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巫女になった『オレ』の相棒がボクっ娘魔術師だった件

作者: 笹 塔五郎

 シャン、シャンと静寂に包まれた会場に、鈴の音が鳴り響く。

 白と赤の布地を基調とした巫女服に身を包んだ雪原茜は、ゆっくりとした動きで歩みを進める。

 黒く艶のある長い髪、雪のような白い肌。その瞳は、真っ直ぐ壇上へと向けられていた。

《霊衆魔術学園》の入学試験において、茜は学年代表に選ばれるほどの成績を修めた。

 こと《魔術》においては、名だたる名家も顔を揃えるこの学園において、だ。

 茜自身は名家の出身ではないが、将来の《巫女》候補の代表として、生徒達の前を歩く。


「雪原さん、本当に綺麗……」

「巫女服姿が似合う大和撫子って感じだよね」


 女子生徒達がそんな話をしているのが、茜の耳に届く。ちらりとそちらに表情を向けて、ニコリと笑顔で返す。

 面を食らったような表情で、女子生徒達が息を呑んだ。

 上級生を含めても、茜に並ぶほどの美少女はそうそういない――もちろん、茜が女の子であればの話だ。

 茜が壇上に上がると、彫りの深い顔をした白髪で初老の男性が待ち構える。

 学園長である柳総信だ。茜の姿を見て、こくりと頷く。

 茜はそのまま、柳の前に立った。


「雪原茜君――並びに、新入生諸君。入学おめでとう」

「ありがとうございます」


 透き通るような声が、会場に響き渡る。

 声も実に少女らしい――けれど、少し震えているようにも聞こえる。

 見た目に反して緊張しているのか、そう思う者もいただろう。

 実際、茜は緊張している。そのベクトルは、およそ会場にいる人間達には想像できるレベルのモノではない。


(――平常心だ。オレにならできる……)


