40話
俺はシェリアちゃんを帰す時にクォンを呼んだ。
「……殿下。どうかしたか?」
「ちょっとシェリアちゃんを邸に帰すから。護衛を頼む」
「わかった。婚約者の女の子だろ。馬車に乗ってもいいって事か?」
「……そうだな。ジュリアスと一緒に行ってくれ」
「はいよ。んじゃ、後で帰ってきたら報告するよ」
クォンはそう言うとひらひらと手を振りつつも小走りで部屋を出ていく。俺はそれを見送ったのだった。
その後、クォンとジュリアスが帰ってくる。俺に報告をするために部屋に入ってきた。
「2人ともご苦労さん。シェリア殿を送ってくれたんだな」
「はい。道中恙なくお送りできました」
「ああ。シェリア様、殿下に「わざわざすみません」って言ってましたよ」
クォンはにっと笑いながら俺に言った。そうかと俺は頷いた。
「シェリア殿には気を使わせてしまったな。クォン、シェリア殿はすごく驚いていただろ」
「ああ。すっげえ、驚いていましたよ。俺を見て唖然としていました」
そりゃそうだろうな。クォンの存在はあまり知られていない。シェリアちゃんにも言っていなかったし。まあ、明日会った時に謝っておこう。俺はジュリアスとクォンにもう退出するように言った。2人は騎士の敬礼をすると部屋を出ていく。ジュリアスは最後まで心配そうにしていた。クォンもちょっと気にしながら去っていく。ドアが閉まると俺はソファの背もたれに寄りかかった。ふうと息をついたのだった。
翌日、シェリアちゃんはいつものように神殿にやってきた。俺が迎えに行った上でだが。朝方にクォンが知らせてきた。魔獣狩りは来年の初夏頃になるとか。俺はまだ社交界デビューはしていない。それでも王族としてのマナーや心構えなどを学ぶ必要もある。陛下ことうちの親父はフィーラ公爵--シェリアちゃんの父君と話し合ったらしい。だが、父君は当然ながらまだ5歳の娘に魔獣狩りは危険だし早いと反対したとかで。そこでせめてシェリアちゃんがもうちょっと聖魔術の扱いに慣れてからにした方がいいと判断したようだ。
なので来年の初夏と決まった。俺はその間にもっと剣術の腕を上げないといけない。今、夏は過ぎて晩秋になった。11月の中旬だから後半年だ。神殿にシェリアちゃんと一緒に行きながら魔獣狩りの事を考えていた。
「……エリック様。今日も頑張りましょうね」
「ああ。頑張ろうな」
2人して頷きあう。すっかり俺とシェリアちゃんは盟友といえる仲になっていた。恋仲というよりも家族というよりも同じ目標を目指す友人か仲間という感じだ。でも今はそれでいい。俺はシェリアちゃんの気持ちに応える事はかなり難しい。恋愛感情を持っていたらお互いにどうなるかわからないんだよな。
「エリック様?」
「……どうかしたか?」
「いえ。考え込んでおられるようですから。どうかなさったのかと思って」
「いや。ちょっとシェリアちゃんと今後どうすべきか考えていたんだ」
「……今後ですか」
シェリアちゃんはちょっとうつむき加減で呟いた。表情は切なげな感じだ。
「エリック様。わたくし、今の仲で十分ですわ。恋仲になるのはもう諦めました」
「そうか。シェリアちゃん、知っていると思うが。ラウル叔父上は……」
「……エリック様。ラウル様がどうであろうとわたくしはあなたの事がやっぱり好きなのです。それは変わりませんわ」
シェリアちゃんはにっこりと笑う。俺は呆気に取られる。好きって。
「シェリアちゃん。ありがとよ」
「どういたしまして。行きましょう」
俺は促すシェリアちゃんに手招きをした。そして彼女の前に跪く。
「……シェリアちゃん。いずれは別れの時が来るだろうけど。それでも俺は君の事を守ると誓う」
そう言ってシェリアちゃんの小さな手を握った。剣だこがちょっとできて痛々しくはあるが。俺は彼女の手の甲に軽くキスをする。
「わかりましたわ。エリック様のお気持ちはしかと受け取りました」
「……ああ」
俺は立ち上がるとシェリアちゃんの手を握ったまま、中に入ろうと言った。シェリアちゃんも頷く。神殿の爺さんが待つ奥に向かったのだった。




