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56話

  シェリアちゃんと夕食をとった後、俺は二人きりになるために人払いをさせた。


  リアナが気を利かせて食器を片付けてくれる。メイド達がいなくなるとおもむろに話しかけた。


「……シェリアちゃん。ちょっと陽光剣の発現のためにも話し合いたいんだが」


「……ええ。いいですけど」


  紅茶のカップをソーサーにシェリアちゃんは戻す。カチャと茶器が当たる音がする。それだけ周りが静かな証拠だ。俺はどこから話せばいいのかを考えた。


「……そうだな。陽光剣を発現させるためには接吻が必要なんだが。シェリアちゃんは抵抗があるとは言っていたな」


「……あの。その事なんですけど。剣を取りに行った時にわたくし。どうやら発現させたようですの」


「え。発現させた?」


  俺はさらにぽかんとなる。剣を取りに行った時だって。もしかして……。ピンときた。あの時だ。


「……もしや。俺が氷漬けになっちまった時かな?」


「……そうです。わたくし、あの時は必死で。その。エリック様の氷漬けを解いたのですわ。その後で。せ、接吻をしてしまいました」


  シェリアちゃんは真っ赤になってしまった。耳が赤いのが夜とはいえ、魔法灯の明かりでわかる。相当恥ずかしいようだ。そりゃあそうだろうな。


「ううむ。シェリアちゃんが一歩大人のステップを踏んじまった……」


「……エリック様?」


「いや。何でもない。それよりも魔王が現れる時まで後9年もないな」




  俺がそう切り出すとシェリアちゃんも真面目な顔になった。居住まいを俺も正した。


「……そうですわね。魔王が現れるのは確定事項ですし」


「ああ。どうしたもんかな」


「……あれこれ言っていても仕方ないですわ。今は修行を頑張りましょう」


  シェリアちゃんが言うので頷く。確かになと思う。仙人爺さん--神官長も同じ事を言うだろうし。


「エリック様。次に戦う時には陽光剣を二人で出せるようにしましょうね」


「そうだな。君の言う通りだ」


  そう言いながら紅茶を飲み干した。シェリアちゃんも一口飲む。こうしてポツポツと話しながら夜は更けていくのだった。


  シェリアちゃんはもう夜も遅いので王城に泊まることになった。親父の命ではあるが。父君であるフィーラ公爵と母君のシンディー様には許可は取っている。ただ、兄君であるトーマス兄貴は怒りそうだな。といっても客室にシェリアちゃんは案内されていった。当たり前だが俺とは別室だ。それでも不安なのでお手製のお守りを渡しておいた。中身は俺が作った厄除けと書かれたお札である。シェリアちゃんは意外にも喜んでくれた。


(……シェリアちゃん、大丈夫かな)


  そう思いながら寝返りを打つ。俺は現在、自室のベッドの中にいた。夜も十の刻で子供は寝る時間だ。けど目が冴えて眠れない。どうしたもんやら。ほうと息をついたが。とりあえずは魔獣狩りをまた頑張るとしよう。秘かに決めて瞼を閉じたのだった--。


  翌日、朝早くに目が覚めた。リアナや他のメイド達に手伝われながら歯磨きをして洗顔をする。髪を整えたら簡素なシャツとズボンに着替えた。


「……殿下。それでは今日も神官長様と騎士団長の特訓と先生方の授業ですね」


「ああ。それよりもシェリアちゃんはもう起きているかな?」


「シェリア様は既に目が覚めておられるようです。殿下がお迎えに行かれたらどうですか?」


「……え」


「そうなさいませ。シェリア様も喜んでくださいますよ」


  リアナはにっこり笑顔で言う。ちょっと面食らってしまうが。まあ、いいか。俺はそう思って頷いた。


「わかった。迎えに行くよ」


「……殿下とシェリア様がいずれは道を別たれたとしても。今は婚約者。少しくらいは仲良くしておいてもバチは当たりません」


  リアナの言葉に苦笑いする。その後、シェリアちゃんのいる客室に向かったのだった。


  エルとジュリアス、オズワルドと共に後宮を出た。季節は3月の中旬くらいではあるが。朝方は寒い。シャツの上にジャケットを羽織っていても冷える。


「……殿下。シェリア様を迎えに行かれるんですか?」


「ああ。リアナにも言われたしな」


「そうですか」


  ジュリアスはそう言うと苦笑した。どうしたのだろうと思うと俺の耳元に顔を近づけてくる。


「……殿下。いずれはシェリア様もあなたの元を離れるんでしょう。仲良くしていたらかえって相手に誤解を与えますよ」


「ジュリアス?」


「俺は殿下の事を考えて言っているんです。手放すのであれば。いらぬ情はかけないことです」


  俺はそれには何も答えられずにいた。ジュリアスの言う通りではあるが。彼と同じ事は出来ない。少なくとも俺はそこまで大人になれないから……。ジュリアスは耳元から離れると元の位置に戻った。無言で歩き続けたのだった。


  シェリアちゃんのいる客室に着いた。ドアをノックして部屋の中に入る。シェリアちゃんは簡素な淡い黄色のワンピース姿だ。髪も髪紐で一つに後ろで束ねている。


「おはよう。シェリアちゃん」


「おはようございます。エリック様」


  二人で挨拶する。相変わらず、可愛いぞ。俺はそう思いながらもポーカーフェイスを保つ。


「……今日は迎えに来たんだ。一緒にまた稽古へ行こう」


「はい。頑張りましょう!」


  にっこりと笑い合う。シェリアちゃんと手を繋いで仙人爺さんの待つ神殿へ行ったのだった。

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