たった一度、叶えられる願い(2022)
戯曲もどき もしくは 会話劇版
「いつ彼を好きになったか? うーん、何だろうね、告白されたからかな」
「いやいやいや、それ答えになってないし、彼氏君に対して酷くない?」
「しょうがないじゃん、彼、年下だし、後輩って立場から彼氏に昇格でしょ? 急すぎるっていうか、心の準備ができてなかったって云うか」
「いやいやいや、オッケーしたのあんただろ。あたしは羨ましいよ。何であんたみたいな女に彼氏が途切れない超常現象が起きているのに、あたしには幸せが来ない! てか、ちゃんと好きな所一つくらいあるだろ!」
「彼岸花乙、それはさぁ、前の彼氏と別れたばっかで、独りになったのが寂しかったし、人肌恋しかったの!」
「あんた本当に最低。独りで寂しいってそんな訳ないじゃん。あんた、猫飼ってんじゃん」
「飼ってるけど、猫は猫、彼氏は彼氏なの。どっちもペットかもしれないけど、似て非なるなんちゃらじゃん」
「うわぁー、ホントに最低、わやぁー。彼氏君マヂ気の毒だわ」
「うっさい、あっ料理できたから一回電話切っても良い?」
「うん、てかさ、あんた一回自分の行いを悔い改めた方が良いよ」
「何それ、ウケんだけど」
「人の振り見て何とやら、自分のしたことは後で返ってくるってこと。今の彼氏君、大切にしてやんなよ」
「あぁそうだねぇ、じゃあまた電話するー」
「おい、メギツネ! ありがたい言葉ちゃんと聞けや!」
「メギツネじゃない、猫娘だ」
「猫娘に謝れ!!」
「ん? どうした? 最近ご飯残しちゃうね、これ以上痩せたら病気になっちゃうよー」
「みゃぁ」
「もう七歳にもなるのにいつまでも子猫みたいに鳴くのね、カッワイイ」
「みゃん」
「もしもし? どうしたの?」
「あっ先輩、急にごめんなさい、今近くに来たんですけど、部屋に上がっても良いですか?」
「うん、解った、ねぇ、私たち恋人同士なんだから変に気を使わなくて良いよ。先輩呼びもやめて欲しいなぁ」
「あ、いや、でも、先輩ですから」
「もう君はしょうがないなぁ。じゃあ、ご飯食べてるから、チャイムかスマホ鳴らして。一緒に食べるかい?」
「はい、喜んで」
「本当にどうしたの? ここ何日かずっと横になってばっかりじゃない? はーい!」
「先輩こんばんわ」
「うん、上がって」
「お邪魔します」
「そんな律儀に云わなくて大丈夫だよ、前の彼氏なんて勝手に合鍵作って、勝手に部屋でテレビ見たり寝てたりで、マジ身勝手の極意。君と真逆過ぎて感覚狂うわ」
「あぁ、そう……なんですね」
「適当に座ってって、君ぃー、めっちゃ不機嫌な顔になってるよ。前彼の話でぇ、もしかして怒っちゃった?」
「いや、その、先輩、それより猫ちゃん、どうしたんですか? 何でお腹抑えて丸く蹲ってませんか?」
「あっ絶対話逸らしたでしょ?」
「いや、それよりも、猫ちゃんぐったりしてません? 泣いてますよ! それに……あっ! 吐いてますよ!」
「え!? ウソ!? ウソウソウソ!?」
「行きつけの動物病院って何処ですか?」
「タクシーで三十分くらいのとこ。ねぇねぇねぇ!? どうしよ!? マヂどうしよ!?」
「先輩落ち着いて下さい。その動物病院、夜間受付はやってますか?」
「やってるよ、やってるけど、マヂどうしよ、マヂどうすんの!? ねぇ! ねぇ!」
「僕も一緒に行きますから、先輩は動物病院に電話して下さい、僕はタクシー呼びます」
「解った! ペットキャリー何処やったっけ!?」
「先輩、僕がこのまま抱いてますから、早く病院に行きましょう!」
「うん――」
「すいません、犬猫動物病院まで急いでお願いします」
「はいよ」
「お願いします! この子が! 私の大切なこの子が! 大変なの!」
「すいません、先程電話しました。この子、ご飯食べてないらしくて、ぐたって横になってて、吐いたりもしてて――」
「先生早く診て下さい! この子を助けて下さい!」
