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68話

この回は残酷な描写があります。また、R15的な描写も入るので。苦手な方はご注意ください。


 俺が声をかける前にシンディー様はトーマス兄貴に近寄った。


 ぐいっと兄貴の耳が引っ張られる。シンディー様の表情は笑っていたが。目は笑っていない。


「……トーマス。お前は殿下方の前で何を言っているの。ましてや覗きを強要するだなんて」


「……い、いてて。母上、それは誤解です!」


「誤解であろうと覗きはいけない事ですよ。全くそんな子に育てた覚えはないわ!」


 シンディー様は耳を引っ張る力を強めたらしい。本当に痛そうだ。兄貴は「いでで!」と悲鳴をあげている。


「……兄様。わたくしも母様と同意見ですわ。エリック様に不埒な真似をさせないでください」


「……シェリア。母上の味方をするのかよ」


「はい。そもそも変な事を吹きこもうとした兄様が悪いんです」


 そう言ってシェリアはツンとそっぽを向いた。俺やラウルは苦笑いだ。シンディー様は兄貴の耳から手を離した。兄貴は引っ張られていた方の耳を擦る。


「……あー、痛かったぜ。母上、いくら何でも手加減くらいはしてくださいよ」


「ほほっ。トーマスはそんなにやわじゃないでしょうに。今更ではないかしら」


「それでもですよ」


 シンディー様はからからと笑う。俺は不服そうにしている兄貴にどんまいと言ったのだった。


 その後、昼間になってやっとイェルクの森の最深部に到達した。ジュリアスとエル、クォンが先頭に立つ。目の前には冷気を吐く魔物――ブリザードキメラが睨みつけている。ライオンやコウモリをくっつけたようなバカでかい化け物だが。青い体毛と白に近い銀色の瞳をしている。


『……キタカ。ヒカリノミコ二ツキノセイジョ』


 低い声で話しかけてきた。俺達は驚きのせいで固まる。


「……お前。喋れるのか?」


『ワレハコレデモモリノヌシ。センネンチカクハイキテイル』


「へえ。なら話は早い。ヌシさん、勝負といこうか」


 兄貴が剣を鞘から抜いて構えた。ヌシことキメラは牙をむき出しにして唸る。一瞬の間に軽々と跳躍して兄貴に襲いかかった。


「……くっ。我の敵を燃やし尽くせ。ファイア・フォール!」


『ナッ!オノレゴトモヤスツモリカ?!』


「……兄様!!」


 シェリアが叫んだ。が、間に合わない。炎の滝にキメラごと兄貴は飲み込まれる。俺は咄嗟に水の上級魔法であるウォーター・フォールを放った。


「炎を消し尽くせ。ウォーター・フォール!!」


 文字通り、大量の水の奔流が兄貴とキメラの方に降り注ぐ。じゅうっと水が蒸発する音が聞こえた。そして辺り一面に霧がかかる。しばらく経って俺は不意にシェリアの方にキメラが襲いかかるのがわかった。


「……危ない。シェリア!!」


「……エリック様?!」


 俺は急いでシェリアに駆け寄った。突き飛ばそうにも時間が足りない。咄嗟の判断で俺は彼女の腕を掴んで引っ張る。そのまま、自分の腕の中に抱き込んだ。が、肩から背中にかけて熱い何かにより激痛が走る。ボタボタとそこから生温かい何かが滴り落ちた。


「……きゃあ。エリック様!」


 シェリアの悲鳴が何故か遠くに聞こえる。じくじくと肩や背中が熱くて痛い。ひゅうひゅうと息が細くなっていくのがわかる。どうやら、キメラの爪に背中をやられたらしい。俺はそう思ったのを最後に意識を手放した。


 ……嘘でしょう。エリック様がわたくしを庇った?そのせいで命を落としてしまうなんて。そんなの嫌よ。大量の血を流しながらもエリック様はわたくしをしっかりと抱き込んでいる。だが、温もりが命が失われていく。急いで治癒魔法をかけた。

 傷は完全に塞がり出血も止まった。けど、彼の顔色は青白いままだ。


「……シェリア嬢。悪いが下がってくれ」


「わかりました。ラウル様」


 頷くとわたくしはエリック様の腕の中から這い出した。そしてジュリアス殿に目配せをする。すぐに彼はわかってくれてこちらにまで駆け寄ってきた。エリック様を抱えて父様や陛下のおられる結界の中にまで運んでくれる。


「ありがとうございます。エリック様はわたくしが見ていますわ」


「お願いします。シェリア様」


 ジュリアス殿に頷いてみせるとわたくしはあの時と同じように月神のルーシア様に祈りを捧げた。するとお声が聞こえた。


『我が愛し子。願いは何かや?』


「……わたくしは対の光の神子を助けたい。後、キメラを倒すだけの力がほしいです」


『……わかった。光の神子にわらわの力を分け与えよう。だが、キメラを倒すには陽光剣を使わないといけないのう』


 ルーシア様のお言葉に一瞬、戸惑う。けど今はしのごの言っていられない。


「でしたら教えてくださいまし。陽光剣の呪文を」


『わかったぞえ。我、光と月に祈らむ。かの者を滅せよ。そう唱えたら神子と触れ合うのじゃ』


「……そうなのですね。ありがとうございます」


 わたくしは急いでエリック様にルーシア様から与えられた神力を注ぎ込んだ。それが終わるとエリック様の顔色がだいぶ良くなる。


「……ん。あれ。俺は?」


「……良かった。エリック様の目が覚めて」


「え。シェリア。さっき、誰かの声が聞こえたんだが」


「……話は後ですわ。先ほど、ルーシア様に陽光剣の呪文を教えていただきましたから。一緒に唱えましょう」


「わ、わかった」


 エリック様が頷いた。わたくしは結界の向こうのブリザードキメラを見据える。


「「我、光と月に祈らむ。かのブリザードキメラを滅せよ!!」」


 わたくしはエリック様に顔を近づけた。彼もわかったのか、わたくしの後頭部に腕を回す。気がついたら柔らかなそれがわたくしの唇に重なった。途端に身体中がカッと熱くなる。何かが渦巻いて出ていく。


『……グ。グワァァーー!!』


 気がついたらキメラの断末魔の悲鳴が辺りに響く。唇が離れると目を開いた。振り向くとそこには魔物の姿はない。先ほどの陽光剣で跡形もなく消滅したようだ。わたくしは再びエリック様に抱きついたのだった。


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