59話
俺は新年を迎えて7歳になった。
王城では文官も騎士なども皆、忙しそうだ。シェリアちゃんも王妃教育が本格的に始まり大変そうだった。
俺も例に漏れず、勉学と武芸の稽古などで大忙しだ。親父とお袋もだが。そうこうするうちに十日は過ぎていった。
「……エリック様。お久しぶりです」
「ああ。久しぶりだな。シェリアちゃん」
十日ぶりにシェリアちゃんが王宮の廊下で俺に声をかけてきた。普通は臣下から王族に声をかけるのはマナー違反だが。まあ、俺とシェリアちゃんは婚約者同士だし子供なので大目に見てもらえる。
「元気そうで何よりだよ」
「はい。おかげさまで。わたくしも去年よりは体力がついたように思いますの」
「……そっか。シェリアちゃん、鍛錬を頑張っていたしな」
俺が感慨深く言うとシェリアちゃんは頬を赤く染めた。照れているらしい。
「エリック様にそう言っていただけると嬉しいです。もっと頑張りますわね」
「無理のない程度にな」
俺が言うとはにかみながらも頷く。うう、久しぶりに思ったが。可愛すぎるだろ。
「……あ。これからマナー講座なのでした。失礼しますね」
「ああ。頑張ってきな」
俺が励ますとシェリアちゃんは小走りで行ってしまう。それを微笑ましく見守ったのだった。
王宮の自室に戻るとウェルズ先生の課題をする。実は3歳の時からずっとお世話になっていた。たぶん、俺が成人するまではウェルズ先生に教えてもらう事になるだろう。そんな事を考えながらも問題を解いていく。
(……シェリアちゃん。以前よりは体力もついたし。何より可愛くなった)
アホな事を考える。シェリアちゃんが最推しキャラなのは今でも変わらない。俺はにやけそうなのを我慢しながら黙々と課題を済ませたのだった。
「……殿下。もうお昼ですよ」
リアナが言ってきたので問題を解く手を止めた。ごおんと鐘の音が部屋の中でも鳴り響く。十二の刻を知らせている。くうとお腹も鳴っていた。
「もうそんな時間か。んじゃ、食事にすっかな」
「用意はできていますよ。殿下の好きな鶏肉のトマト煮込みもあります。後はミネストローネも」
「お。豪華だな。後で応接間に行くよ」
リアナは頷くと先に部屋を出た。俺は筆記用具や課題用の教科書やノートを机の下の引き出しに仕舞ったり元の場所に戻す。それを終えてから応接間に向かう。
「……お片づけはできたようですね」
「ああ。いい匂いがするな」
「ふふっ。殿下の好きな物があるから余計にでしょうね」
冗談めかして言われたが。苦笑するだけに留める。ソファに座り俺はとりあえず、太陽神のアタラ神に祈りを捧げた。そうしてからスプーンを手に取る。ミネストローネから手をつけた。ほかほかと湯気が上がっていていかにもうまそうだ。口に運ぶとトマトの酸味と肉などの旨みがしっかりしていて美味だった。ジャガイモもホクホクで頬が落ちそうだ。パンをちぎって浸してから食べてもやっぱり良い。鶏肉のトマト煮込みもサラダもうまくて全部たいらげてしまう。
「……ふう。ご馳走さん」
「以前よりも召し上がるようになりましたね。料理長も腕の振るい甲斐があると言っていました」
リアナはにっこり笑顔で言った。俺はへえと目を見開いた。
「料理長がねえ。じゃあ、明日はシフォンケーキも頼むと伝えてくれ」
「わかりました。伝えておきますね」
リアナは頷いてくれた。膨れたお腹を撫でる。もう腹一杯だ。ちょっと眠いがまだ課題がある。頭を振って眠気を払った。俺は片付けを始めたリアナに言って課題の続きを再開したのだった。
夕方になりやっとウェルズ先生の課題が7割方できた。ふうと息をつく。部屋は薄暗くて夕暮れ時特有のオレンジ色の陽ざしが差し込んだ。俺はちょっと窓の外の景色を眺める。このフォルド国に生を受けて7年。前世の記憶を思い出してから4年目に入った。ゆっくりとだがゲームのシナリオからは逸脱しつつある。シェリアちゃんとの関係は良好だし。ラウルのラルフローレン公爵家への養子入りは止められなかったが。変えられる事と変えられない事。今まで色々あった。けど本題はこれからだ。
(……どうすっかな。シェリアちゃんと婚約解消は避けられない。せめてラウルと幸せになれるように尽力はするが)
ついつい、考え込んでしまう。シェリアちゃんはもう俺への恋心は持っていないだろうし。ラウルと良い雰囲気だった。ちょっとしくりと胸が傷むけど。でも仕方ない。俺もシェリアちゃんと同じくらいに好きになれる人が現れるだろうか?
現れてくれたら大事にしよう。そう思いながらまた景色を見やる。オレンジ色に染められた王都の街並みが一望できた。美しいと改めて思った。いずれ、俺もこの国を治める王になる。親父からまだまだ学ぶ事は多い。それでも傍らに立つ人は信頼が置ける方がいいし。シェリアちゃんではない他の誰か。初恋は実らないが。2番目に好きになる女性とは仲良くしたい。いつか、現れるその女性を待とう。それまでに大仕事があるが。俺はよしっと気合を入れ直したのだった。