 心の中で、茜はそんな風に呟く。

 巫女服も草履を履くのも、ここ最近練習したばかりだ。

 少女らしい所作などまるで学んだことはない。けれど、秀才である茜だからこそ、それを真っ当に全うすることができる。

 ――茜は、女の子ではない。今年で十六歳になる、正真正銘の男子である。

 そんな茜が魔術学園において女子しかなることのできない巫女の、それも学年トップの成績で入学することになったのは、海よりも深く……はない事情があるのだった。


 ***


 雪原茜がこの世に生を受けたのは、十六年前のことだ。

 《魔術学園》もまだ数は少なかったが、依然《魔術師》の需要が後を絶たない時代にある。

 ――魔術とは、体内に流れる《魔力》や地脈、大気を漂う《魔素》を利用し、《効果》を与えることで超常の現象を引き起こす技術である。

 古くは《妖怪》や《化物》と呼ばれる類のモノと戦うために人々が手に入れた技術であり、今では《魔物》と総称されるモノとの戦いに用いられる。

 あるいは、同じく《魔術》を扱う者との戦いに、だ。

 魔術を扱う者は総じて魔術師と呼ばれるが、その中でもいくつか名称で分類される。

 《巫女》もその一つであり、同じく魔術を扱う者達であるが――そう呼ばれるには条件がある。

 一つは《精霊》と契約できること。これは、魔物と同じ世界に住まうとされる魔力で構成された身体を持つ生命体のことで、彼らは『女性の魔力』を好むと言われている。

 人には分からないが、男性と女性では魔力の質が異なるらしい――契約に際して精霊が望むのは、女性の魔力なのだ。

 茜は例外中の例外――男性でありながら、精霊に好まれる魔力を持つ特異体質だった。

 すなわち、生まれながらに巫女の素質を持つ男性、ということになる。

 何事にも例外というものあり、茜もまたその才能を認められて男でありながら巫女になれた……というわけではない。

 古来の伝統にあるように、巫女になれるのは女性に限られる。

 茜には巫女になる資格はない――学園に入学し、卒業しなければ公にはそう認められないからだ。

 だが、茜には類い稀なる才能があり、それを捨て去るにはもったいないと思う者も多かった。

 学園長である、柳もその一人だ。

 結果として、茜は女子生徒として学園に迎え入れられることになる。

 茜自身は、正直言ってしまえば渋った。

 巫女の才能が認められたとして、茜はそれをしたいとは思っていない。

 何故なら、茜は見た目こそ少女であるが普通に男子だからである。

 それを、巫女と呼ばれる女性にしかなれない魔術師になる、など才能があったとしても中々に選ぶのは憚られた。

 それでも茜がその道を選んだことには理由がある。

 ――巫女になって仕事をすれば、給料がいい。学生時代からでも稼ぐことができる。

 貧乏な家に生まれ、病弱な母とまだ幼い妹達を養っていかなければならない長男の茜は、学費免除で巫女になれるという大きな餌に釣られてその道を選ぶことになった。

 ……これが海よりも深くない、男である茜が巫女候補になった理由である。


 ***


「……真っ当にできてたよな」


 学生寮のすぐ傍で、女子制服に身を包んだ茜がポツリと呟く。

 青を基調としたブレザーが、この学園の指定の制服だ。

 巫女服はあくまで正装――普段はあれを着ることはない。

 だが、茜が今後活動をしていく上では、少なからず着なければならない服だった。


(しかし、袴だったからまだ良かったものの、これは……)


 裾の長いスカートを押さえながら、苦々しい表情で呟く。

 一見すると黒髪清楚な美少女だが――中身は真っ当に男。

 女物の下着を着ることは受け入れられず、かといってトランクスはまずい――その結果に得られたのが、膨らみの少ないかぼちゃパンツという選択肢。

 その事実は誰にも知られたくないことだ。

 茜は大きくため息をつきながら寮の部屋へと向かう。

 この先に、茜の《ペア》となる人物が待ち構えている。

 学園生活だけではない――魔術師は基本的に、ペアで行動をすることになっている。

 片方が近接面を担当し、もう片方が後方から支援する。それが魔術師達の基本的なスタイルだ。

 弱点をなくす、ということが目的にあり、巫女は《精霊》を呼び出すことができるためオールラウンダーではあるが、それでもペアは必要になる。

 学年代表である茜の相棒に選ばれたのは、同じく優秀な成績を納めた人物――総合成績二位である魔術師候補生、千堂夕。

 灰色の長髪で、中性的な容姿をしている千堂家の跡取り息子だという。

 それこそ一見すると女性を見間違う可愛らしい顔立ちをしているそうで、茜への当てつけのようにも感じられた。

 ……少女として学園に通っている茜は、れっきとした男なのだから。


(どんな奴か知らないが、バレないように生活していかないとな……)


 茜が男であるという事実を知っている者は、学園でも少ない。

 学園長と担任の講師、それから校医の三名である。

 この事実が知れれば、茜はこの学園にいられなくなる可能性が高い――あるいは、運が良ければ世論の後押しを受けることができるかもしれないが、そこまでして茜を巫女にしたいと思うのは魔術関係者くらいのものだろう。

 多少憂鬱な気分でありながらも、茜は気付くと寮の部屋の前にいた。

 男女での共同生活――それが、魔術学園では平気で行われる。

 ペアの魔術師は共に行動し、絆を深め合うのが基本だからだ。

 大きく息を吸って、部屋の扉を開く。


「失礼します。千堂さん、いらっしゃいますか?」


 鈴の音のような声で、茜は声をかける。

 そこには、男子生徒の服に身を包んだ千堂夕の姿があった。

 一瞬、呆けたような表情で夕は茜の事を見る。


「……千堂さん?」

「あ、ご、ごめん。雪原茜さん、だよね? あんまりに可愛い子だから、ボクびっくりしちゃって……」

「可愛いだなんて、そんなことないですよ」

(初対面でそんなこと言うか、普通)


