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遠い記憶

作者: ねーさん

■出会い

冬の初めのとある日、上司に誘われスナックへ行った。

この店に来るのは 3度目。数年間に渡り行き慣れた店から、女の子が移動したのを機に通い始めた。

店はマンションの一角。そのフロアはすべて同じ様な店が入っているが、入り口だけ見ると大差はない。

店内もさほど広くはない。カウンター席を含め、20人程収容できるスペース。女の子は7,8人程度だ。

ぱっと見渡したところ、お気に入りとなり得る子が2人ほどいた。

でも、残念な事に我々には付かない。まぁ、別の子に呼ばれて店に来ている訳だから、付かないとは当たり前と言えば当たり前だ。


”あの子いいなぁ・・”

と心の中でつぶやきながら、その日は店を出た。


■接触

1ヶ月程後に再び店に行く。この店に一人で来ることはない。かならずいつもの上司と一緒にくる。

前回来たときに見たお気に入りの子は今日も出勤していた。

しかし、我々に付くことはない。完全に目で追っている自分に気づくが、この手の店では自分の席に付かない限り話しようがない。

やむなくいつも通りにカラオケを歌っていた。となりの席にいるお気に入りは常に気になっていた。

ふと彼女が歌を歌い始めた。高音もよく出ていてなかなかの歌声だ。そうだ。リクエストしよう。

そのくらいならありだろう。自席の女の子に頼んで、お気に入りに歌えるかどうか聞いてもらった。


彼女は心地よく引き受け歌ってくれた。歌った後にこちらを向き笑顔を見せてくれた。認識された事が嬉しかった。

当時の自分の若さを今ならしみじみと感じることができる。


■始まり

数週間後、再度店に行く。以前は誘われない限り行こうとはしなかったが、自分から積極的に誘い始めている。

お気に入りに会いたかった。まだ話しもしていないから会うというのはおかしいが、とにかく見たかった。


店へ入ると彼女はいた。相変わらず付くことはない。遠くから見てるだけだった。

店は深夜1時頃まで営業している。彼女は12時であがりだった。彼女があがる間際、上司が自席の女の子に耳打ちしていた。

お気に入りをちょっとでいいから呼んであげてくれと言ったようだ。いい人だ。この人には多くの意味でお世話になっている。


彼女がやってきた。帰り間際であまり話せないだろうから、テンションあげて一気にしゃべろうと思った。

彼女は店の近くに住んでいた。当日車で来ていた私は、送っていこうと申し出たところ、意外とすんなり着いてきた。

店をでて上司を含め3人で駐車場まで歩いた。我々が何度か来ていたことを彼女は認識していたようだ。

その日の話の内容は覚えていないが、彼女の言った一言が脳裏に焼き付いている。


”よく目があってたよね?”

これで私の心に火が点いた。今思えば、長い戦いの幕開けだった。


駐車場へ着き、本来なら彼女を先に送るところだが、上司の家からの帰り道がわからないと訴えたら、

彼女が知っているから先に上司を送ることになった。ラッキーだった。ほんとはある程度の道は知っていた。

上司を送った後・・、何を話しただろう。あまり覚えてはいない。こういう時、つまらない世間話しかできない。

繋がるものもなく、電話番号を聞くでもなく、その日は別れた。自分をいい人だと思う。

いい人である事を誇らしげに思っていた自分を、今は中途半端なやつだと感じる。


■停滞

数週間後、再び店に行く。何度行っても、彼女が付くことはない。付かない事に少し苛立ちを覚える。

しかし、この店には指名制度があるわけでもなく、どうすることもできない。

12時が過ぎた。彼女は帰ろうとしている。前回の進捗に比べ、今回は何もない。

納得できず、レシートの端に自分の電話番号を書いて渡そうとした。丁度出入り口付近に座っていたので、帰り際に渡すことができた。


彼女は、帰り際、


”つまんなそうだよ!”

