戦暦(いくさごよみ)の回廊
レオナさんやグラハムさんと別れ、闘技場を後にした俺たちは勝手気ままに魔王さんの城の中をうろついていた。
いま俺はいったん森山さんの鎧から出て森山さんと並んで歩いている。
そういえば。
俺たちが住居として与えられているモンスターハウスがある場所は、石造りの壁がむき出しで正直城の中と言うよりは『清掃の行き届いた地下迷宮』という感じなのだが。
闘技場を抜けてモンスターハウスのある区画から離れてみると、なんだかツルツルに磨き上げられた青い壁の通路がずっと先まで続き。なにかのお約束なのか床には赤い長絨毯が当然のように敷かれていた。
宮殿とは言わないまでも、お城のような感じだ。
まぁ……城の中なんだけれど。
あ、モンスターハウスと言えば置き去りにしてきた吉田さんは元気にしているだろうか?
メイドさんに激しいセクハラなどしていないと良いのだけれど……。
俺がそんなことをぼんやり考えていると。
となりで歩いている森山さんが胸甲に少し隙間を作って鎧の中から俺を覗き見るように言った。
「……吉田さん。モンハウでおとなしくしているかなー」
森山さんもそんなことを言い出したので、なんだか可笑しかった。
俺たち三人はこの妙な世界に来てからなんとなく一緒にいる時間が長かったので、こうやって吉田さんがいない状態に違和感があるのかもしれない。
「森山さんも思った? 意外にあのゴブリン姿のオッサンも存在感があるんだよ」
「そうかもね。ところで佐嶋君」
「なに?」
「この先に、なんかいるよ」
ええ?
森山さんのその言い方だと。
なんだか困った相手なんだろうか?
「……それってグラハムさん2号的な人とか?」
「さぁ? でもこちらに気がついている感じ? かな?」
「森山さんがそう感じるなら、そうなのかも……うーん。また良くわからない試合みたいなのだとちょっとなー」
「なんだか私たちって、とりとめの無い展開に巻き込まれがちよねー」
たしかにそれは言えた。
この世界に来てから俺たちは異世界転生だか転移のような感じなのだが。
たまに見ていた映画や漫画のように、なんとなく起承転結というか。そういうストーリ的な流れを感じられない。まぁ、実際に生きてみるとそんな物かもしれないけどさ。
というか。
俺たちになにかの目的が無いのがいけないのかな?
こんどみんなで話してみようかな。
「……霧? なのかな? あの通路の先のモヤモヤは」
立ち止まって森山さんが言った。
森山さんの言葉に促されるように、真っ直ぐに長く続いている回廊の先を見てみると。たしかに霧のような感じのなにかが先の視界を遮っていた。
「そしてあのモヤモヤの向こうに、何かがいてこちらを伺っているわね」
「なんか待ち伏せ的な?」
「うーん。どうする佐嶋君? 戻る?」
「え? 戻る?」
こういう時は普通は問答無用に先に進んで新展開とかでは?
とは思ったが。たしかにこの先に進まなくてはならない理由もない……。
「そう面倒で危険とかだと困るじゃない。闘技場まで戻ってさ、レオナさんかグラハムさんにお勧めのスポット聞くとかさ~」
「あ、そうだね。なんか妙に一本道であの霧に誘導されてる感とかあったかも知れないし」
「ゲームみたいに、なんか絶対戻れないとかならもう一度考えましょ」
そんな訳で俺たちは闘技場まで戻るためにくるりと反転して元来た回廊を歩き始めた。
「……うん」
「やっぱり? これって佐嶋君。強制イベントってやつ?」
俺たちは闘技場に向かって戻っているはずなのだが、歩けど歩けど闘技場に戻れない。
いつまでたっても同じ回廊を歩いているような感覚だ。
「もうだいぶ歩いているから、闘技場に戻れているはずだよね?」
「でもモヤモヤの向こうの相手とは、そんなに距離が離れなていないわ」
「一定距離離れるといつの間にか戻されている感じ?」
当然、俺たちにはそんな感覚など無いのだが。
「そんな感じ」
「……しかない。森山さん霧の向こう側に大人しく誘導されますか」
「仕方ないわね」
うーん。
やっぱり面倒だけれど森山さんの言う所のモヤモヤの中に突入するしかないのかなぁ。
せめて俺たちの行く手を遮っていた霧の向こう側には、美女が待っていた……。
みたいな展開であればまだ良いとして。
グラハムさん2号とかの修行的イベント第二段とかは許して欲しい。
「佐嶋君」
「なに?」
「合体するよ」
「ハイ?」
なにを言い出すですか?
「いやだから。霧の中に踏み込んで私たちが分断されたり、片方が人質に……みたいな展開は嫌でしょ?」
俺は、人質になった森山さんを見て見たい気に少しなった。
「だから佐嶋君が、私の鎧に入って目標まで移動すればいい感じ? じゃない?」
「なるほど」
選択肢は色々ある気がするけれど。
戦闘に絡みそうな判断は森山さんの意見を優先させた方が良い気がした。
「じゃ、お邪魔しまーす」
俺は軽く体を浮かせると、胸甲を大きめに開いてくれた森山さんの中に入って行った。
ゆっくりと胸甲が閉じられ。
森山さんの鎧の中の深い深い闇に沈み込んでいく感覚が心地いい。
俺は自然と目を閉じて、森山さんの中を漂う。
気がつくと、俺の後ろから実体化した森山さんの腕が絡みつき俺を闇の中で支えてくれているようだった。目を開けると、俺と森山さんは視界共有しながら霧の前に立っている。
視点が森山さんの目線基準になっているので、俺の日常の視点よりかなり高めだけれど。
幾度も森山さんと鎧の中でこの状況を体験しているので俺にはあまり違和感ない。
「はい。合体完了!」
ちょっと嬉しそうな森山さんの声が聞けて、俺もなんだか嬉しかった。




