86話
親父と話し合い、アリシアーナの身柄はお袋の実家であるセリエス公爵邸にて預かる事になった。
俺は自室に戻ると早速、フィーラ公爵とシンディー様に手紙を出した。内容はこうだ。
<フィーラ公爵ご夫妻へ
お元気でしょうか?
実は今日か明日辺りにそちらへお伺いしたいと思っています。
内々にご相談したい案件ができまして。
もしよろしければ、早めにお返事を頂けると有り難いです。
それでは。
エリック・フォルド>
なるべく簡潔に書いた。これだけだと公爵夫妻にはわかりにくいだろうが。ちなみにフォルド国ではフィーラ公爵、セリエス公爵、ラルフローレン公爵が3大公爵家と呼ばれている。フィーラ公爵令嬢はシェリア、セリエス公爵令嬢は確かスーリエさんにセレンさん、ラルフローレン公爵はいなかったはずだ。
まあ、説明はここまでにして。俺は便箋を折り畳み、封筒に入れた。近くにあったロウソクに火をつけて封筒に溶けたロウを垂らす。自身の紋章が彫り込まれたコテを押し当てる。封蝋ができてから宛名などを書き記してリアナを呼んだ。フィーラ公爵邸に送るように頼む。リアナは頷いて俺付きの侍従に預けに行く。
「殿下。手紙を言付てきました」
「ありがとう。それにしたって今日は父上と色々と話したからかな。疲れた」
「……お疲れ様です。今日はもう夕食を召し上がったら。早めに休まれませよ」
俺はそうすると頷く。リアナは厨房へと行った。それを見送るのだった。
夜になり夕食を簡単に済ませる。湯浴みもしたら9の刻くらいには寝室に行く。そのまま、眠りについたのだった。
翌日、リアナにはフィーラ公爵邸に行く旨を伝える。身支度を済ませて朝食をとった。だが、まだ返事が来ない。仕方ないのでウェルズ先生からの課題に取り掛かる。1時間か2時間は経ったろうか。侍従がドアラをノックした。返事をすると入ってくる。
「……殿下。公爵からお手紙です」
「わかった」
受け取るとペーパーナイフで封を切った。内容にざざっと目を通す。こう書いてあった。
<エリック様へ
お手紙をありがとうございます。
私共で乗れる相談ならいつでもいらしてください。
今日の10の刻であれば、大丈夫と思われます。
いらしてくださるのを楽しみにお待ちしていますよ。
敬愛するエリック様へ
ダリエルス・フィーラ>
何と、公爵の直筆の手紙だった。ちゃんと封筒には柊と宿り木がモチーフになった紋章の封蝋が捺されている。俺は10の刻と書いてあるのを見て慌てて侍従に時刻を訊いた。
「なあ。今は何の刻限だ?」
「はあ。もう9の刻にはなりますね」
「な。そうか。ありがとう。退がってくれていいぞ」
俺が言うと侍従はお辞儀をして退出した。慌ててクローゼットに行き、ローブなどを自身で用意する。リアナを呼んで馬車の手配を頼んだのだった。
俺が馬車に乗り込むとジュリアスとクォンが付いて来てくれる。エルや他の騎士達は騎乗で馬車に並走していた。
「……殿下。シェリア様に会いに行かれるんですか?」
「まあ、それもあるが。用があるのはフィーラ公爵夫妻だ」
「ああ。あのアリシアーナ嬢の件ですね」
ジュリアスが納得したように頷いた。
「そうだ。アリシアーナは魅了の魔法や精神干渉系の魔法の使い手かもしれないと親父が言っていただろ。その事でフィーラ公爵夫妻に教えを仰ぎたいんだよ」
「……成程。確かにフィーラ公爵一族は聖魔法や神聖魔術に特化していると聞きます。特にシンディー夫人はお若い頃から聖魔法の使い手として有名でしたし」
「そうだったんだな。シンディー様なら今回の件でも対処法をよくご存知だろうしな」
俺が言うと。クォンがおもむろに話しかけてきた。
「殿下。俺も思ったんだが。アリシアーナとかいう奴には気をつけた方がいいな」
「やっぱり。クォンもそう思うか」
「ああ。これは俺の勘だが。陛下のお言葉は十中八九当たっている。シンディー様だったか。その人にきちんとした魅了や精神魔法にかからない方法を伝授してもらった方がいいぜ」
「……クォンがそこまで言うんなら。シンディー様には余計に教えてもらわないとな」
「殿下が対処法を心得たなら。シェリアちゃんもひとまずは安心だろ」
クォンの言葉に俺は苦笑いする。シェリアにはきちんと謝って昨日に親父に言われたように素直な気持ちを伝えよう。そう内心で決意したのだった。
公爵邸に着いたらしい。馬車が停まり扉が開く。先にジュリアス、クォンの順で降りた。最後に俺が降りる。邸の門前にはフィーラ公爵家の家令と公爵本人、シンディー様の三人が出迎えてくれた。
「よくぞお出でくださいました。エリック殿下」
「はい。今日はいきなりの訪問で失礼しました。お出迎え、傷み入ります」
「いえ。お気になさらず。さ、邸にご案内します」
公爵とシンディー様自らで邸に誘う。俺はジュリアスやクォンに目配せをしてから付いて行く。2人は小さく頷くとエル達の元に向かった。緊張しながらも空を見上げたのだった。




