ている。

(仕掛けたのはこいつだな…)

 どうやらアレクシスは、最初からニナにフェリシアのセンスの良さを見せたくて、わざわざフェリシアにニナの身支度の手伝いを頼んだらしい。

(どうりで…。何故あえてフェリシアに手伝わせるのかと思えば…)

 登城するなり、アレクシスがフェリシアにニナのドレスの見立てを頼み込んでいた時、何故メイドにやらせないのだ、というヨアンの問いを、アレクシスがふわふわとかわしていたのを思い出し、ヨアンはアレクシスを軽く睨みつけた。アレクシスはヨアンの視線など意にも介さない様子で、微笑みを湛えたまま一歩前に出て、ニナの隣に並ぶ。

(こいつもなかなか食えない奴だな…。ある意味王太子らしくていいのかもしれないが)

 ヨアンは小さく溜息を吐いた。


 アレクシスには七歳年下の弟の第二王子がいるが、現国王は王妃一筋で側室も置いておらず、どちらも王妃の子だ。唯一歳が近かった王弟のヨアンも早々に王位継承権を放棄していたこともあり、ドロドロとした跡目争いに巻き込まれることなく立太子し、真っ直ぐな気性を持ったまま成長したように思う。生来真面目な性格で、王太子として一心に研鑽を積んでいる様子は、保身のため王族の責任から逃れてきたヨアンには眩しくもあったが、意にそぐわぬフェリシアとの婚約破棄や、新たな婚約者との二年などを経て、王太子として必要な多少の狡猾さも身につけてきたようだ。


 ヨアンがさほど年の変わらない甥の成長をどこか感慨深く思っていると、ニナを後押しするようにアレクシスが口を開いた。

「結婚してもう半年になるというのに、叔父上とフェリシアは新婚旅行もまだでしょう?森にばかり籠もっていないで、たまにはフェリシアと旅行にでも行ったらいかがですか?バトン領の温泉は最高ですよ」

 ”新婚旅行”という言葉に、ヨアンが思わず眉をぴくりと動かしてしまったのを、アレクシスは見逃さなかった。

「フェリシア、温泉に入ったことはないよね?バトン領の温泉は肌もしっとりと潤うし、疲れも取れる。本当に極上なんだ。それに料理も美味しかったよ。ね?ニナ嬢」

 ヨアンがフェリシアを溺愛していることを熟知しているアレクシスは、フェリシアを先に口説き落とす作戦に出たようだ。


「はい!是非バトン領の温泉に入っていただきたいです!絶対にご満足いただけると思います。お二人でご訪領いただけるのであれば、当領が誇る宿泊施設のスイートルームをご用意いたします。もちろん、観光のご案内もいたしますよ」

 ニナもアレクシスの作戦に乗り、バトン領の素晴らしさをフェリシアにアピールし始めた。

「スイートルームは、僕が視察で滞在した部屋だよね?あの部屋は専用の半露天風呂もついているし、眺望も素晴らしかった。きっとフェリシアも気に入るよ」


 二人の熱量がすごい。ヨアンは、専用の半露天風呂のくだりで大いに心が揺さぶられてしまったことをフェリシアに悟られないように、わざと大きな溜息をつきながらフェリシアを見つめる。

 フェリシアはぐいぐいと迫る二人に困惑の表情を浮かべつつ、心配そうな瞳でヨアンを見上げた。頼まれれば力になりたいが、ヨアンが嫌がることは絶対にしたくない、という意思が感じられる。


 結婚前のヨアンは長らく、周囲から向けられる恐怖や奇異が綯い交ぜになった視線に耐えられず、悪魔のような山羊の頭蓋骨を被り、自ら人を遠ざけてきた。だが、フェリシアがヨアンのすべてを愛し、受け入れてくれたおかげで、やっと人前でも素顔を晒せるようになったのだ。

 正直、まだ見知らぬ地を素顔のまま訪れるのは怖い。しかし、このままではいけない。フェリシアのために変わりたいと思っているのも事実だ。

「フェリシアは、どうしたい?」

 ヨアンの中で、何を置いても大切なのはフェリシアだ。フェリシアの望むようにしてあげたい、それがヨアンの意思だった。


「私は…ニナ様のお力になれることがあるのなら、ご協力させていただきたいと思っております。――それに…できれば、ヨアン様と一緒にバトン領を訪れてみたいです…」

 少し頬を赤らめながら控えめな声でフェリシアが言うなり、ヨアンは即座に首肯した。

「わかった。一緒にバトン領に行こう」

 ぱぁっと顔を輝かせたフェリシアが堪らなく愛しくて、ヨアンも相好を崩す。


「ありがとうございます!公爵閣下!フェリシア様、よろしくお願いいたします!」

「叔父上…気味が悪いくらい顔が緩んでいますよ…」

 ニナが興奮気味にフェリシアの手を取る横で、アレクシスがヨアンを見て苦笑いをしていた。

お読みいただき、ありがとうございます!

こちらは短編『最恐魔王は蜜月に溺れる~「 黄泉がえり陽炎姫は最恐魔王に溺愛される」その後の2人~』を番外編として修正したものです。

もう少し番外編は続きますので、最後まで読んでいただけたら嬉しいです♡

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