112話
俺が廊下に出ると、ラウルが真っ先に気づいた。
「はよ、エリック」
「おはよう、ラウル」
二人で挨拶し合う。スズコ様やエル、クォン、オズワルドも一拍遅れて声を掛ける。
「はよー、エリック君!」
「おはようございます、エリック様」
「おはよ、王子」
「おはようございます!」
一番目がスズコ様、二番目はエル、三番目がクォンで。最後はオズワルドだ。ふと、スズコ様が側近くに来た。
「エリック君、髪が跳ねとるよ。直したるな」
「……え、スズコ様?」
スズコ様はさっと俺の頭頂部に触れる。じんわりと温かな彼女の魔力が全身に染み渡った。
「はい、終わったで。さ、はよ行きな!」
「分かりました、ありがとうございます」
「うん、行ってらっしゃい!!」
スズコ様は手を振りながら、見送ってくれた。ラウルやクォン、オズワルドの四人で停車場に向かったのだった。
「……さっきは驚いたよ、エリック」
「ん?何がだ?」
「いや、母上がお前にいきなり触れるとはなと思ってさ」
ラウルが馬車の中でそう話し掛けてきた。軽く目を開きながらも続きを促す。
「お前に治癒魔法をこっそりと掛けていた、さらに防御魔法も。だから、余計に驚いたんだよ」
「え、マジか?!」
「ああ、分からなかったのか?」
「……確かに、スズコ様は殿下に二重に魔法を掛けていました。何かあったのでしょうか?」
「たぶんだが、王宮に人型の魔物が出没したらしい。母上はそれを聞きつけてエリックに防御魔法を掛けたのかもな。王太子であるお前に何かあっちゃあ、一大事だからなあ」
質問をしたオズワルドにラウルは答える。苦笑しながらだが。
「え、人型の魔物ですか?!」
「まだ、確証はないがな。けど、王宮の門番をする兵士が姿を見かけたとは聞いている」
「……ふうん、また面倒な話だぜ。しゃあない、俺がそいつを探って来るよ」
クォンがかったるいと言いたげに進言した。ラウルとオズワルドは驚きを隠せないとばかりに奴を見た。
「な、そんなに俺って信用ないわけ。一応、ラウルさんやオズ君には恩義があるし。やぶさかではないぜ」
「なら、良い。クォン、無茶はしないでくれよ」
「わあったよ、無茶はしない。約束する」
ラウルが言うと意外と素直にクォンは頷いた。確か、二人は一歳しか違わなかったか。クォンの方が上だがな。
「……エリック様も無茶はしないでください、もしもの時は。僕もご一緒しますから」
「あんがとよ、オズ」
俺は礼を言った。固く握手したのだった。
学園に着くと先にクォンが降りる。次にオズワルド、ラウルと続く。最後は俺だ。
クォンが降りる際に手を貸してくれた。
「……クォン、一人でも降りられるって」
「殿下はまだ十歳ですよ、せめてオズ君くらいの背丈になってからおっしゃってください」
「いちいち、ムカつく言い方すんなよ」
俺が言い返すとクォンはにやりと笑った。
「おや、降りたくないのですか?」
「分かった、降りたらいいんだろ!」
仕方なく、睨みつけながらもクォンの手を握って降りた。くう、今の俺の身長は百四十センチもない。オズワルドは既に百四十五センチ近くはあるからなあ。ちなみに、ラウルも百七十近くはあるし、クォンも百六十七センチはあった。悔しくて三人を軽く睨んだ。ラウルとオズワルドは憐れみの目で見ている。泣きそうになったのだった。
午前中の授業が終わり、昼休みになる。珍しく、ラウルとオズワルドと三人で食堂に向かった。
「久しぶりにお前やオズと一緒になったな」
「そうだな」
「エリック、もうちょいは食えよ。魚や肉をとったら、背も伸びるはずだ」
「……朝の事は忘れてくれ」
「悪い、気になっちまってな」
ラウルは笑いながら、俺の肩を叩いた。
「エリック様、お昼は何にしますか?」
「うーむ、とりあえずは。鶏肉のソテーランチにするよ」
「分かりました、僕も同じのにしますね」
そう言いながら、食堂の中に入る。ラウルが最初に厨房の料理人に注文をした。
「おや、ラウルの坊っちゃんか。今日は何にするんだ?」
「いつものように、コンソメスープとパン、野菜のソテーに。ローストビーフのセットを頼みたい」
「あいよ、ちょっと待ってな」
料理人は中年のガタイが良いおっちゃんだ。名前をダレンさんと言ったか。なかなかに、歯切れの良い口ぶりとチャキチャキとした気風の良さがある人だ。
「ほら、ローストビーフのセットだ」
「ありがとう」
ラウルは礼を告げると先に行った。次に俺とオズワルドも注文をした。トレーに載った状態でダレンさんは手渡してくれる。
「ほれ、鶏肉のソテーランチだ。たっぷり、食えよ。殿下にオズの坊主!」
「ありがとう、おっちゃん!」
「ありがとう、ダレンさん!」
ダレンさんはニカッと笑うと奥に戻って行く。二人でラウルの待つテーブルに向かった。速歩きで行き、食事をとるのだった。




