75話
俺は矢恵さんに言われてからは余計に武芸の鍛錬に励むようになっていた。
他のメンバーもそれは同じらしかった。シェリアも神力の扱い方をより勉強するようになったし。シンディー様やフィーラ公爵も同行を頼むと快諾してくれた。トーマス兄貴やラウル達もだ。
「……ふう。今日も寒いな」
「本当にそうですね」
俺が言うとジュリアスが頷いた。横にはエルやクォンがいる。俺達は現在、廊下を歩いていた。
「殿下。今日はウェルズ先生がいらっしゃいますが」
「あ。そうだったな。ウェルズ先生に勉学を見てもらう予定だった」
「……急いで戻りましょう」
ジュリアスに言われて足を速めたのだった。
自室に着くとリアナが待ち構えていた。ソファーにはウェルズ先生がにっこりと笑いながら腰掛けている。テーブルにはカップが置かれていた。良い香りがする。リンゴだとすぐにわかった。いわゆるアップルティーを淹れたのか。俺はそう思いながらもウェルズ先生に一礼をする。
「こんにちは。先生」
「……ええ。こんにちは。殿下」
「今日は勉学を見ていただく日だったでしょうか?」
俺が言うとウェルズ先生はカップを手に取り口に含んだ。リアナが壁際に立つ。カチャリとソーサーにカップが静かに置かれた。その音がやけに部屋に響く。俺はまっすぐに先生を見る。
「……殿下。実はスタンピードが近い内に起こると聞きました。私でよろしければ、改めて魔獣についての知識をお教えしようと思いまして」
「……成程。魔獣についてですか。構いません。昔に同じような事がなかったか気になっていましたから」
「そうですか。わかりました。今からお教えしましょう」
俺は「お願いします」と言って頷いた。ウェルズ先生と2人で勉学用の部屋に行く。リアナには授業が終わるまで休憩するように言う。そうした上で部屋に入った。
「……では。早速、始めましょう」
「はい」
ウェルズ先生は持っていたカバンから分厚い1冊の本を取り出した。タイトルは「魔獣図鑑」とある。それを俺がいる前のテーブルに置く。
「まずは。魔獣がどうやって発生するのか。それから説明をします」
「わかりました」
「このフォルド国を含む世界――イーラルディアには魔素というものが存在します。魔素は人間やそれ以外の大体の生き物の体内、空気中や水中と世界を形作るもの自体に含まれている。また、神力も含まれます。神力は神々や限られた人間が持つものですね。例えば、月の聖女であるシェリア様や光の神子である殿下が神力を持っておられる。魔素はいわゆる魔力の源です」
「神力はマナと言うんですね」
「はい。魔力と神力はそもそも種類が違います。さて。魔獣の事ですが。魔獣は大体魔素が濃い土地で発生する事がわかっています。しかも魔素の泉なるものがありその近くにいる生き物程、力の強い魔獣になりやすいようですね」
へえと俺は思いながら話を聞く。ウェルズ先生の説明は的確でわかりやすい。ふむふむと頷きながらノートに書き留めていった。しばらくは授業に集中したのだった。
ウェルズ先生の授業が終わると俺は休憩がてらに寝室でリアナが淹れたハーブティーを飲んだ。ゆっくりとしながらカウチに凭れ掛かる。誰もいない中、さてと考えてみた。スタンピードまで1ヶ月を切った。矢恵さんに告げられた日からもう10日は経つ。
どうしたもんやら。ふうとため息をついた。不意にノックがされて俺は返事をする。
「……あの。わたくしです。シェリアです。入ってもよろしいですか?」
「……入ってくれ」
カチャリとドアが開かれた。シェリアがお袋の用意した淡い藍色のワンピース姿で入ってくる。髪は緩く束ねているが。いわゆる部屋着の格好で寝室にやってきた。
「あの。リアナさんがエリック様と一緒に休んできたらと勧めてくれましたの」
「え。まあ、いいけど。シェリアはいいのか?」
「……わ、わたくしは。ちょっと。その」
シェリアは顔を赤らめてもじもじとした。まー、俺達はまだ8歳だし。何にもないがな。けど一緒の部屋で休んだ事がフィーラ公爵やトーマス兄貴にバレたら。締め上げられないか心配だな。仕方ない。俺は立ち上がるとシェリアの手を掴んだ。そのまま、ベッドに連れていく。
「……俺はソファーで寝るから。ベッドはシェリアが使いな」
「……うう。すみません」
シェリアは真っ赤になりながらも頷いた。ベッドに室内履きを脱いで入るのを見届ける。俺は応接間に向かう。リアナを探した。壁際にいたので声を掛けた。
「リアナ。ちょっといいか?」
「あら。殿下。いかがなさいましたか?」
「寝室のソファーを使いたいんだが。毛布と掛け布団を用意してくれないか」
「えっ。殿下。今は真冬ですよ。ソファーなんかでお休みになったら風邪をひきます!」
「……シェリアにベッドを譲ったんだ。さすがに同室で休むのはまずいだろ」
俺が言うとリアナは驚いて固まった。どうやら自分の目論見がバレたと気づいたらしい。
「……殿下。でしたらシェリア様と同じベッドでお休みください。フィーラ公爵閣下方には私から説明しておきます」
「……わかったよ。一緒に休むから。その代わり、シェリアには変な事を吹き込まないでくれよ」
「わかりました」
俺が念を押すとリアナはしゅんとしながらも頷いた。そのまま、寝室に向かう。シェリアには同じベッドで休むと言ったが。端っこの方に彼女は行ってしまった。俺は「それでは落ちるぞ」と言って手首を掴んで引っ張る。仕方ないと抱きしめる形で寝転がった。毛布と掛け布団にくるまって瞼を閉じる。シェリアの耳が真っ赤なのには気づかないふりをしたのだった。