と一言つぶやき、メモを受け取って帰って言った。そりゃつまらん・・・。全く話しもできないのだから・・。


数日間待つ。電話はない。当然と言えば当然なのだろう。少し期待した分落ち込みは激しい。会いたくなって、店に行くことにした。

今度は、上司とではなく、同僚を引き連れて行った。

店は混雑していた。比較的年齢が若いせいもあってか、カウンター席に二人座ることになった。

しかし、カウンターはカウンターで面白い。店の子ほぼ全員と話すことができる。

その同僚とは久々に飲みに行ったということもあって、かなりテンションはあがっていた。お気に入りとも多少ながら話すことができた。


”電話くれないね”

と聞いてみた。答えようがないだろう。返事は覚えていない。適当に聞き流された気がした。


帰り際意外な展開となった。明日仕事が休みだから(当時彼女は昼間も仕事をしていた)帰りに飲みに行こうという申し出だった。

本来なら、同僚は帰して二人で行けばよかった。

しかし、結局3人でカラオケボックスへ行った。明け方近くまで歌いつづけ、タクシーで彼女を家まで送った。

この時、少し口説いた気がする。何を行ったか覚えていない。


次の日曜日に電話する

そういって彼女は車を降り、狭い路地へ消えて行った。


■落心

日曜日、彼女から電話があった。9時過ぎだったと思う。酒が入っているようだ。誰かと飲んだ帰りらしい。

これまでと少し違い、言いたいことをかなり言っていたように思う。何故そんな話になったのかわからない。彼女曰く、


”私は誰とも付き合えない”

まぁ、夜の生活も長いし、相手の態度を見れば分かるのだろう。そう言われて引き下がれる訳もなく、


”でも、俺は好きだよ”

