84話
王都に帰ってから俺は再び普段の生活に戻っていた。
家庭教師のウェルズ先生の授業を受けたりウィリアムス師に武芸の稽古をしてもらったり。またシェリアを迎えに行き、一緒にお茶会をするようになった。シェリアは何でか俺とは少し距離を取るようになっている。
これには首を傾げていた。もしや、婚約をいずれは解消するつもりがあると言ったのを聞かれたか?
ジュリアスやラウルには言ったが。俺はどうしたもんやらとため息をついた。
今日もシェリアは俺が手を繋ごうとすると少し困ったようにしながらそっと離れる。俺の行き場をなくした手は宙を掻く。仕方ないかと思いながら苦笑いした。
「……シェリア。今日は武芸や魔術の稽古も終わったし。またお茶会をしようか?」
「……はい。わかりました。エリック様」
シェリアは無表情で頷く。あれ。余程、嫌だったのかな。俺はそう思いながらも前を見て廊下を歩いた。
自室に着いた後もシェリアの表情は堅い。何故だろうか。リアナも気遣わしげに見てくる。
「……シェリア様。ちょっと私と2人でお話をしませんか?」
「……え。リアナさんとですか?」
「はい。エリック殿下や男性がいらしたら話しにくいでしょうから。女同士でゆっくりと1度は語らい合うのはどうかと思いました」
リアナが言うと。シェリアは少し考え込んだ。が、彼女は頷いた。
「……わかりましたわ。リアナさんがそう言うなら。エリック様。ちょっと席を外して頂けないでしょうか?」
「……わかった。俺はジュリアス達と一緒に陛下の所に行ってくる。今日の報告でもしてくるよ」
「ありがとうございます。では。リアナさん」
シェリアの言葉を聞いてリアナも頷く。俺は自分の出る幕はないとわかったので部屋を出たのだった。
エリック様が出て行かれるとわたくしはリアナさんと向き合う。彼女も真っ直ぐにわたくしを見据えた。
「……シェリア様。エリック殿下は出て行かれました。殿方がいては話しにくいだろうと思いましたから」
「本当にすみません。リアナさんにはお見通しだったみたいね」
「いえ。そんな事はありません。もしや、殿下と喧嘩でもなさったのかと思ったまでです」
「……喧嘩と言いますか。わたくし。スタンピードの討伐に向かった際に聞いてしまったの。エリック様がいずれは。わたくしと婚約解消なさるつもりでいると。それからどう接したらいいのかわからなくなって」
わたくしが言うとリアナさんはため息をついた。
「……殿下の本音を聞いてしまわれたのですね。私も殿下から直接説明を受けてはいました。『このまま、シェリア様が自分の婚約者でいたら。不幸な末路を辿る事になる。それだけはどうしても避けたい』と。殿下はお小さい頃からシェリア様の為にと色々と頑張っていらっしゃいました」
「わたくしも2、3年前にエリック様から前世の記憶などについては聞いています。後、いずれはわたくしと婚約を解消するかもしれないと。けど。まさか、次の婚約者の事まで考えていらしたとは思わなくて」
「そうだったのですね。次の婚約者の方の事を。確か、殿下は自身と同じような転生者を探したいとおっしゃっていました」
リアナさんの言葉を聞いてわたくしはエリック様に甘えきっていたのに気づかされる。わたくし1人だけが浮かれていた。エリック様もわたくしに好意を抱いてくれていると。何故か心が冷えていく感じがした。
「……リアナさん。あの。わたくしはもうエリック様の婚約者ではいられないのかしら」
「そんな事はありません。殿下はおっしゃっていませんでしたか?」
「……あ。大人になるまでは守ると。わたくしが成人するまでは婚約を解消しないという意味なのかもしれないわ」
「そうだと思いますよ。だから。そう気落ちなさらなくても良いのです。今はシェリア様が婚約者ですから」
「……ええ。いずれは解消するとしても。エリック様がわたくしにしてくださった事は消えないわ。昔に忘れないと決めたものね」
わたくしは自身に言い聞かせるように言った。エリック様の存在はわたくしにとって支えではあるわ。替えのきかない存在とも言える。
「ありがとう。リアナさん。何だか吹っ切れたような気がするわ」
「そうですか。なら。お話をした甲斐がありました」
わたくしは頷いた。リアナさんも安堵したらしく優しく微笑んだ。2人して近づいて強く手を握りあった。
エリック様が戻ってくるまではまだ時間がある。リアナさんは気分が落ち着くようにとハーブティーを淹れてくれた。
「シェリア様。これはラーヘルのハーブティーです。気持ちを落ち着かせてくれますよ」
「へえ。良い香りがするわ」
「ラーヘルの香油を洗面器に張ったお湯に2、3滴入れて。一晩寝室に置いてみてもいいですよ。気分転換したい時に私はよくしています」
リアナさんはハーブに対する知識が豊富で色々と教えてくれた。わたくしは驚かされてばかりだ。エリック様が戻ってくるまで話に花を咲かせたのだった。




