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7.

 その夜はすこし蒸し暑く、私はなかなか寝つけなかった。

 寝付けない夜はダメだね。ひとりでいろいろ考えちゃう。


 私は自分の使命を見つけ出してそれを完遂し、いつか日本へ帰れるんだろうか。けれど今はまだ何をするべきかすらわからずただここにいるだけ。

 正直、いたたまれない。

 それにもしやるべきことが見つからなかったらいつまでもお城に居座るわけにも行かないだろうし、とにかく私にできることを見つけないと。

 なんで私が喚ばれたんだろう。


 どれだけ考えても答えが出ない思考に飲み込まれて不安ばかりが増していく。


「ああもう、やだ」


 ベッドを抜け出し、テラスに続く大窓を開けた。風もない夜だけど部屋の中よりは心地いい。

 私が今使わせてもらっている部屋はいわば離れだ。王宮の奥、歩いてすぐのところにあって渡り廊下でつながっている。

 私はその離れのテラスから庭に出た。少しは散歩でもしたら眠れるだろうか。


 昼間は美しく花が咲き乱れていた庭は、何ヶ所かにポツポツと灯る明かり――――魔法でつけるランプだとメルファスさんに教わった――――以外は真っ暗だ。街のネオンとかもないので、空に降るような星が輝いているのがよく見える。


「きれい……」


 あまりいっぱい星があるから星座とかわからないなあ。あ、異世界だから星の並びとか同じわけないか。星座、ファルージャにもあるのかな。今度メルファスさんに聞いてみよう。


「あっ、流れ星!」


 すうっと音もなく星が流れる。本当に一瞬だよね。お願いをする暇もなかったよ。


「あーあ、次までに考えとかなきゃ」


 なんとなく口をついて出た。何をお願いするかな? うん、私の使命が見つかりますように、だな。


「何を考えるんだ?」

「うひゃっ?!」


 けどその時声がして、心臓が跳ね上がる。おかしな声が出ちゃったよ!


「すまん、驚かせたな。こっちだサーナ」


 振り向くと金の髪が見えた。暗い中にも仄かに輝いて見えるから不思議。


「レーンハルト陛下」


 レーンハルト陛下だった。

 いつものかっちりとした姿ではなくゆったりとしたシャツをふわりと着て二羽にしつらえてあるベンチに座っている。

 髪も洗ったあとなのか少しバサバサのくつろいだ姿に何だか見てはいけないものを見た気がしてくる。


「こんな時間に驚いたな。それで、何を考えるんだ?」

「あ、えーと流れ星にお願いを」

「お願い? 星にか?」

「はい、私の国では流れ星を見たらそれが消えるまでに願い事を三回言えたら願いが叶うっていう言い伝えがあるんです」


 言い伝え? おまじない?

 まあどっちでもいいや。


「ふむ、なかなか面白いな。しかしあの一瞬で三回は難しそうだ。三回言えたことはあるのか」

「それ以前に流れ星自体なかなか見られませんでした。こんなに満点の星空、初めてです」

「そうか? こんなものだと思っていたが」


 レーンハルト陛下は空を仰ぎ見た。そうだね、街の明かりで星が見えなくなるほど明るい夜なんて想像つかないかもねえ。


 やがて空にも飽きたのか、陛下が視線をこちらによこした。


「ところでどうした。眠れないのか」

「はい、何だか蒸し暑くて」

「私もだ」


 そういってふわりと陛下が浮かべた笑顔に目が釘付けになる。うう、イケメンは心臓に悪い! ましてやこんな色気増し増しの少しはだけたシャツ姿!


「すみません、貴重なおひとりでゆっくりする時間だったんですよね?」

「いや大丈夫だ。どうだ、眠れない者同士少し話につきあってもらえないか」


 うわー、逃げるタイミングを逸した。嫌なわけじゃないんだよ? ただ王様と世間話なんて緊張するんですけど。余計に目が冴えそうなんですけど?!