そう言った気がする。


今ならこんな余計なことは言わないだろう。ただその時は、若さが後押しして、言ってみたくなった。

これまで女性相手に、あまり粘りを見せない自分を感じていて、初めて粘りを見せた時かもしれない。

彼女は店に来て欲しくないと言っていた。意識して働きずらいと言う。そう言われると、余計なんとかしたくなる。

手応えを少し感じていた。その当時は手応えだと思っていた。電話番号をこの時聞いた気がする。引く気など全くなかった。


■敗北

数日後、電話をかけた。店には行かないから、どこかで会いたいと告げた。何度か会うことはできた。

ただ、まともな時間には会っていない。昼間の仕事と夜の仕事の両立で時間はないのだろうが、それでも会えなすぎた。


ある時、店が終わった後、迎えに行くことになった。指定された店で待つ。30分ほど待ってから彼女が現れた。

少し疲れていた。1時くらいだったろうか。

それから朝方まで飲んでいた。話は少しづつ真実へ近づいて行った。過去男へ貢ぎ込んだ話、店の客の話・・。

ただ者ではなかった。その時点で付き合っている男は確かにいないようだった。

ただ、それは彼女がそう思っているだけで、かなりの数の男の匂いがした。


それ以降、会う度に話しはエスカレートしていった。ただ、当時の自分は、自分に都合よくしか解釈できなかった。

自分だけは違う。そう思っていた。

しばらく会えない日々が続いた。彼女は当初いたスナックに加えて、キャバクラでも働き始めていた。

2度ほどそのキャバクラへも行った。かなり広めの店だが、当時は今に比べ値段もかなり高い。

連絡は途絶えがちになり、月に一度会う程度になった。


とある時、スナックもやめ、昼間の仕事も辞めていた。彼女は、キャバクラ勤めにはまっていた。

売り上げを競うため、徹底して客を呼びまくっていた。私も一度だけ呼ばれたことがある。ただその時は行かなかった。

行かないことがせめてもの抵抗だった。

少しずつ終わりを感じていた。何も始まっていないことはわかっていたが、終わりだけは感じることができた。


そんな日々が流れ連絡も途絶えがちになった。年末・年始のとある日、久々に電話をかけた。

彼女はとある専門学校に合格していた。以前その話は、何度か聞いていた。これで少しはまともになるのかとも思ったが、

話は違う方向へ進んでいった。

内容は非常にくだらないことだった。くだらないことだったが、その頃の自分の扱いに耐え切れなかったので、

ここぞとばかりに怒鳴りまくった。飲んだ帰りに友達の家から電話した。電話しながら友達の布団にコーヒーをこぼしてしまった。

話はなんの結論をみることもなく、電話を終えた。


こんな女に夢中になっていた自分に嫌悪感を覚えた。2度と電話しないと誓った。その誓いは半年ほどしか守られなかったが、

この時はもう2度と会わないと強く思っていた。


■再会

それから半年ほどして、一度電話した覚えがある。酔っ払った勢いでかけて、少し話をした程度だ。

その後また半年ほどして何度か電話があった。大した話はしなかった。

夜10時くらいに電話があったときに、今から飲みに行かないかと誘われた。平日だったこともあり、

会う気もなかったので、その時は断った。ただ、久々に会ってみるのもいいか・・という気にもなっていた。


しばらくして、朝会社へ向かう途中に携帯がなった。彼女は生理休暇らしく、家で寝ていたそうだ。

暇そうだった。ふと会ってみたくなった。仕事もその時は忙しくなかったので、行くことを即決し、その旨を伝え、家に向かった。

何度か行ったことはある。うる覚えながら彼女の家に向かい、たどり着いた。約1年半ぶりの再会だった。

彼女はパジャマのままで本当に寝ていたようだ。


久々に会った彼女は、以前とそうは変わりなかったが、髪の色だけが変わっていた。

白金だった。話によれば、今は普通の会社勤めをしていて、その日は休んだそうだが、少し様子はおかしかった。

部屋の中身も少し変わっていて、テレビ、ステレオ、ベッド等、高級そうなものが並んでいた。

普通の OL が買い揃えられるものではない。その日は一日その部屋で過ごした。

何をする訳でもなく、だらだらと過ごしたが、それはそれで楽しかった。


■安堵

それからは何度か会った。以前と違いまともな時間帯だった。付き合っていた訳ではない。ただ友達として遊んでいた。

それはそれで楽しかった。以前の嫌悪感がまだ残っていたせいもあり、特に突っ込んだ話はしなかった。

そのうち彼女が自分の仕事について少しずつ話始めた。会わなくなってから、どんなことをしていたのか、

あまり聞く気もなかったが、一緒にいれば少しずつわかってくることもある。


彼女は普通の会社員ではなかった。自宅待機型の風俗の仕事をしていた。少しショックだった。

しかし、表情にはださずに、聞き流した。聞いた時、それはどうでもよかった。

でも、会う回数を重ねる度に、少しずつ情が復活してくる。好きになると周りが見えなくなる。

また、過去の事は気にしなくなる。まったく考えなかった訳ではない。しかし、私もただの人だった。

少しずつ気持ちが復活し始めていた。仕事のこともその時はすでに超越していた。


ある日、居酒屋で二人で飲んでいるときに彼女は言った。それは彼女の本当の気持ちであったのだろうと、今でも思う。


”私達、いい友達だね。10年たってお互い一人だったら結婚しようね”

その時の私にはそれで心地よかった。これでいいんだと自分でも納得していた。


■再燃

会社の同僚と飲んでいた時に携帯の電話がなった。年配の女性の声だった。間違い電話かと思い対応していると、彼女の母親だった。

彼女が事故で入院したらしい。

心配になり、その夜彼女の家へ電話してみると、母親がでた。母親は地方に住んでおり、事故を知らされて急遽入院の世話に来たらしい。

様態を聞き、命に別状はなかったが、しばらく入院が必要なようだった。


とりあえず、病院を聞き、見舞いに行くかどうかを考えた。自分からは行けなかった。

母親も来ているし、今までの経緯から、自分が行っていいものかどうか分からなかった。行きたい気持ちはあった。

1週間ほどして、彼女から電話があった。入院先の病院からだ。少しは動ける様になったらしい。暇だから見舞いに来いと言われた。少しほっとした。

見舞いの品を幾つか買い、病院へ行った。母親に付き添われて彼女はいた。思ったよりも元気そうだった。

母親と少し話した後、彼女と話しをした。見た目以上に中身は弱っていた。かなり弱気になっている。


1,2ヶ月入院し、しばらく実家へ静養に帰るそうだ。仕事も辞めざるを得ない。マンションの家賃も払えるかどうかわからない。不安そうだった。

話の流れ上私の口から、次の台詞が飛び出した。


”広めの部屋に引っ越すから、一緒に住むか。”

その時はそれでもいいかと思った。彼女は喜んでいた。どこまで本気なのか、その時は分からなかった。


入院中は、週末に見舞いに行った。他の見舞い人と会うこともなかった。このまま行ってしまうのか?と少し思ったこともあった。

しかし、それは彼女の回復具合に反比例し、少しずつ消えていくことになるが・・・。


彼女は退院した。退院直後に食事をした。事故といっても、普通の事故ではない。

仕事中に起こった事故だ。退院してから、彼女は対人恐怖の気があって、夜家から出れないと言っていた。

食事に連れ出した際に、人と会うのが恐いと言っていた。退院してから、誰とも会っていないそうだった。


じゃあ、自分は平気なのか? そう尋ねたときに彼女は答えた。


”安心できるから・・・”