「落ち着いて下さい、では診察室へどうぞ」
「あの、この子は大丈夫ですか?」
「どうしちゃったの? わたしが何か悪いことしたの?」
「大丈夫ですよ、恐らく急性膵炎ですね、今日はこのまま入院して下さい」
「宜しくお願いします」
「先生! この子元気になりますか?」
「もちろんですよ」
「飼い主さん、入院の手続きをお願いします」
「いえ、僕は飼い主じゃなくて、その、後輩です」
「そうなんですか、でも、見て下さい。ほら、猫ちゃん、あなたのことじっと見つめてますよ。命の恩人ね」
「すぐ治りますか?」
「経過によりますが、数日入院か、長く二、三週間です」
「解りました」
「大丈夫!? あぁ! ごめんねぇ気付いてあげれなくてぇ!」
「すいません、夜も遅いので、静かにして下さい」
「ごめんなさい。ありがとね、ホントはわたしがこの子の飼い主で、しっかり見ていなくちゃいけないのに」
「気にすることないですよ。だって先輩の部屋に初めて行った時に云ってたじゃないですか、大切な心友だって」
「ありがとね、この後、君、部屋来るでしょ?」
「はい、先輩が良ければですが」
「じゃあ、今日は泊ってって」
「はい、お言葉に甘えます」
「マヂそれで心臓止まるかと思ったの」
「いや、冗談にもなってねぇから、猫ちゃんに額の皮がズル剥けになるまで五体投地すれや。そして、彼氏君マヂリスペクトすれや。転生しても何度でもリスペクト絶やすことすんなよ。幸せにしてやれメギツネ」
「うん、でも、やっぱ何かさぁ、物足りないんだよね。転生したら、わたしきっと猫だわ」
「はぁ? あんたやっぱ狂ってんじゃね? あんたを猫になんか絶対転生させねぇ。愛玩動物舐めんな」
「いや、顔はまあまあタイプだし、優男は良いよ、でもわたしだけに優しいわけじゃないじゃん。わたしは特別でありたいわけだし、あの、ほら、前彼の屈強みたいなのがやっぱイイつうかさ」
「ホント人生改めろ。異世界にも転生すんな。あんな前彼の何処が良い訳? 良いとこないじゃん」
「そこが良いじゃん。ごめん、ちょっと電話入った」
「はいはい――彼氏君、マヂで大事にしなよ」
「もしもし、急にどうしたの?」
「なぁ、俺らやり直さね?」
「迎えまで一緒に来てくれてありがとね」
「気にしないで下さい、元気になって良かったですよ」
「うん」
「みゃあ」
「君のことじっと見つめてる。もしかしてこの子、君のこと好きになったのかもね」
「そうですかね?」
「きっとそうだよ」
「みゃぁ」
「ねぇ、私たち、ちょっと距離置いてみない」
「何で、ですか??」
「ちょっとさ、怒らないで聞いてね。わたし、君のこと、ちゃんと好きになれてなくてね、それで、前彼のことまだ引きずっててね。それで、前彼がね、チャンスくれって云ってきてさ」
「そう、ですか」
「怒んないの?」
「怒る理由、ありますか?」
「ごめん、あのね、そういうとこが、わたし君の厭なとこなの」
「みゃぁ」
「ねぇ、私たち別れよう」
「解りました」
「置いてる荷物、持ってってくれない? 悪いんだけど、それかこっちで捨てようか?」
「いえ、持っていきます。終わったら、部屋出ますね」
「うん」
「うっううっ」
「みゃぁ」
「もう、くすぐったいよ。僕の涙なんか美味しくないよ。だって、しょっぱくて悲しい味だから」
「みゃん」
「元気でいてね」
「バイバイ、会社では私たち――」
「元に戻るだけですよね。大丈夫ですよ。先輩のこと、僕はまだ嫌いになれませんから」
「うん、解った。じゃあね」
「なぁ、飯まだ?」
「今帰ってきたばっかなのに何なの?」
「口動かす暇あんなら早く作れよ」
「ちょっと! この子どうしたの? ぐったりしてんじゃん」
「何が?」
「ねぇ、この子に何かしたの?」
「前と同じだよ」
「前と同じって何? え? 前も何かしたの?」
「ごちゃごちゃ云ってねぇで早く飯作れって云ってんだろ」
「この子に何をしたのかって聞いてんの!」
