79話
俺はシャンプーを終えると泡をシャワーで洗い流した。
濯いでからリンスを髪にまんべんなくつける。少し待ってから再び流した。次に海綿のスポンジに石鹸を塗り込んでお湯を少量つけて泡立てる。首周りやら肩などを洗っていく。矢恵さんは眠ったままのようだ。
「……エリック様。背中は俺が洗うよ」
「ありがとよ。クォン」
胸元などを洗っていたらクォンがそう言ってきた。礼を言うと前側が終わるのを待ってからスポンジを渡した。クォンは受け取ると意外と適度な力で背中を擦り始める。しばらく無言でいた。
「……なあ。エリック様は前世が女性だったんだよな?」
「……まあ。そうだけど」
「だったらさ。俺があんたを好きだと言ったらどうする?」
「クォン?!」
「……冗談だよ。けど。エルには気をつけろよな。あいつ、付き合っていた奴と別れたらしいし」
なかなかに意味深な事を言われた。クォンは俺に何とも言えない表情を見せる。だがすぐにいつもの食えない顔に戻った。
「さ。背中は洗い終わったぜ。流してやるからじっとしてろよ」
「ああ」
頷くとクォンはシャワーからお湯を出す。それで丁寧に泡を流してくれた。足なども洗ってから同じく流して洗面器にお湯を汲んだ。ざあっと肩からお湯を2、3度掛けて浴槽に浸かる。
「あー。やっぱりいい湯だな」
「本当にな。故郷の湯屋が懐かしいぜ」
「へえ。湯屋ってあるんだな。矢恵さんが言ってた銭湯みたいなもんか」
「……セントウね。どういうもんなんだ?」
クォンが不思議そうにして訊いてくる。俺は銭湯について簡単に説明をした。
「銭湯っていうのは。日本にあった大衆浴場に近い施設でな。昔は湯屋とも言ったらしい。番台って入口近くにあるんだが。そこに大体、店主さんがいて。風呂に入るたびにお金をそこで支払うんだ。んで奥に脱衣場があって。まあ、そこで衣服を脱いで風呂場に行く。石鹸やタオル、洗面器なんかは自前だがな。んで頭や身体を洗ったら浴槽に浸かる。ここまではフォルド国とかと変わらないな」
「へえ。上がった後はどうすんだ?」
「上がったら身体を拭いて脱衣場に行くかな。んで衣服を着る。風呂上がりに冷たい飲み物を飲んだりマッサージ機で身体をほぐしたり。皆、それぞれで寛いでいるな。そいで番台の店主に挨拶したら。家に帰るんだ」
「ふうん。案外、皆楽しんでいるんだな」
「ああ。俺は行った事ないが。矢恵さんが詳しく教えてくれたんだ」
そう言うとクォンは成程と興味深げに頷いた。俺はその後もポツポツと話をしたのだった。
のぼせたらいけないので1時間もしない内に上がり洗濯した衣服に着替える。クォンや他の連中も同じようにしていた。俺は手早く脱いだ衣類を油紙の袋に入れたり使ったお風呂セットを片付けたりするとジュリアスに声をかける。
「……ジュリアス。俺はもう戻るが。いいかな?」
「そうですか。私も着替えは終わりましたから。宿屋までお供します」
「わかった。行こうか」
俺が頷くとジュリアスは荷物を持ってこちらにやってきた。エルに先に戻る事を伝えてから2人で宿屋に向かう。外に出た。
ジュリアスと2人で夕暮れ時の道を歩く。オレンジや紅、藍色に染まった空は王都でだと見られないくらいに綺麗だった。日が沈みかけていて宵闇が迫りつつある。俺はゆっくり歩きながらシェリアの髪の色によく似ているなと思った。シェリアも深みのある藍色の髪をしている。何もかもを包み込むような海のようなそんな色だ。瞳は蜜のように煌めく琥珀。トーマス兄貴はもうちょい淡い青の髪に水色の瞳だが。
父君のフィーラ公爵は金の髪を撫でつけて淡い琥珀色の瞳という外見で。
母君のシンディー様は深みのある青の髪に淡い水色の瞳だったか。そんな事を考えていたらジュリアスが話しかけてきた。
「……エリック様。何を考えていらしたんですか?」
「ん。空の色がシェリアの髪の色に似ているなと思ってたんだ」
「はあ。そうですか」
ジュリアスは意外そうに相づちを打つ。彼も灰銀の髪に青紫色の瞳のなかなかの美男だ。そんな美男が夕暮れ時の空を見上げる光景は一枚の絵画のようで。俺はそっとため息をついた。
宿屋に戻るとジュリアスとは別れた。シェリアと泊まっている部屋に戻る。入ると彼女はベッドに横になって寝ていた。靴は脱いであるが。布団や毛布にはくるまっていない。あー、このままだと風邪をひくな。
そう思いながらシェリアに近づく。背中と膝裏に両手を差し入れて横抱きにした。ずしりと重みが両腕に掛かるが。何とか、自分のベッドに寝かせる。布団と毛布を捲り上げた。そうした上で再びシェリアを抱えてベッドに横たわらせた。ちょっと息が上がったが。布団と毛布を掛けてやった。すうすうと寝息を立てるシェリアは起きない。熟睡しているらしい。
「……お休み。シェリア」
そう言って髪を撫でた。サラサラとした髪からは花のような香りがする。何とか理性で抑えながら自分のベッドに向かう。布団と毛布にくるまって眠りについたのだった。