 悪態をつきそうになるが、頬が引きつかせながらも茜はその上から笑顔を張り付ける。

 だが、茜も似たようなことを考えていた。

 千堂夕は美少女である――そう言われても、納得してしまうような容姿だった。

 それこそ男とは思えない。

 どこか、自分と似た境遇にあるように感じられた。


「一緒のペアになったということで、今後は宜しくお願いしますね。千堂さん」

「うん。えっと、雪原さんは巫女だから……後方支援だよね?」

「どちらでも可能ですよ。千堂さんも同じく優秀な生徒をお聞きしていますから、お互いのスタイルに合った戦い方を見つけていきましょう。――って、いけない。初対面なのにこんなこと……」

「ううん、そう言ってくれるとありがたい、かな」


 ――吐きそうである。

 入学してそうそう、こんな清楚キャラを演じていかなければならないという事実に、茜はすでに辟易としていた。

 ……せめて、寮の自室くらいは普段通りでいたかったが、ペアでありルームメイトである夕がいる以上それは無理だ。――となると、茜に残された選択肢は一つ。

 清楚な女の子を演じて、そして巫女として生きていく……それしかない。

 家族を支えるためには、その道しかないのだ。


「……はあ」


 思わずため息が漏れてしまう――だが、それは茜のものではない。


「千堂さん?」

「っ! あ、ごめん。聞こえてた、よね?」

「えっと……どうかしましたか?」


 いきなり悩みがあるような仕草を見せられては、さすがの茜も心配する。

 何せ、これから共に活動していく間柄だ。相性が悪かったから解散――なんてこともあり得るが、それは内申点にも響きかねない。

 茜としては、率先してペアの悩みを解決しなければならないという課題もあった。


「初対面で申し訳ないですが、私で良ければ相談に乗りますよ」

「あ、いや……」

「もちろん、言いにくいことでしたら言わなくても大丈夫です。お互いに、信頼できるようになってからで構いませんから」

「……っ! ありがとう。茜さんは、良い人だね。普通、目の前でため息をつかれたらいい気はしないと思うよ」


 当たり前だ、と茜は考える。

 だが、表にはそんなことは出さない。

 あらゆる意味で秀才――清楚で人のことを思える女の子を演じている茜だからこそ、それができるのだ。

 そんな茜の手をそっと握り返すと、夕は静かに話し始める。


「ペアになる人には、お互い命を預ける立場になる……だから、言うなって言われていたけど、本当のこと、言うよ。けど、誰にも言わないって約束してくれる?」

「もちろんです。私も巫女を目指す身――約束します」


 それを言いふらせば茜が犯人だとバレてしまうのだから、言うはずもない。

 わざわざ自分から煙を立てる必要などないのだ。

 こくりと夕が頷くと、意を決したように話し始めた。


「実は、ボク……女、なんだ」

「そうですか――は?」


 頷いて適当に答えようとした茜だったが、思わず素っ頓狂な声が漏れる。

 およそ清楚女性キャラを演じている茜が出していい声ではなかった。

 夕も少し驚いた表情をする。


「え、えっと、驚かせてごめんね? 証拠なら見せられるから……!」


 そう言って、夕は自身の制服に手をかけ始める。

 ブレザーとシャツを脱ぐと、白い肌が露わになるが――


「ストップ、ストップ! やめろって! 女だっていうのは分かったから、オレの前で脱ごうとするな!」

「ご、ごめん――って、え、オレ?」

「あ」


 思わず口走ってしまった言葉に、茜も我に返る。

 だが、時すでに遅し――演じていた清楚キャラがいきなり崩壊してしまうほどの衝撃を受けてしまったからだ。

 男なのに巫女として生きる道を選んだ茜のペアは、女なのに男として魔術師を目指すという、まさに鏡写しのような人生を歩もうとする少女だったのである。

およそ今後の展開も王道な現代ファンタジーになる予定ですが、序盤からこの設定良くない……?を突き抜けてみた作品です。

実際に連載するならしっかり水濡れとかでバレるようにするよ!

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