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煌めくシャンデリア、花が咲き乱れるようにさざめく色とりどりのドレスとコート、その間を行き交う給仕たちの手には様々な種類の飲み物が入ったグラス。楽団は華やかな曲を奏で、主役の登場を今か今かと待っている。
――という状況が扉ひとつ隔てた向こうの広間に広がっているのが手に取るようにわかる。白いレースをふんだんに使った長い袖から覗く私の手は、扇をへし折らんばかりに握りしめている。
覚悟はずっとしてきたけれど、いざこの時を迎えると、ねえ?
「大丈夫だ」
すぐ隣から穏やかなささやき声が耳をかすめる。返事をしたいけど、その、緊張で喉がカラッカラでして……
「まだ少し時間がある。水でも飲んで落ち着け、サーナ」
すぐに控えていたソフィアさんがカップに注いだ水を差し出してくれた。うわ、手に持つとカップの中の水に細かい波紋が。無意識のうちに震えてるんだ、私。情けないなあ。
「大丈夫だ。マナー教師もロゼも太鼓判を押してくれただろう? 今夜は俺の横で微笑んでいてくれればいい」
「太鼓判じゃなくて、何とか及第点いただけたくらいで……」
うう。マナー教師のマダム・ジュッテ、本当に厳しいんだもん。お辞儀の角度とか手先の所作とか細かくて、タカラヅ○の音楽学校の生徒になった気分だった。背中に棒を入れてまっすぐ背筋を伸ばすとか、一昔前のマンガみたいだった。おかげさまで姿勢がきれいになったと思う。
「いや、あの人の及第点なんだ、むしろそれは自慢していいぞ。マダムは有名な鬼教……いや、教師だからな」
なんかマダムに聞かれたら即座に地獄のお説教コースが始まりそうな言葉が隠れていたようですが、とりあえずなかったことにする。
それでこの扉の向こうで何があるかっていうと――これから始まるのだ。
私のお披露目会アンド婚約発表が。
扉の向こうには主だった貴族達と、国外からの賓客がその時を今か今かと待ち構えている、らしい。
自分では別に緊張している気はしてなかったんだけど、お化粧してドレスで飾り立てられていくうちに少しずつ緊張が、ねえ。今やガッチガチです。手と足がちゃんと動くかな。
その時扉の向こうで派手にファンファーレが鳴り響き、心臓が飛び上がる。けどレーンがすっと背筋を伸ばし、私もそれを見て必死にそれに倣った。
今夜はまだ子どもなクリスはお留守番、アデラさんたちと部屋でおとなしくしているはずだ。そんなクリスに恥ずかしくないようにがんばらないと。グッとお腹の底に力を入れた。
「行こうか」
「――はいっ」
重厚な扉がゆっくりと開いていく。隙間から流れ込んで来る光の奔流に眩しくて少しだけ顔をしかめてしまったけど、必死に笑顔を作る。
扉の先は大きなホールだ。私達の出てきた扉はホールの一段高い位置にあり彫刻の施された豪華なデザインの椅子が二脚並んでいる。玉座、ってやつだ。その前までレーンにエスコートされて進み出て、改めてホールに向き直る。
――目に入ってきたのは予想通り色また色の洪水。
そして視線の集中砲火。
やばい、逃げたい。
「皆の者、今宵はよく集まってくれた」
逃げたいと軽いパニックを起こしかけていた私は、朗々とよく通るレーンの声で我に返った。必死に笑顔をキープする。
「ここで彼女を紹介できることを喜ばしく思う。彼女はサーナ嬢、この度の女神ロリスへの礼拝で遣わされた『女神の恵み』である」
どよっ、と来客たちの間にどよめきが広がる。だけどレーンの言葉はそこで止まらない。
「彼女の存在を公にしなかったことは『女神の恵み』として人が遣わされた前例がなかったためと、サーナ嬢自身がこの世界に不慣れなため慣れるまで少し時間をかけていたからだ。そこは斟酌してもらえると嬉しい」
そこでレーンが私を見て小さく頷いた。これが事前に決められていた合図で、私は一歩前へ出て口を開いた。
「サーナと申します。女神ロリス様に招かれこちらの世界へやって参りました。この世界にますますの繁栄と安息がもたらされますよう祈ります」
決められていた文句だけど、気持ちを込めてそう話し、細心の注意を払ってカーテシーをひとつした。
広いホールだけど静かだったからか考えていたより声が大きく響いてちょっとおののいてしまった。おまけに人々からは反応がなくて、そのまま沈黙が場を支配する。
うわ、私何かやらかした? それとも「何この小娘」って思われてる?
