88話
俺がフィーラ公爵邸にてシンディー様に魔導具製作を依頼してから1週間が過ぎた。
シェリアも話を聞いたのか、自作の状態異常無効の付与がある指輪を贈ってくれたのだ。
『母様には及びませんけど。お守りの代わりにはなると思います』
はにかむように笑いながら言っていたが。あまりの可愛さに悶えそうになったのは言うまでもない。あ、決して俺は変態ではないからな。とりあえずは有り難く受け取っておいたのだった。
俺はにやけそうになるのを抑えた。だってな。シェリアが俺の事を心配してわざわざくれたんだぞ。てまあ、アホな事を言うのはここまでにするか。
『……矢恵さん。すまないが。ちょっと出てきてくれないか?』
『……あら。久しぶりね。どうしたの?』
『いや。スタンピードも何とか食い止められたし。報告がてら話をしたいと思って』
俺が言うと矢恵さんは苦笑いしたらしい。
『まだまだ気は抜けないわよ。アリシアーナの事がまだ残っているし』
『そうだったな』
『エリック君。あたしが聞いた話だと。恐らくアリシアーナも転生者みたいね。しかも元日本人ときたわ』
俺は意外な事を告げられて目を開いた。驚いたからだが。
『アリシアーナも転生者なのか。性格が悪くないなら説得もできるだろうが』
『……まあね。後、アリシアーナはエリック君の弟が好きみたいよ。ケビン君だったかしらね』
『なっ。マジか?!』
また驚きの声をあげてしまった。矢恵さんはすうと俺の中から出てくる。
かつて見た矢恵さんの姿だ。ショートカットにした黒髪にちょっときつめだが二重のぱっちりした茶色の瞳。すっきりとした鼻筋に薄めの唇、ベージュの上着とパンツ、白のブラウスという出で立ちの彼女が宙に浮いている。黒のパンプスを履き、日本のOLさんと言えるか。
「……矢恵さん。出てきて大丈夫なのか?」
『大丈夫よ。エリック君が魔術の訓練を頑張ったおかげね。さて。本題に入るわよ』
「アリシアーナの事だな」
真顔に戻して言うと。矢恵さんは頷いた。
『……ええ。アリシアーナはまだ前世の記憶を思い出しているかはわからないけど。エリック君なりに対策は立てているの?』
「ああ。フィーラ公爵夫人にお願いして色々と教えて頂いた。後、状態異常無効の魔導具の作成を依頼したんだ。夫人は快諾してくれたよ」
『そう。ならひとまずは安心ね。アリシアーナと会う時に関わらず、その魔導具は肌見離さず身につけた方がいいわ』
矢恵さんの言う通りだ。俺は頷いた。その後も色々と打ち合わせをしたのだった。
あれから半月が経ち、シンディー様から手紙と小包が一緒に届いた。リアナが持って来てくれる。俺は受け取ると手紙をペーパーナイフで開封した。
<エリック殿下へ
お元気でしょうか?
やっと今日になって息子のトーマスやラウル様、殿下の分の魔導具が出来上がりました。
トーマスには既に手渡してありますの。
ラウル様や殿下にもお贈りしました。
そういえば、殿下には娘のシェリアが同じような魔導具を作ってお渡ししたとか。
殿下がわたくしやシェリアの魔導具を持ってくだされば、心強いかと思います。
それでは。
敬愛する殿下へ
シンディー・フィーラ>
シンディー様の流麗な文字で綴られていた。俺はさすがにシェリアの母君だと思う。小包は茶色の丈夫な紙で作られた大きめの封筒に入れられていた。封を切って中身を取り出す。シャラと小さな音がした。
「……あ。これは?」
つい、小声で呟く。俺の右手に握られていたのは片手に乗るくらいの台座にエメラルドグリーンの魔石があしらわれた銀製の鎖がついたペンダントだ。台座自体は蔦草模様が彫り込まれた繊細なデザインで魔石もキラキラと輝くように高度なカッティングがなされている。お袋や他の女性が好みそうな美しい装飾品だが。まあ、シンディー様が俺の依頼を引き受けて製作してくれたんだし。そう思いながら鎖を見てみた。ちょうど、俺の頭を通る長さっぽい。そう思いながらそのまま、首に掛けてみた。
「お。本当に丁度良い感じだな」
歓心しながら言う。俺の胸元辺りに魔石――ペンダントトップが来る。シンディー様は普段使いもできるようにデザインも考えてくれているらしい。後でお礼の手紙を書こうと決めた。
早速、リアナに言ってインクや羽ペンに便箋、封筒を用意してもらう。羽ペンの先端にインクを浸しながらこう書いた。
<シンディー様へ
お元気でしょうか?
今日に以前に依頼していた魔導具が無事に届きました。
本当に製作を快諾して頂き、ありがとうございます。
シンディー様の魔導具は実際に拝見したら素敵な仕上がりで驚きました。
また、効果も今度使って試してみようと思います。
それでは。
敬愛するシンディー様へ
エリック・フォルド>
そう綴ったら便箋を折り畳む。封筒に入れてロウソクの蝋を垂らして封蝋もした。俺の紋章が彫り込まれたコテを捺して出来上がりだ。侍従を呼んで託す。シンディー様に届けるように言った。侍従は頷くと退室する。ほうと息をつくのだった。




