大胆な告白は女の子の特権です
──好きな人がいた。
相手は幼馴染みで、物心ついた時から一緒で、周りからは『夫婦』だなんだと言われていたから、なんとなく『そう』なるのだと思い込んでいた。
──彼と結ばれるのは、私だと。
でも現実は違った。
「好きです──」
夏の終わりの頃、校舎の裏で。彼が告白したのは私ではない──私とは似ても似つかない、別の人。その人を前にして、辿々しいながらも誠実な愛の告白を紡ぐ幼馴染みは、私の知らない顔をしていた。
瞬間、嫌でも理解した。私の恋は永遠に叶わないんだって。幼い頃からの夢は夢のまま、どこにも辿り着くことはないんだって。そう理解すると同時に、痛みが襲うのは頭と心。
それはある種のショック療法のようなものだったのだろう。
「そう、そういうことだったのね……」
「ど、どうしたんだよ……」
そう呟いた私を心配そうに窺うのはこの場に連れてきた張本人、好奇心旺盛なクラスメートであったけれど、あいにく私には彼に構っている余裕がない。
何せこの瞬間に思い出してしまったのだ。この世界がゲームの中であること、私ではない『私』もそのプレイヤーのひとりであったことを。
ここは美少女ゲーム──ようするに、女の子の好感度を高めてエンディングを目指すゲームの世界。この世界において私は攻略対象の一人であり、たったいま告白をしたばかりの少年こそがこの物語の主人公。彼のこの告白によってルートが確定し──私が彼と結ばれるのはバッドエンドのみとなったのだ。
それが悲しい……わけではない。選ばれなかった、というのはつくづく癪であるし、腹立たしいし、悔しいけれど。でもプレイヤーであった頃の自分を思い出した今の私に、幼馴染みへの恋心は残されていないからだ。
──だから私に慰めの言葉なんていらないのに。
「……俺が何言ったってなんの慰めにもならないだろうけどさ。けど自分を責めることはないし、お前に悪いところなんて一つもないと思うぜ。あいつが……あいつの見る目がなかっただけだ」
なのにクラスメートの男の子は。主人公の友人で、当て馬役で、そんな寂しい役割を押しつけられた人はそう言って、不格好に笑ってみせた。
私はその顔をまじまじと見つめて──よく見知っているはずの彼のことすら、初めて会う人のように思えることに気づいた。ただ前世の記憶を取り戻しただけなのに。今まで彼のことなんか幼馴染みの友達としか認識していなかったはずなのに。
なのにその優しさがいやに胸にしみて。
「……っ」
悲しくないのに涙が出た。
「なっ、泣くなよ……、お前に泣かれるとどうしたらいいかわからなくなる……。いや、ここは泣いた方がすっきりしていいのか……?」
「……別に、いいのよ、慰めてくれなくたって。私は平気だから、放っておいて」
「放っておけるわけないだろ。惚れた女の前ではカッコつけたいのが男心ってもんだ」
軽口を叩く彼は、──あぁ、そうだった。幼馴染みしか見ていなかった愚かな『私』を、それでも好きだと言ってくれて──なのに『私』はその尊い感情すら下らない冗談と片づけて──いつだって真正面から受け止めてはこなかった。
それがどれだけ不誠実なことだったか。どれだけ身勝手なことだったか。
その事実を悟ったと同時。
「好き、」
転がり出た言葉は、紛れもない本心だった。
何においても凡庸な『主人公』がある日拾った一冊のノート。それは隣の席の女の子が密かに書き溜めていた小説で、主人公は成り行きから彼女の夢を知ってしまう。奥手ゆえに様々な経験が不足している──リアリティのある小説が書けないと悩む彼女のため、主人公は友人や幼馴染み、先輩から後輩までを巻き込んで、学生らしい『キラキラした青春』の実現を目指す。
──というのがこのPCゲーム、『はるいろドリーマー!』のあらすじだ。いうまでもないが、この『主人公』が私の幼馴染みであり、校舎裏で彼に告白されていたのが小説家志望のメインヒロインである。そして私は幼馴染みに片想い中のツンデレヒロイン──だった。つい先程、前世の記憶を取り戻すまでは。
「は?え?いまなんて、」
「だから好きって言ったのよ。あなたが好き。たった今好きになったの、現金な話だけどね」
「まっ、まてまてまて落ち着けって、冷静になれ!」
「私は冷静よ、至極落ち着いているわ。あなたこそ動揺しすぎよ」
「いや落ち着いていられるわけないだろ……!」