 けれど異を唱えるわけにも行かず私は陛下の隣に座った。恥ずかしくて目も上げられない。


「今日はクリスを茶会に招いてくれたそうだな。あの子はきちんとしていただろうか」


 不意にレーンハルト陛下が問いかけてきた。

 途端に脳裏に可愛らしい顔がふわりと浮かぶ。


「最初は緊張してらしたみたいですけれど、少しは慣れてくださったかな、とは思います。勉強を教えていただく約束をしました」

「勉強を?」

「はい、読み書きに関してはクリストファー殿下のほうが先輩ですから」

「そうか……」


 陛下は珍しい者を見るような顔でしげしげと私をながめた。だんだん恥ずかしくなってくる。


「サーナ、貴女は不思議な人だ。あんなにかたくななクリスを、よく」

「そんなことはありません。ただちょっと似た感じの子を知っていただけです」


 私は陛下に日本での私の生活をかいつまんで話した。

 施設にはいろいろな事情を抱えた子供たちが来ること。

 もちろん全部の子と仲良くなれたわけじゃない、私はカウンセラーでもなく専門家でもない。かたくなに心を開いてくれない子もいた。

 そして心を開いてくれても本当の部分は隠したままの子も――――

 気がついてあげられなかった。別れ際のあの瞳に。

 それは無理な話だとあとで周囲から慰められたけど、それでも自分の無力さに痛いほど拳を握りしめた。


 だから私は誰かの気持ちに寄り添うことができるなんて思っていない。

 けれどクリストファー殿下のことはとても気になっている。ひょっとしたらそれは気づいてあげられなかったあの子と殿下を重ねているのかも知れない。だとしたらただの偽善なのかも――――


「サーナ、何か不自由はないか」


 暗い考えにはまり込みかけていた私を星の輝く庭に引き戻したのはレーンハルト陛下の穏やかな声だった。考えていたことを吹き飛ばすように首を横に振り、笑顔を作ってみせる。

 笑顔って不思議。それだけでうつむいていた心を引き上げてくれる。


「いえ、皆さん良くしてくれます。もったいないくらいです」

「いや、もっとわがままを言ってくれてもいいくらいだ。ファルージャへ来たのはサーナの意思ではないのだから」

「それを言ったらファルージャの皆さんも私を喚ぼうとしたわけじゃないですよね?」

「いや、女神の恵みを乞い願ったのは我々だ。サーナにはその権利がある。もっとも国を傾けるような物は困るが、な」

「そんなことしません」


 小市民ですから、まっとうにやっていかないとかえって不安なんです。

 そうぼやいたら「そんなものか」と陛下は笑った。


「でも、強いて言うなら何か仕事がほしいです」

「仕事?」

「はい。女神さまからの何らかの使命を与えられているのだとしても、それが見つかるまで何もしないでいるのはちょっと……毎日学校行って、施設の手伝いをしてすごしてましたから」

「――――サーナの国では施設の子供も学校に行くのか?」

「はい、15歳の春までは義務教育っていって子供は誰でも全員学校に通う決まりでした」

「そうなのか……だが実態として学校に通わせる経済的余裕のない家もあるのでは?」

「基本的に学費は無料です。国がお金を出してくれるんです。ただ、給食とか遠足のお金は個人負担だったかな」

「キュウショク? エンソク?」


 レーンハルト陛下は興味深く私の話を聞いてくれた。もっとも私の知識では細かいところまで説明することができず、ちょっとばかり恥ずかしかった。きちんと知らないことって多いんだなあ。

 こっちの世界にも学校はあるんだろうか。学校、って言う言葉を陛下がわかっていたからきっとあるんだろう。


 学校、かあ。クラスメイトはどうしているかな。最後に会ってからまだ二週間もたっていないのに懐かしさで鼻の奥がつんと痛む。


「すまない、故郷の話など話させて。思い出させてしまったか」

「え?」

「――――目元が少し、赤い」

「あ……」


 慌てて目元に指を這わせるけれど涙は出てきていない。まあ一歩手前みたいなのは認めるけれど。


「いいえ、日本の話ができてうれしかったです。私、どのくらいここにいることになるかわかりませんけれど、いつかは日本へ帰りたい。その時に忘れてしまわないように、日本の話もこうやってできたらありがたいです」

「そうか、それではまたそのうち聞かせてもらおうか。興味深い話が多くて正直もっと聞いてみたいと思っていた」


 話は尽きそうになかったが、やがて私があくびをひとつしたのをきっかけに、お互い部屋へと戻ることにした。


「なかなか有意義な――――楽しい時間だった、サーナ」

「はい、私の方こそありがとうございました」


 陛下とはそこで別れた。

 ほんのりと灯る魔法ランプの光の中去っていく陛下の背中は妙に絵になっていて、なんだか見とれてしまった。


 その翌日、アシュレイさんを通して陛下から打診があった。

 私はそれを嬉々として受け、クリストファー殿下付きの世話役という仕事を得たのだった。

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