第三十七節*女王と一途な恋心
客間に用意されていた女王のドレスは、香水の跡を残しながらも、光を受けきらきらと輝いていた。
カールの返事を聞いたツェツィーリアは狼耳をピンッと立て、満面の笑みで目を輝かせた。不慣れで覚束ない様子から一転、溌剌とした明るい表情がカールを見つめる。それを行儀が悪いと婆やが諫めるも、おてんば娘と化した女王は聞く耳を持たなかった。
これが最後のチャンスと意気込み、自分の恋を応援するよう詰め寄ってくる。その勢いにカールはのけ反り、思わず頷いてしまった。
「えっと、あの……はい…、え? あの、洗濯、は?」
「後よ、後ッ! せっかくドレスがきれいになったって、好きでもない男の隣で着るなんて、ちっとも嬉しくないもの! それより、貴方は僥倖よ! あのどうにもならないシミを落とせるって言うんだもの! そしたら私の告白も今度こそ成功して、大団円で挙式になるのよ! きっとそうに違いないわ! 婆や、お茶の支度をして! みんなで必勝の告白作戦会議よっ!」
ツェツィーリアはそう強く言い切ると、力いっぱい天に拳を突き上げた。
『洗濯屋と魔王様』 第四章
妙なことになった、とシュピッツは紅茶を飲みながら眉を顰めた。
今回の派遣はカールがラッポニア女王のドレスを洗うためのもので、シュピッツはその護衛だった。仕事の内容自体はそう珍しくない。国外では何が起きるか分からず、用心のために護衛がつくことは多い。一人で複数人見ることも、要件がすんなり終わらないこともままあった。
しかし、しかしである。
任務中に他人の恋路を応援することになろうとは、経験豊富なシュピッツですら予想していなかった。それも女王の恋だ。丁重にお断りしたいところだったが、女王は有無を言わさぬ勢いで全員をソファーに押し込めてしまった。
それで仕方なく紅茶を舐めている訳である。
シュピッツは女王の言葉に適当な相槌を打ちながら、どうしたものかと考えた。他人の恋など、周りが応援したところで成就する話ではない。あくまで当人同士の問題であって、余所からの口出しなど野暮にも思えた。それにこんな条件を出されてしまっては、いつ本来の目的を達成できるのかも分からない。何とか早々に洗濯を終え、恋や結婚の話については関わらずに帰国したい、と言うのが本音だった。
だが女王が恋の話を切り出すと、それにお喋り好きなドロシーが乗っかってしまった。シュピッツが人選ミスを悔いるも遅く、あっという間に話が盛り上がる。洗濯の件はどこへやら、ドレスのドの字も忘れられ、女子会には大輪の花が咲いた。
もはや止められないと悟ったのか、婆やが申し訳なさそうに追加の紅茶を用意する。
カールはすっかり蚊帳の外で、話についていけず目が点になっていた。
「えっ、じゃあ私たちをギーナまで連れてきてく下さったグスタフさんが、女王様の初恋のっ?」
「うふふふ、そうなのよ! 国外から王都までお連れする任務だったし、彼にも会いたかったから、丁度良いと思ってね。彼、ベルク公領土の軍人で、普段は国境辺りにいるのよ。用事がないと王都に来てくれないし、私も呼べないから……。ダシに使っちゃってごめんなさいね」
「いいえ、いいえ、お気になさらないで下さい。それより…、遠距離なんですか? どうやってお知り合いになったのか、伺っても?」
「もちろん! 是非聞いて! お茶とお菓子もたくさんあるから、遠慮しないでね!」
そう言って二人のおてんば娘が意気投合する。その目はきらきらと輝き、頬は興奮で色付き、何とも楽しそうであった。
二人があまりにも楽しそうに喋るので、誰も水を差すことが出来なかった。
妙なことになった、とシュピッツは改めて眉間に皺を寄せた。
***
ドレスの件で来ているから知っていると思うけど、私は今、隣国の貴族と縁談が持ち上がっているの。理由は私が未婚の王だから。家を安定させるために早く結婚しろって言うのよ。まったく、私を担ぎ上げたくせに、その私に意見するなんて、図々しいわよね! ……でもまあ、私はもともと跡取りみたいな位置じゃなかったから、政治の実績が少なくてね…。大臣たちの意見を無視できないのが現実。それで、結婚に向けてあれこれしているわけ。
でっ! 結婚は仕方ないとして、重要なのは、相手を選ぶ権利は私にあるってこと! 大臣たちは早く済ませたいから適当な人を薦めてきているだけ。私が結婚相手を見つければ、彼らは別にそれで構わないのよ。だから私はこの機に、ずーっと思いを寄せているグスタフと結婚がしたいの!