「おめぇみてぇにうるせぇから、軽く蹴ったんだよ!」
「出てって! 今すぐ出てって!」
「何だこのっ!」
「痛っ! 止めて! 乱暴しないで!」
「にゃん」
「ごめんね。わたしの馬鹿が……ホントに罰当たった、それがあなたにまで来たのね……あなたまで苦しめてたんだね。わたしって、ホントに最低。わたしをホントに大切にしてくれる人を……わたし……」
「みゃあ」
「あれから調子どうよ?」
「だいぶ良くなった。わたしもこの子もね。人の病院の先生も動物病院の先生にも足向けて寝れないよ」
「あんたはもっと足向けて寝れない相手がいるでしょ。あたしとかあたしとか――あたしとか?」
「今日は雲がなくてすっごい星が見えるねぇ、うわぁ、めっちゃ丸い月じゃん」
「話逸らすなってそうそう! 今日はウルトラハイパースーパーグレイトな満月らしいよ。後輩君に一緒に見ようって誘ってみれば?」
「云えるわけないじゃん。どの面下げて誘うのよ。それより聞いて、最近、部屋のベランダに野良猫が来ててさ。きっとオスだと思うんだよね。うちの子にちょっかい出そうと狙ってるんだと思うわけさ」
「フーン、自分の恋愛は自由なのに、猫の恋愛は自由にさせへんぞっと」
「心友として当然じゃない?」
「あんたは何度心友のあたしを裏切ったんだよ」
「わたしら心友だっけ?」
「今からそっち行くから、とりあえず首洗ってろ」
「素直に言えなかったけど、いつもホント、ありがと」
「そう云えばさ、祖母ちゃんが満月と猫について云ってたことがあってさ」
「おい、そっち行くから全身清めてベッドで寝てろ」
「もう清めの儀式は終わってベッドだこんにゃろ。てか何でもね、猫は生涯にただ一度だけ、満月にたった一つの願いを叶えてもらえるんだって」
「ふーん、何それ? てか魔法のランプより回数少なくない
あと、何で満月が猫の願い事一つ叶えてくれるの?
月との距離遠くね? 声届くの?
何で生涯で一回きりなの?
そういう制限するのわたし好きじゃないわ」
「マヂファンタジー破壊乙だわ。まぁいいわ、祖母ちゃん曰く、大抵の猫は長生きしたり、百万回生きたり、猫又って妖怪になったり、ご主人様とお話しできるようにしてもらったりするんだって」
「ふーん、きっとこの子はそんなこと願ったりしないよ」
「じゃあ、何を願うと思うの」
「わたしへの恨み辛みを晴らす為、わたしを消しちゃうと思う。
わたしも、そうして欲しい。この子がそう希うなら、それで良い。
良い飼い主じゃなかった。
その思いを言葉にして、罰せられるのでも構わない」
「メンタル闇落ち乙だわ。そんなことないんじゃない? 前は豚に念仏、猫に経状態だったあんたも、ようやく人の話聞いてくれるようになってくれたしさ」
「それで良いのかな」
「変わり続けるのが人だから良いんじゃない? 許すまでの時間は長いかもだけど、時はずっと流れてるんだからさ」
「うん、ありがと、てか豚に何とか猫ってどういう意味?」
「知らんのかい!」
「今日はもう寝るね」
「うん、おやすみ、良い夢見て震えろ」
「そうするわ、おやすみ」
「みゃん」
「どうしたの? ずっと窓の外ばっかり見て――はぁーすごい満月……ホントに今日は綺麗だね」
「みゃあ」
「あっ、ホントに願い事してるみたい。ふぅ、叶えてもらいなさい。たった一度、叶えられる願いを、あの満月に」
「あれ? 先輩? 何処から入って!? あぁ、これは夢ですよね。一杯だけ飲んだだけなのに、酔っぱらっているんですね、僕は」
「あ……あ……」
「夢なのに、僕の夢なのに、どうして僕は、先輩の前だと何も云えなくて……最後まで素直に、気持ちを話すことができませんでしたね」
「でも、私は知ってるよ」
「え? 何をですか?」
「あなたが我慢してたの知ってるの。あなたの気持ちを、私は知ってるの」
「あの? 先輩? 声がいつもと違うような?」