もう一度勝負に出る時が来たと感じた。しかし、不安要素はかなりあった。入院中に見舞いに来た男の話、等々、他の男の匂いは、消えてはいなかった。


■再戦

彼女は田舎に帰った。しばらく静養し、また出てくるらしい。電話もまめにかかってきた。

私は普通の生活をし、たまにかかってくる電話を楽しみにしていた。


ある時、田舎へ遊びに来ないかと誘われた。観光地でもあり、会いたい気持ちも手伝って、会いに行くことを決めた。

飛行機のチケットは彼女が用意してくれた。週末+1日の有給休暇を使い、2泊3日の予定で出かけた。


空港まで、彼女は迎えに来てくれた。観光地を回り、地元の物を食べ、実家へも行き、彼女の家族にも紹介された。

彼女は良くしてくれたと思う。充実した旅行だった。

ただその期間ずっと考えていた。この後どうなるのだろう?彼女の心はまったく読めなかった。

ただ”手応え”のなさを感じることはできた。予感はしていた。


帰りの日、空港まで彼女は送ってくれた。


”じゃあ○○でね。”

帰った後も会うつもりだった。ただ、何故か、これが最後になるかもしれない気持ちが拭いされなかった。

私の中で、なんらかの気持ちの整理がついたのかもしれない。帰りの飛行機の中で、軽食も断り、じっと彼女の写真を見ていた。

何を思っていたのだろうか・・。ただじっと写真を見て、何かを考えていた。


帰ってから、数日がたち、手紙を書き始めた。思っていることをすべて書こうと決めた。自分の気持ちを素直に書いた。

彼女のことが好きだった。仕事も辞めて欲しかった。そんな事を書いた。

手紙を出し、しばらくしてから彼女から電話があった。手紙のことは軽く触れた。


”手紙読んだよ・・”

それ以上は言わなかった。私も敢えて聞かなかった。


■終幕

彼女は帰って来ていた。手紙を出して以来、電話もあまり来なくなっていた。

今までの経緯から、こうなることは少し分かっていた。友達のままでよかった。その方がお互いの為でもあったのだろう。


しばらくしてから、また電話がくる様になった。仕事は昼間の仕事を探していたが、日銭欲しさにヘルスの仕事もしていた。

理屈は理解できた。入院代等、確かに金は必要だった。

そのうち酒を飲んで電話してきた。酒が入ると人間が変わる。止めるものもなく言いたい放題言い始めた。

手紙を出したことは強く非難された。それ以外何を話したのかは覚えていないが、7,8 時間は話していただろう。

次の日会社を休んだことは覚えている。勝負に出たのは明らかに失敗だった。

彼女と落ち着いた生活をすることはできない。それははっきりと分かった。


帰ってから会うことはなかった。何度か電話で呼び出されたが、すべて断っていた。

私はもう無理をするつもりがなかった。平日でも、9時過ぎたら絶対に出かけなかった。少し意地にもなっていた。


ある時電話で呼び出された。丁度9時くらいだったろうか。昼間の会社を探し出し、歓迎会の帰りだったようだ。カラオケに行きたいという。


”誰か探してるんだけど、みんな駄目なんだよね”

そう言ったと思う。酒もかなり入っていた。少し切れた。”みんな”という言葉に強く反応していた。

自分の気持ちはまったく通じていない。それがはっきり認識できた気がした。


行くことは断った。調子に乗っていた彼女は


”じゃあもう電話しないよ~”

そんなことを言ったと思う。むかついた私は、


”あぁ、もう電話してくんな。2度と会わないよ

そんなことを言った。


少し静かになり、彼女は言った。


”わかった・・・”

寂しそうだった。


その時はどうせまた電話してくるだろうと思っていた。この程度のことはこれまで何度もあった。

数ヶ月ほどが過ぎた。電話はなかった。自分の中で気持ちの整理は既についていた。少しずつ忘れ始めていた。

ただどうしているのか少しだけ気になった。電話してみた。彼女は出ない。まだ同じところに住んでいるのか、それさえもわからない。

その後、数週間後、もう一度だけ電話した。これも出ない。気持ちもすっかり消えていた。

少しだけ様子が知りたかった。ただこれ以上は何もする気はなかった。


それから、既に2年近くが立っている。詳細は思い出せないが、感覚だけは残っている。

私も引っ越し等をしたため、電話は変わっているが、携帯の番号だけは変えていない。

今さら会いたいわけでもない。ただ少し懐かしい。携帯が鳴ったら・・私はどうするのだろう?

また会いに行ってしまうのか? それはわからない・・。これ以上同じことを繰り返すまいとは思ってはいるが・・・。

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