グスタフはね、ベルク出身でかっこよくて、聡明な騎士よ。
うちの国は大きく四つの領地に分かれているんだけど、ベルクは一番南。大臣たち推薦の結婚候補者がいる、大ファルケ国と接している地域よ。王都があるここはミーネ領って言うの。半島の一番奥だわ。ベルクとミーネと、後はゴルトと、ハーフェン。
領地名は領主の姓と同じだから、ベルクとかゴルトとか名乗ってきたら注意してね。ちなみに私の正式名はツェツィーリア・ミーネ・ツー・ラッポニアよ。
ええっと、それで、グスタフとの馴れ初めなんだけど……。ふふふ、今思い出してもかっこよ過ぎて照れちゃいそう! あれは、私がまだ小さかった頃のことよ。あの頃はお父様やお母様もまだお元気で、私は花を摘んでプレゼントするのが好きだったわ。この城の裏手にネモネアの咲く森があって、春になるといつもそこへ行っていた…。あの日も、侍女と一緒に森に入っていたの。
ネモネアは白くて小さい花なんだけど、絨毯みたいにぶわあっと森一面に咲いてね。花摘みに夢中で下を向いているうちに、奥の方まで迷い込んでしまったのよ。
気付いたときには侍女の姿が見えなくて、日が傾いてきて。怖かったわ。太陽が見えなくなると森の中は途端に暗くなるの。風が不気味な声に聞こえて、一刻も早く帰りたかったのに道が分からなかった…。今なら魔法で飛んだり、匂いを辿ったり出来るけど、当時はまだ全然使えなくって。私はその場から動けなくなって、ただただ助けを待っていたわ。
そしたらそのうちに、遠くの木に尻尾が見えてね。私はてっきり侍女だと思ってすぐに駆け寄ったわ。これで帰れるって思って、嬉しくて声を上げて。……でも木の裏に回ってみたら、そこにいたのは獣のオオカミだったのよ!
あのときは本当に、心臓が止まるかと思ったわ。ここの森のオオカミはすっごく大きいの! 子供なんて頭から一飲みにしちゃいそうなサイズなのよ! それで、私びっくりして尻餅をついちゃって。食べられる、って顔を覆ったの。
………そこに駆け付けてくれたのがグスタフだったわ。後で聞いた話だと、侍女が私を見失って、慌てて人を呼んで捜索していたらしいけど…。ま、とにかく一番に私を見つけてくれたのが彼だったの。
かっこ良かったわー! マントをひるがえして颯爽と現れて! 動けなくなった私を抱いて、オオカミの前から連れ帰ってくれたのよ! 怖くて泣いていた私に優しく声をかけてくれたわ。それにもう大丈夫だって、優しく撫でてもくれて。それで、私はすっかり恋に落ちたのよ!