「あなたは彼女には内緒で泣いていたじゃない。それに彼女と、私にも優しくしてくれた。あなたしかいないの。彼女にはきっとあなたしか!」
「私っと彼女って誰ですか?」
「私は知っているよ。どんなに彼女が好きか、あなたは初めて会った私に聞かせてくれたじゃない? 彼女がいない間に彼女の好きなところ」
「先輩?」
「まずは、目が好き。だって、真っすぐに前を見てるから。
誰にでも隔てなく接するのが好き。でも、あなただけ特別にして欲しいんだよね。
それに目尻の皴が好き。彼女は気にしてるけど、笑った時にしか見れないから好き。
怒った時も好き。自分に足りないと思ってくれることを云ってくれるから。
それに一緒にいるのが好き。
知らないことを二人でするのも見るのも好き。
でもね、あなたがどんなに彼女の好きを云ってもね、私は彼女の嫌いなとこがあるの」
「嫌いなところ?」
「あなたを見てくれないところ。ちゃんと心の目で見ていれば、あなたの良い所いっぱい見つけられた。あと私、あなたにも嫌いなところがあるの」
「僕の嫌いなところ?」
「彼女が寂しい時に傍にいてくれないところ。
彼女が怒った時に、子供みたいに喧嘩しないところ。
彼女にちゃんと向き合わないところ。彼女の言葉を鵜呑みにしてばかりで、あなたは伝えなきゃいけないことを云わないの。
だから、そこが嫌い。彼女の方が年上でも、あなたが彼女に云わなきゃいけないこといっぱいあるの。
治さなきゃいけないとこ、いっぱいあるの。あなたが支えなきゃいけないところ、いっぱいあるの」
「先輩さっきからどうして……」
「私ね、あなたが突然いなくなったから、また会いたかったの。
ただ一度でも良い。
一目だけでも良い。
ただもう一度だけ、大好きなあなたに会いたかった。
好きになっても、叶うわけがない気持ちだけど、
私はあなたが好き。
でも、それは叶わないの!
でも、良いの。
私を抱きしめてくれなくても、
私のご飯をくれなくても、
私のことを見てくれなくても、
それでも良いの!
こうして、あなたに会えただけで、私は――」
「あっ! 先輩っ!? 何で涙を舐めて――」
「しょっぱくて、悲しい味――」
「あっ!? もしかして――」
「さよならを云いたくて、また会えて嬉しかったよ」
「先輩、ちゃんと解りましたか?」
「あーあ、君がそんなに細かいことを気にするとは思わなかったよ。全く、とんだ見込み違いだったようだ」
「先輩がズボラなんです。良いですか、コンビニ弁当ばかりじゃ、先輩も体調崩してしまいますよ」
「そんなことあーりーまーせーん。刮目して眼福にひれ伏せ。このボディライン!」
「先輩、横腹にお肉が」
「もう君とは口をききたくなくなった。食事が完成次第、帰ってくれ給え」
「それは残念です。明後日のデートはとある場所に予約をしていましたが、キャンセルをしておきますね」
「待たれよ! わたしが悪いのは重々承知なのだが、素直になるのはちと心の隙間が埋まらないので、ちょっと笑顔のサラリーマン探してくるから待って!」
「お二人さん、仲睦まじいのは見飽きたので、そろそろご飯にしようよー」
「すみません。もうすぐ出来上がります」
「今持っていくから、首を洗って待ってろ」
「首は家に帰ってから洗うので先にご飯くれや」
「みゃあ」
「あっ、ごめん、その子にご飯あげてくれない?」
「うん、この袋のやつ一個で良いの?」
「そうそう」
「あっ、待って下さい」
「ん? 彼氏君どうしたの?」
「僕がご飯をあげますから、座ってて下さい」
「ありがと、じゃあ遠慮なく――」
「運ぶの手伝って」
「あたしを何だと思ってんだあんたは!」
「心友でしょ?」
「みゃん」
「ありがとう、君のおかげだよ。
これからは何度でも君に会えるよう頑張るから。
ううん、
いつまでも、
僕ら、一緒にいよう」
「にゃあん。ゴロゴロゴロゴロ――」
終
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