呆然としていたかと思えば驚天動地、慌てふためき赤くなる彼は、一見チャラそうな外見をしているのに案外ウブで可愛らしい。ここはアダルトゲーム──エロゲーの世界なのに。そう考えるとおかしくて、でもそんな『普通』の彼が堪らなく尊いもののように思われて──キュンとした。
……私なんて共通ルートの序盤から主人公には着替えを覗かれるわ、転べばパンチラが常だわ、隙あらば胸は揉まれるわで、羞恥心がマイナスへ振り切れてしまっていたから。
ああでも、メインヒロインに告白したんだから個別ルートに入ったんだろうし、選ばれなかったヒロインの私が誰を好きになろうがもう関係ないわよね。ここから他のヒロインが介入する余地なんて、寝とり寝取られのバッドエンドくらいなものだし。
そう考えた私──『ツンデレ幼馴染み』役だった杜野ざくろは、『主人公の友人兼当て馬』役のクラスメート、空木恭介を壁際に追いつめた。簡潔に言うなら『壁ドン』の体勢である。
「なっ……!」
「信じられないなら何度だって言うわ。私はあなたが──空木くんが好き。今まで冷たくしてごめんなさい。でもわかったの。人間、やっぱり優しさが一番よね」
「いやいやいや、やっぱおかしいって!それはあの…、アレだ、フラれたばっかのとこに優しくされたからちょっと……みたいな!冷静になった後で後悔するって!」
「だから私は冷静だって言ってるじゃない」
彼、空木恭介は主に『私』のルートで活躍する当て馬だ。彼が『私』に告白したことで、主人公が『私』を意識するようになる──そんな可哀想な役。そのくせ顔立ちは悪くないのよね、と狼狽する顔を見つめながら私は思う。
ていうかこの手のゲームってだいたい主人公よりその友人の方が好みの顔立ちをしていた記憶がある。主人公はだいたい顔なしで、黒くて重たい前髪をしてて、……どうせならイケメンと美少女の恋愛が見たかった、と前世でも兄に押しつけられたゲームをやりながら思ったものだ。まぁ、一途ゲーだった『白昼夢の●写真』とか『恋で●なく』とかは私でも楽しめたけど。
つまり何が言いたいかっていうと──
「もちろん性格だけじゃないわ、見た目も好きよ。その明るく染めた髪もよく似合ってると思うし、身長だってアイツより高いじゃない?目は……色素が薄いのね、とってもきれい」
おとがいを持ち上げると、彼の喉がひゅうっと鳴った。
そういえばこれっていわゆる『顎クイ』ってやつかしら?もうちょっと距離をつめれば簡単にキスだってできそう。なんだかドキドキしてきた。やっぱり私、恋してるみたい。
「ね、このまま……だめ?」
返されるは沈黙。満たすのは互いの吐息のみ。彼の目には私だけが映っていて、それがすごく嬉しい。このまま永遠が続けばいいのにって、そう願ってしまうほど。
「なっ、何やってるんだよ、二人とも……」
なのにそのささやかな幸せさえ、『主人公』に打ち砕かれてしまう。ゲームではこんなことなかったはず、だけど。
「あら、奇遇ね。見ての通りこちらはお取り込み中よ」
まったくもう。そっちはそっちでよろしくやっててくれればいいのに。たった一度の告白イベントで第三者が介入してくるなんて、元がゲームの癖にこの世界ときたら融通がきかないんだから。
ポカンとした顔の主人公と、その後ろで赤面するメインヒロイン。二人を前に私は「用があるなら後でお願い」と制止をかけたのだけど、我に返った空木くんに押しのけられてしまった。
「なっ、なんでもねーよ!気にすんなって!」
いや押しのけられたといっても、優しく肩を押されただけなんだけど。それにそれに触れた瞬間気遣わしげな目を向けられたし、今だって庇うように前に立ってくれてるし、手を──手を伸ばせば、握り返してくれる、し、
「──好き!」
「うおっ」
思わず背後から抱き着いてしまう。主人公が『信じられない』とばかりに目を見開いているけど、そこまで気が回らない。説明なんて後回し。
だって私、恋に落ちてしまったんだもの!
「たとえいま、あなたに答えてもらえなくてもいい!今度は私があなたに好きになってもらえるよう頑張るわ!」
「わかった、わかったから離れて……!」
「あら、積極的なのはお嫌い?それなら気をつけるわ」
「きら……じゃねぇけど!そ、そういうのはまだ早いっていうか刺激が強すぎるっていうか……っ」
そう言う空木くんを、私はさらに強く抱き締める。
嫌いじゃないって、言質は取ったもの。好きな人とはできるだけくっついていたいものじゃない?だから顔を赤くする彼には悪いけど、簡単に離してあげられそうにない。
私は『私』じゃないんだから、私らしいやり方で恋をする。この日、目を覚ました私は晴れ渡る空に決意した。




