98話
自室に着くと、オズ達と分かれようとした。
けど、何故かクォンが付いてくる。訳が分からなくなりながらも、オズやジュリアス、エルに手を振った。ドアがパタンと閉まる。
「……エリック様、防音と阻害の結界を張ってください」
「分かった」
混乱しながらも、クォンに言われた通りに防音や侵入者阻害の結界を張った。キィンとガラスが擦れ合うような音が辺りに響く。
「よし、できたな。エリック、今日の報告をする。ソファーにでも掛けるか」
「……ああ、けど。報告?」
「やっぱり、忘れてたか。前に言ったよな?」
「えっと、何をだっけ」
「……あんたの婚約者のシェリアちゃんの事だよ、後は。ラウルの坊っちゃんについてもな」
俺はやっと、合点がいく。あー、すっかり忘れてた。リアやラウルの事をクォンに頼んでたんだった。ポリポリと右側の頬をかきながら、目を泳がせる。
「悪い、失念していた」
「そんなこったろうとは思ってた、ほら。これは俺が纏めた報告書だ」
「……あんがとよ」
俺は受け取って報告書を読んだ。それには、シェリアの様子やラウルの事などが箇条書き形式で書かれている。結構、読みやすい。
「ふむ、シェリアが秘かに光魔法や聖魔術の鍛錬を続けているのか。ラウルは学園で魔術科を専攻、らしいな」
「ああ、ラウル坊っちゃんも優秀な成績らしいぜ。シェリアちゃんも将来が楽しみではあるなあ」
「……クォン、お前が言うとシャレにならん。もしかして、シェリアを変な目で見てないか?」
「……んな事、あるわけねーだろ。あんた、俺をロリコン扱いしたいのか」
「うん、そうだな。まあ、シェリアはブラコンの気があるが」
俺が言うと、クォンは引きつった表情になった。
「……シェリアちゃんがブラコン、本気かよ。ただでさえ、ラウルに気に入られているだけでさ。犯罪臭があんのに」
「だーかーらあ、お前が言うとシャレにならんだろ。言葉遣いには気をつけろよな!」
「へーへー、分かりましたよ」
俺が切れ味鋭いツッコミをすると、クォンは口を噤む。深いため息が出たのだった。
俺は報告書を読み切った。クォンはソファーに凭れ掛かり、うとうとしている。
「……うーん、読み終わったのかよ?」
「ああ、すまないな。やっと、終わったところだ」
「そーかよ、なら。俺はそろそろ行くぜ」
クォンはソファーから立ち上がり、部屋から出て行く。ドアがパタンと閉まると俺は背中を預けた。報告書をテーブルに置く気力も湧かない。瞼を閉じたのだった。
しばらくはぼうとしていた。十分くらいはそうしていたろうか、再び背筋を伸ばす。報告書をテーブルの上に置く。
(はあ、やっと学園に入学できたが。シェリアと婚約を解消する時まで、後九年だ。その間に、魔王の事も調べておかないと)
頭の中で算段を立てながら、ふうむと唸る。明日から、学園生活が正式に始まるしな。色々とやらなければならない事は多い。気合いを入れるために両頬を軽く叩いたのだった。
夜になり、自室にて食事をとる。済ませたら、リアナに便せんなどの準備を頼んだ。
「エリック様、便せんなどを出して。どうなさるつもりですか?」
「いや、ちょっと。シェリアや公爵と相談したい事があってな、それで手紙を出したいんだ」
「……成程、分かりました。でしたら、ちょっとお待ちください」
リアナはそう言って、準備をしに寝室に入った。俺は内容をどう書くか、考えた。
準備ができたら、机に向かう。ペンをインク壺に浸しながら、便せんにしたためていく。
<シェリア嬢、それにフィーラ公爵閣下もお元気でしょうか?
今日、そちらに手紙を書いたのは相談したい事があるからなんですが。
実はふと、王宮の地下に眠る魔王の事で気になったのです。
封印はどこまで緩んでいるのか、既に次代の魔王は出現しているのか?
それについて、公爵閣下に訊いてみたいと思いました。
シェリア嬢やシンディー様のご意見も訊いてみたいですね。
それでは、さようなら。
敬愛するシェリア嬢、公爵ご夫妻へ
エリック・フォルド>
手短にすると、インクを乾かす。しばらくしたら、三つ折りにした。封筒に入れ、明かり用の蝋燭を取る。
溶けた蝋は垂らして印璽を押し付けた。これで、封蝋ができる。
「んじゃ、これをフィーラ公爵邸に届けてくれ」
「はい、確かに預かりました」
「頼む」
リアナは頷くと、手紙を持って部屋から出て行く。見送ったのだった。
入浴を済ませ、寝室に入る。明日は学園が終わったら、フィーラ公爵邸に行かないと。公爵やシンディー様、トーマス兄貴、シェリアと今後についても話し合いたいし。まあ、シェリアとは同じ対ではある。なら、なるべく友好的な関係は維持したい。
俺が光の神子なら、シェリアは月の聖女だ。久しぶりに剣の稽古も再開する必要がある。
シェリアは細身とはいえ、俺と同じように剣を持っていた。月光剣は女の子が持ちやすい仕様にはなっているが。それでも、慣らしておいた方がいいだろう。
つらつらと考えながら、明日に思いを馳せた。