だってかっこよ過ぎでしょうッ? 乙女の危機に現れて助けるなんて、物語りの騎士そのものじゃない! グスタフはどちらかと言えば口数が少ない方なんだけど、その余計に喋らないところが良いのよっ。顔もきりっとしているし、軍人だから鍛えているし。国中の女の子が振り向いたって仕方ないぐらい! ……まあ、それは私が困るだけど。でも、この出会いから、私は彼の勇姿が目に焼き付いて離れなくなっちゃったのよ。うふふ。
さっきも言ったけど、グスタフはベルクの人でね。普段は王都にいないの。私を助けてくれたときは、たまたま王都派遣で城に駐屯していたのよ。
ベルク、ゴルト、ハーフェンの領主たちは常に一定数の軍をミーネ領に派遣していて、合同訓練をしたり連合任務に当たったりしているわ。派遣者の選定は領主たちに一任されていて、派遣表が提出されてからでないと分からないの。軍所属になれば必ず一度は経験するらしいけど、でも一度きりの人も珍しくはないんですって。
そんな不規則な人員の中にあの人がいて、しかも私の捜索を依頼されて、それで一番に見つけてくれたのよ! ねえ、これって運命だと思わないッ? 偶然がいくつも重なって、私とグスタフを結び付けてくれたのよ! 絶対にそうだわ! でないと、私の心がこんなにも熱く火照るわけがないもの!
グスタフがベルク領へ帰ってしまった後、私は彼のことを聞いて回ったわ。若くして入隊したことや、寡黙だけど仲間から慕われていること。知的でベルク公からの覚えも良いこと。干した果物が好きで、子供や老人に気配りができる優しい人だってこと…。もう知れば知るほど彼のことが好きになって、私は次に会ったら告白しようって決めたのよ!
……でもほんと、領土外の人って商人でもなければ行き来が少なくてね。グスタフと再会できたのは、それから半年ほど経ってからだったわ。
確か、あのときはベルク公からお父様への遣いが彼だったの。
私は来訪者の一覧に彼の名前を見つけて、すぐに駆け付けたわ!
それで少し時間をもらって、離れにある庭に呼んだのよ…。
ああ、今思い出してもドキドキするわ。あんなに心臓の音が大きく聞こえたのは初めてだった。あの人はお父様にするように、私の前で恭しく膝を折ってくれて。私が改めて助けてくれたお礼を言うと恐縮して。熱く芽生えた愛を告げると驚いたように耳をピンッと立てたのよ!
……………。
でも、応えてはくれなかったわ。
押し黙って、立ち上がった耳が段々下を向いて。驚いた表情もすうっと冷静さを取り戻して…。
グスタフは言ったの。身に余る光栄、お言葉だけ頂戴致します、って。
私の心をもらってはくれなかったのよ。
それで、私悲しくなってその場で涙が零れてきて。それが恥ずかしくって逃げ出したわ。
私、生まれたときからお姫様だったし、不自由な事ってほとんどなかったのよ。欲しいお菓子も、お洋服も、みんな用意してもらえていた。だから驕っていたのね。自分が言えば何でも手に入るんだ、って。……でもあの人は違ったわ。真っ直ぐに私を見つめておきながら、はっきりと断ったの。
はあ……、ああ、駄目。あんまり思い出すと泣いちゃいそう…。
でもね! 私、部屋に戻って一頻り泣いて、その後に気付いたのよ。あの人、応えてはくれなかったけど、私の気持ちを茶化さないでくれたんだ、って。………実を言うとね、私とグスタフって歳が十二も離れているの。…えへへ、驚いた? だから私が姫だとしても、小娘の戯言って笑われても仕方がなかったのよ。でも、あの人は少しも笑わずに、真摯に答えてくれた。私の幼い恋を大事に扱ってくれた。
もう、それで、そうだと分かったら、また一層好きになっちゃって! 私の愛を、愛だと思ってくれるなら、いつか届くんじゃないかって思っちゃって! 彼への想いが止まらなくなっちゃったの!
