2.これまでの経緯
このVRMMO発売初日のことだった。ミーハーや極度のゲーム好き等多くのプレイヤーが意気揚々と遊んでいたまでは良かった。私たちは、そこからログアウト出来ないことに気付き始めた。
様々な憶測が飛び交った。発展途上の技術だからこのくらいのトラブルは仕方ない、このゲーム自体が自分達を閉じ込めるテロ攻撃だった等々、根拠の無いもので溢れ返った。現実世界から私たちが慌てている様子をモニターしているという説が、私は好みだった。
この議論に結論が出なかったのは、現実の世界と連絡をとることが出来ず、運営や開発からの接触も一切無かったからだ。私達は始め、完全に途方に暮れていた。『ゲームをクリアするまで現実には戻れない』とか『プレイヤー同士で殺し合え』なんて言われれば、絶望やショックこそあれ、なにかしら行動を起こすこともできただろう。しかし、何も言われていないのでは、行動することが出来ない。更に、私達は『とりあえず生きる』為に何かをする必要が無い。空腹を満たすための食事は要らないし、街や住居も用意されている。私達は手持ち無沙汰になってしまった。こうした状態をあるいは自由と呼ぶのかもしれないけど、そうだとしたら私は不自由で構わないと思った。
私とは違って、この『自由』を謳歌した人達もいた。
そんな人達は次第に行動が粗暴になっていった。モンスターをなるべく無惨に倒して遊ぶくらいならまだ実害は無かったのだけど、段々と他のプレイヤーへの迷惑行為が目立ち始めた。この世界では、性的接触によって快感を得ることは出来ない。しかし、意に反して体をあちこち触られたら不快になるものだろう。そんな反応を見て楽しむ輩が現れた。しかし、それはそう長くは続かなかった。彼らは、自身の冷静さを欠いた行動のため、あるいは村八分にされて孤立して、少しずつ『消えて』いった。
この世界でゲームオーバーになった人のことは、今のところ『消えた』と表現するしかない。私に分かるのは、ゲームオーバーになったプレイヤーは、そのアバターが消失することだけだった。
運営側からのコンタクトが無いことで、ゲームオーバーになったときの処遇がはっきりしなかった。前情報では、ゲームオーバーになると強制的にログアウトすると知らされていた。発売前はそれが不評を買っていたが、今となってはそれが私たちの微かな希望になっていた。
ゲームオーバーになることこそ、このゲーム世界から抜け出す方法かもしれないからだ。事実、ゲームオーバーになった人達はゲーム上からは消えていった。その人達がどうなったのか、私には知ることが出来ない。現実に戻ったかもしれないし、肉体ごと死んでしまったかもしれない。あるいは、彼らの意識はゲームの中にも現実にもいることが許されず、どことも言えない場所をさまよっているかもしれない。
今のところ、元々いたプレイヤーの約3割が消えていって、どうなったのか不明になっている。
私の中では、プレイヤー達は二種類に分類された。気まぐれなミーハーと、極度のゲーム好き。最初に消えていったのは、ミーハーのうちの、ゲームが下手な人。その次が、ゲーム好きの中の、死んで覚えるタイプの人。その後に消えていったのは、ゲームオーバーへの希望が強すぎた人。ゲームに閉じ込められて3ヶ月くらい経った頃、この中で出来たカップルが心中した。彼らは『現実に戻って一緒になる』と言って崖から落ちた。それによって、箍が外れてしまった。ゲームオーバーによって現実に戻ることが出来ると信じていたプレイヤーが、何人も進んでゲームオーバーになった。現実に戻りたい欲求が、ひょっとしたら死ぬかもしれないという恐怖を上回ったのだった。
近頃、このゲームの世界に対する現実世界が、現実世界でいうあの世のようなものだと感じられるようになってきた。
現実世界では、死んだ後どうなるのかわからない。何も無いのかもしれないし、あの世や、輪廻転生があるかもしれない。しかし、『きっとこうなっている』と信じることで死んだ後に対する恐怖はきっと薄れるだろう。
この『きっとこうなっている』が、今の私たちにとっては、現実世界なのだ。ゲームオーバーになったときに、私たちはどうなるのかわからない。でも、ゲームオーバーになって現実世界に戻ることが出来ると信じておけば、そこでの恐怖は少なくて済む。
こんな微かな希望と無力感を天秤にかけながら、私はここまで来たのだった。