25話
俺はその後王宮に戻った。
ウィリアムス師も一緒だ。馬車に乗って今回の事を報告した。
「……先生。とりあえず、ご子息のトーマス殿から協力してもいいと言ってもらえました」
「ああ。シェリア様との婚約解消についてですか」
ウィリアムス師には俺がシェリアちゃんと婚約解消したい事は話してある。といっても前世やゲームの事はあえて省いたが。ただ、俺はシェリアちゃんがラウルの方が好きなようだと言っただけである。
それでもウィリアムス師は納得してないような表情をしていた。
「はい。先生、今回は付き添っていただきありがとうございました」
「お礼はいいですよ。私も久しぶりにダリルと会えましたし。むしろこちらの方がお礼を言いたいくらいです」
ウィリアムス師はそう言ってにこりと笑った。笑い皺ができて優しい感じの表情だ。前世の矢恵さんが見たら惚れたかもしれない。
「……ところで先生。明日からまた稽古ですね」
「ええ。そうですね。いやですか?」
「え。嫌ではないですよ。ただラウル伯父上がいないので張り合いがないと思って」
「なるほど。確かにラウル様がいる時は殿下もやる気を出しておられましたな」
「……よくご存知で」
俺が言うと師はそうですかと不思議そうにする。
「よく見ていればわかりますよ。でも婚約者のシェリア嬢も殿下が稽古なさっている所を見たら。惚れ直すかもしれませんよ」
「な。何をおっしゃるんですか。シェリア殿が惚れ直すって」
「ははっ。冗談ですよ」
ウィリアムス師はからからと笑った。うう、からかわれたようだ。
「……先生。冗談がきついですよ」
「おや。殿下もまんざらでもないと思ったんですがね。気のせいでしたか」
ウィリアムス師はにやりと笑いながら言った。俺は顔が熱くなるのを止められない。シェリアちゃんを諦めると言ったのに。何で師は試すような事を言うんだ。
「先生。俺は言いましたよね。シェリア殿の事は諦めると」
「……それがどうかしましたか」
「俺はシェリア殿が危険な目にあうのは耐えられません。ましてや側で守ることもできていないし」
ウィリアムス師は俺がそう言うとふうとため息をついた。
「殿下。あなたは王族で男でしょう。そんな弱気な事でどうします」
「……先生」
「私にしてみたら軟弱としか言いようがない。くよくよせずとも好きな女性を守るという気概がなくてどうするんですか。あなたよりもまだラウル様やトーマス殿の方がしっかりしていますぞ」
厳しい事を言われて俺は俯いた。その通りではある。俺は一人の人間である以前に王族で男だ。なのにいつの間にか楽な方向へ流れてしまっていた。こんなんじゃダメだ。
「すみません。先生の言う通りですね」
「……いえ。ちょっときつく言い過ぎましたな。まあ、殿下はまだ4歳です。これから強くなればいいのです。焦らずゆっくりとなさればいい」
そう言って師は俺の頭を撫でてくれた。その手は温かくて大きい。いつか俺はラウルや師に追いつけるだろうか。そう思ったのだった。
そうして王宮の自室に戻ってきた。リアナが心配そうにしていた。
「お帰りなさいませ。殿下。ウィリアムス様がご一緒なので大丈夫だとは思っていたのですけど。それでも心配してたんですよ」
「……すまん。リアナ」
「いいえ。謝る事はないですよ。ただ殿下は王太子である身。もしも何かが起こったら国にとっては一大事なのは言うまでもありません。それは念頭に置いていただきたいのです」
「わかった。覚えておくよ」
「……すみません。殿下。でもご無事でようございました」
リアナはそう言うと俺を抱きしめた。鼻にリアナの香りが入ってドギマギしてしまう。石鹸と紅茶などの混じった花のような香りがする。
「リ、リアナ?」
「……殿下。わたしにとってはあなたも息子の一人です。この手でお育てしたのですから」
「リアナ……」
「ですから何かあったらお話してください。殿下の背負われているものをわたしも引き受けたいんです」
「……ありがとう。リアナ」
礼を言うと抱きしめる力が強くなる。リアナの柔らかで温かい腕の中で俺はちょっとだけ涙を流したのだった。
後でリアナは俺の好きなオレンジの果実水を持ってきた。他の侍女たちも少しだが俺にお菓子を持ってくる。スコーンだったりクッキーだったりした。
果実水と一緒に食べてみた。リアナは全部侍女たちの手作りだと説明する。
「え。手作りってそれは本当なのか?」
「はい。ミアもメグもお菓子作りが趣味ですから。後、マリーやわたしもお菓子作りは得意なんですよ」
へえと言うとリアナはにこりと笑った。
「そうか。後でうまかったと言っていたと伝えてくれ」
「わかりました。伝えておきますね」
その後、リアナが俺の伝言をミア達に言ったと聞いた。何故かミアとメグは俺に熱い視線を送りマリーは俺が見たら顔を赤くしていた。リアナだけが涼しい顔をしている。首を傾げた俺だった。