それで……それで、もうかれこれ十年目かしら…。あの人が王都に来る度に、この想いは本物だって、ずーっと伝え続けている。彼からしたら迷惑なのかもしれないけど……。でも、好きなのよ。本当に。愛しているの。グスタフ以外の人と恋に落ちるなんて、到底思えない。もちろん結婚もね。グスタフはいつも決まって「お言葉だけ」って言うわ。ただの一度も頷いてくれない…。
でも、告白はいつも振られちゃうけど、呼び出しには来てくれるのよね…。もう私からって時点で察しはついているはずなんだけど。ちゃんと会ってはくれるの。私、それだけでも嬉しくって。どうしようもないぐらい尻尾が揺れて。今回も会う約束をしたのだけれど、来てくれるって言うし……。私的な呼び出しだから、断る方法なんていくらでもあるのよ? それでも来てくれる。彼は、絶対に来てくれる。
……だから私、諦め切れないのよ…。今度こそって、いつも………。
ねえ、私この気持ちに決着をつけないまま婚礼衣装なんて着られないわ! 無理よ! こんな気持ちで、顔しか知らない男と結婚するなんて! だからお願い、知恵を貸して! 私この気持ちにケリをつけたいのッ! 彼が私をどう思っているのか、本当のところを知りたいッ! ずっと私の告白を聞き続けてきた彼の本音が知りたいッ! ずっと、こうして会えるだけでも幸せだけど……もう、それも、出来なくなっちゃうからっ……!
***
妙なことになった、とシュピッツは雪を踏みしめながら頭を悩ませた。
乙女の恋は剣のように固く真っ直ぐで、確かに聞いていて心迫るものがあった。
けれどもそれはそれ、これはこれ。ドレスを洗いに派遣された自分たちが深く関わる話ではない。シュピッツは無情に徹してそう伝えようとしたのだが、それよりも一呼吸先にドロシーが立ち上がり、女王の手を熱く握ってしまった。
「……ドロシー、お前なあ。あれどないする気や…」
宿への帰り道。シュピッツは元気に前を歩く三つ編みに向かってそう投げかけた。
打合せは乙女たちが手を取り合ったところで時間切れとなり、女王は次の公務へ行ってしまったのだ。洗濯の許可がもらえなかったカールたちはドレスを預かることなく、部屋を追い出された。
「どうもこうもないわよ! 私、応援するって言ったじゃない! 次に会うのは明後日だっておっしゃってたから、今からでもコサージュぐらいは間に合うわ! もう大体イメージは出来てるの。宿に戻ったら手持ちの材料を確認して、さっそく作業に取り掛からなくっちゃ! ああ……、ほんと、素敵よね! 初恋の人をずっと思い続けていられるなんて! それにグスタフさんだって満更でもなさそうよ。だって呼び出しには来てくれるって言うんだもの。やっぱり身分の違いが気になるのかしら…。騎士から王族に上がった前例はないって、女王様おっしゃってたし。でも、女王様にはもう時間がない……。本当に、これが最後のチャンスでしょうね…。だから私、全力で応援するわ! だってあのドレス、女王様に幸せな気持ちで着て欲しいもの! ねえ、カールさんだってそう思わない? きれいに洗ったドレスで、女王様に笑顔になって欲しいでしょ?」
「…それはそうですけど……」
機嫌良く揺れる長い赤毛が、後ろをもっそもっそと歩く男を振り向いた。
雪が小一時間ほどの間に嵩を増し、足首あたりまで届いている。分厚い積雪に慣れていないカールは、その滑りそうな、埋まりそうな道を歩くのに苦労していた。
ドロシーの言葉に一応頷いてみせるも、視線は足元から離せない。
それに心配事の中心も、人の恋路より汚れたままのドレスにあった。
宿に戻ると、ドロシーは直ぐに道具箱を持ち出して、居間のテーブルに広げた。
箱は四角いランチボックスのような形で、上に取っ手がついている。固そうな木で丈夫に出来ているが、蓋の上だけは綿が詰まった針山になっていた。正面にちょこんと付いた留め具を外し、ゆっくりとスライドさせながら階段状に開く。三段に分かれたその中には、ミニチュアサイズの鋏や定規、巻いた布、本などが細々と並んでいた。