けれどそれはほんの一瞬のことだった。
すぐにそれまで水を打ったように静かだった会場からパラパラと拍手が起こる。そしてその直後、一気に拍手が割れんばかりの勢いまで膨れ上がった。私はといえばただただ呆然と、けれど笑顔だけ必死に張り付けて立っているばかりだ。
とりあえずこの世界の人たちに受け入れてもらえたっていうことでいいのかな……? 戸惑いがお腹の奥をさらにギュッと絞り上げる。
するとふわりと腰を引かれた。いつの間にか隣に来ていたレーンが自分の方に引き寄せたのだ。
「そしてもうひとつ。ここに私とサーナ嬢との婚約を発表したいと思う」
来客たちはレーンの言葉を飲み込めないのか唖然とした表情だ。再び場を支配した沈黙にさらにお腹がギュッとする。
そりゃあそうだよね、いくら『女神の恵み』なんて大層な肩書を名乗っていても所詮はこんな地味な小娘、レーンみたいなイケメンの隣にいるとすんごく見劣りしてるんじゃ――
少しざわめき始めた会場を割るようにして、その時靴音が響いた。
グレーの髪をきちっと後ろになでつけ、しっかりした体つき――いわゆる細マッチョ系っていうのかな? それを金糸で刺繍された豪華な、けれど華美ではなくどちらかというと控えめな中に高級感ただよう服で包んでいる。
うん、イケオジ系。
靴音を響かせて前へ出てきたイケオジは、レーンと私に向かって恭しく一礼した。
「レーンハルト殿、サーナ様。おめでとうございます』
「これはチェスター殿。礼を申し上げる」
隣国ケイネスの王だ、とレーンがこっそり私に教えてくれた。
ケイネス王国って確かファルージャの友好国で、近隣諸国の中ではファルージャに次いで広大な領土を誇る強国だってロゼさんに教わったっけ。そしてミカエラさんとジェラールさんがいたはずの国。そのケイネス王国の王様。
そのチェスター様が会衆を振り返り、手にしていたグラスを高く掲げた。
「さあ、めでたい夜だ。皆でお二人へ乾杯しようではないか!」
乾杯! と大きな声が音頭を取れば会衆も一瞬遅れてそれに唱和した。掲げられまたくさんのグラスがシャンデリアのみ光を反射してキラキラと輝いてる。
そこからは一気にお祝いムードだ。再び楽団の演奏が始まり、人々は歓談の輪へと戻っていく。レーンと私のところへあいさつに来る人々は途切れることなく、レーンは堂々と応対している。私はひたすら微笑んでるだけだけど。
なにしろこんなに近隣諸国のお偉いさんが一堂に会する機会なんてそうそうないから、がんばって顔と名前を一致させて下さいね、とロゼさんやアシュレイさんににこやかに宿題を課されているんだから。
一番に案内されてきたのはチェスター様、さっきの人だ。
友好国にしてファルージャに次ぐ大国ということでトップバッターになったのだろう。それも王自らがまかりこしているのだ、一番目になったのも納得だ。
レーンが婚約を発表した直後、おかしな雰囲気になったのが一転お祝いムードになったのはチェスター様のおかげだと思う。レーンも一歩進み出てチェスター様と握手している。
「お祝い申し上げる、レーンハルト殿」
「ありがとう、チェスター殿。貴国とはこれからも変わらず友好的なつきあいを」
「ああ、こちらこそ――それにしても『女神の恵み』様はお可愛らしい。レーンハルト殿が羨ましい」
チェスター様が胸の前に腕を曲げ片足を引いて優雅にでもちょっと大げさに一礼してみせる。そしてなぜかウインク。
ちゃ……茶目っ気のある人なのね?
どう返していいかわからず固まっている私の腰をレーンがぐいっと引き寄せた。
「やらんぞ」
「は! こうも変わるものかな、レーンよ。仕方ない、可憐な花は私には似合わないか。大事にしろよ、レーンハルト」
「――ああ、感謝する」
悠々と引き上げていくチェスター様を見送ってすぐにワルツが流れ始める。レーンは私を振り向いて、さっきチェスター様がしたような優雅な礼をしてみせた。
「一曲お相手いただけますか」
今夜の主役である私達はダンスが始まったら一番に踊ることになっている。私は教わったカーテシーを細心の注意を払って返した。
それからレーンの手を取り、ホールの真ん中へ進み出た。踊るのは私とレーンの二人だけだ。他の人は私達のあとに踊るのが慣習なんだそうだ。
ゆるやかなテンポにのって、レーンにエスコートされるままにステップを踏む。ダンスはファルージャに来てすぐに習い始めたのだけど、人前で踊るのは初めてだ。緊張するけど、レーンのエスコートはとっても上手で、こんな初心者でも華麗に踊れてしまう。
「そんなことはない。大した上達ぶりだと思うぞ」
「本当に?」
くるくる回って、ふわりと舞って。すぐ目の前には大好きなレーンが優しく微笑んでる。
嬉しい。嬉しくて楽しい。ダンスってこんなに楽しいんだ。まるでレーンと私二人しかいないみたいだ。
「見ろサーナ。みんなサーナに見惚れている」
「そんなわけないですよ。きっと物珍しいだけですよ」
「いいや、サーナは自分の魅力を過小評価している。やっぱり最初に婚約を発表したことは正解だった」
そんな会話を交わしながらのダンスは本当に幸せだ。
やがて曲が終わり沸き起こった拍手に私は我に返った。二人で一礼して席に戻ると二曲目が始まった。人々がそれぞれ踊り始める。
そうして華やかな夜は更けていくのだった。




