110話
スズコ様が王宮に滞在するようになって、2日目になった。
本人曰く、1ヶ月くらいはいるらしい。俺はラルフローレン公爵邸に手紙を出した。宛先はラウルだ。簡単にスズコ様が王宮に滞在するらしい事や久しぶりに会ってみてはと書いた。
急いでいたから、手紙はリアナに託したが。学園に行くためにクォンやオズワルドと三人で停車場に向かった。
馬車から降り、玄関口に行く。深みのある藍色の真っすぐな髪にしゃんと伸びた背筋。見覚えのある後ろ姿に俺は一瞬、目を開いた。
傍らには俺よりまだ淡い金の髪に薄い水色の瞳の男子生徒がいる。背が高く、すらっとした生徒は以前より大人びてはいるが。年の近い叔父のラウルだ。
「あれ、あの二人さ。シェリアちゃんとラウル君じゃね?」
「本当だ、シェリア様とラウル様ですね」
「……あいつら」
俺は呟くが、後が続かない。クォンやオズワルドは不思議そうにしている。
「エリック様?」
「おいおい、どーしたんだよ」
「何でもない、行こう。2人共」
俺は踵を返してその場を離れる。本当はシェリアに声を掛けたかったし、ラウルにスズコ様の事を知らせたかったが。良い雰囲気だったから、近寄れなかった。情けない自身を持て余したのだった。
教室に入り、オズワルドとはそこで分かれた。俺が窓際にある前から数えて、4つ目の席につく。オズワルドは教壇の近くにある前から数えて3つ目の席に座った。
「……あの、殿下」
「どうかしましたか?」
おずおずと同じクラスの女子生徒が声を掛けてくる。確か、名前はセリーヌ・メディシス侯爵令嬢だったか。メディシス侯爵家はフォルド国内でも5本の指に入る名家だ。
「最近、婚約者のフィーラ公爵令嬢がラルフローレン公爵令息と一緒におられるのをよく見かけるのです。殿下はどんなお気持ちなのかと気になりまして」
「……ああ、そう言う事ですか。私はさほど気にしていませんよ」
「え、何故ですか?」
「フィーラ公爵令嬢は私を慕ってくれています、ラルフローレン公爵令息も叔父に当たりますし。二人の仲が良いのは悪い事ではありませんし」
俺はにっこり笑顔で言った。メディシス侯爵令嬢は気圧されたように口ごもる。
「私に聞きたい用件はそれだけですか?」
「……は、はい」
「そうですか、ではこの話はこれで終わりです」
笑顔から真顔に変え、俺は侯爵令嬢を見据えた。ビクリと震え上がった彼女はそそくさと自身の席に戻っていく。ふうと小さく息をついた。
放課後になり、俺は改めてラウルが在籍する中等部の棟に向かう。一人で行くのは危険だが。速歩きでラウルの姿を探した。
「……こんな所で何をしている?」
後ろから低い声で呼び止められた。振り返るとそこにはすっかり、背が伸びて大人っぽくなったラウル当人が佇んでいる。ちなみに、俺がいたのは渡り廊下だが。夕刻に近いため、空はオレンジ色に変わりつつあった。
「ラウル叔父上、探しましたよ」
「ああ、久しぶりですね。殿下」
「ちょっと、ここでは人目があります。時間が大丈夫でしたら、私と一緒に帰りませんか?」
「うーむ、分かりました。荷物を取りに行きますから、来てください」
「はい」
俺は頷くとラウルに付いて行った。二人で歩いて行ったのだった。
ラウルのクラスらしき教室に着くと俺は廊下で待った。しばらくすると彼がカバンなどを持ってやって来る。
「待たせてしまいましたね、行きましょう」
「分かりました」
頷くと、ラウルと再び歩き出す。俺は黙って停車場に着くまで足を進めた。
停車場に着き、馬車に乗り込む。ラウルと向かい合って座る。二人で頷き合うと無言で防音と侵入者阻害の結界を張った。
キインと金属音が鳴り、馬車の中が静寂に包まれる。
「さ、これで好き放題喋れるな」
「ああ、堅っ苦しいのは疲れるよ」
「それはそうと、ラウル。二日くらい前からスズコ様が王城に滞在しているんだ。一回くらい、会ってじっくりと話してきたらどうだろう?」
「母上が?!」
「うん、実際に来ているんだよな。久しぶりに会ったら、元気そうで安心したよ」
俺が言うとラウルは考え込む素振りをした。また、しばらく静寂が降りた。
「……なあ、エリック」
「……何だ?」
「母上と会うのは二年ぶりなんだ、ラルフローレン夫妻にも後で報告しとかないとな」
「そっか、ラルフローレン夫妻は良くしてくれているみたいだな」
「ああ、まるで本当の息子みたいに扱ってくれているよ」
ラウルが今までで一番と言っていい程、柔和な表情で言った。俺は驚きを隠せない。
「……ラウル、ラルフローレン公爵や夫人はどんな方なんだ?」
「公爵は見かけこそ厳ついが、性格は穏やかで大らかな方だよ。夫人は明るくて朗らかな方で。一緒にいると落ち着くし、楽しいな」
「ふうん、一回会ってみたいな」
「そうだなあ、お二人に掛け合ってみるよ」
「分かった、まあ今すぐじゃなくてもいいぞ。お二人の都合の良い時で構わない」
「ああ、また追々知らせるよ」
俺は頷いた。また、ぽつぽつと語らうのだった。