ドロシーはそこから摘まむように道具を選び取り、手帳を開いて図案を描き始めた。
手持ち無沙汰になったカールが同じテーブルについて、その作業を覗き込む。取り出された品々はとても小さく、鋏は持ち手に指がかかりそうにないし、本の字は読める気がしなかった。
「そんなに小さくって使えるんですか?」
吹けば転がってしまいそうな道具を眺め、カールは素直に尋ねた。
ドロシーはその問いに一瞬不思議そうな顔をしてから、走らせていたペンを止めた。
「えっ? …ああ、違うわよ。これは持ち運び用に小さくしてあるだけ。魔法よ、魔法。使うときには元の大きさに戻すの。こっちの板が魔道具。小さくする呪文と、元の大きさに戻す呪文。小さくする方は二分の一、十分の一、百分の一、の三種類があるわ。この板で触れながら魔力を流すと、物の大きさが変わるのよ。……ほら!」
カールは魔法を使う力がないので、魔道具も使えない。
だからドロシーはすらすらと説明をした終わりに、ちょっいと呪文の刻まれた板で本を突いてみせた。一瞬だけ文字が光り、豆のような本が分厚い図鑑に戻る。
「わっ、 いいなあ! じゃあ、その箱一つに仕事道具が全部入ってるんですか?」
「そうね。道具と資料は入ってるわ。でも布やリボンなんかは他で使った余り。洋裁の仕事で行くときには、これとは別に用意するわよ」
「はああー…、いいなあ。これを使えれば、俺も道具を一式持ち運べるのになあ…」
ぱらぱらと本を捲りながら花を描き始めたドロシーを見て、カールは羨ましくなった。
洗濯の基本的な道具は石けんである。実は、日常生活でつく汚れの大半はこれで落ちる。だから石けんさえ持っていれば、後は適当に川や井戸で水を汲んで洗えば良い。しかし石けんで落ちなかった場合、汚れに合わせて薬品を揃え出すと、その数は意外と多かった。
店や作業場のように大きな棚があれば、あれもこれもと取り揃えておけるが、旅先の仕事ではそうもいかない。
デイジーが持つ裁縫箱は、そんな悩みを難なく解決する魔法の箱だった。
「そう言えば、シミ抜きの道具、足りないって言ってたわね」
羨望の眼差しを寄こすカールを見て、デイジーは下見で聞いた話を思い出した。女子会が始まる前の、ほんの一瞬の出来事だ。そこでカールはドレスを洗う方法を知っているが、道具が足りないと言っていた。
カールはドロシーがやったように、板で本に触れながらため息をついた。
「ええ、そうなんです。ドレスって聞いていたから、アンモニア水は持って来ていたんですけど…。香水の汚れには効き目がないんです。石けんで落ちなくなった香水のシミには、エタノールが有効なんですけど、手持ちになくて。お城でも使った覚えがないから、たぶん作業場の棚にもないんですよね…」
「ふうん。でも、売ってるんでしょ? それ。お店で使っていたのよね? それならきっと調達できるわ。ピペトさんに頼めば大丈夫よ」
「…うーん……」
心配事を漏らすカールをドロシーは気遣ったが、返ってきたのは生返事だった。
カールは難しい顔をしながら、板で小さな本を突いている。
本は当然のように小さなままだった。
「何よ、いやに歯切れが悪いわね。もしかして、めちゃくちゃ高かったりするわけ?」
すっきりしない態度のカールにドロシーは詰め寄った。せっかくの親切心を無駄にされ口元がやや尖る。彼女の指先が板に触れると、その下にあった豆本がぐぐっと元の大きさに戻った。
「……エタノールって、不味くなるぐらい蒸留を繰り返したお酒で、うちでは年に一樽分だけ特別に作ってもらっていたんです」
「えっ? 不味いお酒?」
魔力の有無を痛感し、カールは栞にしか使えない板を手放した。仕事道具一式を自分で持ち運ぶのは、やはり無理そうである。
それなら変わりの手段をどうしようか、とカールは腕を組んで考えた。
2019/12/1