背後の白ウサギではなく
頭はいいが馬鹿。サボリ常習犯。
高等部侵入の際に負ったすり傷がちらほら残る肌に、姉の前でだけ伸びる背筋。
白銀の髪と赤い瞳、右目に金のモノクルという理知的な出で立ちは「見た目詐欺」と評判。
口を開けば「姉様」ばかり。姉が同じ中等部に在籍していた頃は風紀委員として真面目に働き、次期風紀委員長と目されていたが、姉が中等部を卒業した途端に生活態度が一変した。授業をサボっては高等部に侵入を試み、門番や教員に連れ戻される姿が度々目撃されている。
彼の名はリシュエル=クーデンベルク。
クーデンベルク家次男であり、リシュカ=クーデンベルクの腹違いの弟である。
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姉様の夢に出てくるリシュエル=クーデンベルクは、なんとも生きづらそうなやつだと思う。
そもそも姉様の語る夢には「実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません、この物語はフィクションです」というテロップが必要だ。いくら夢とはいえ、現実と差がありすぎる。
少なくとも俺は、姉様の夢に出てくるリシュエル=クーデンベルクに対して、正直同姓同名の他人としか思えない。
なぜなら奴は、姉様に愛されていないからだ。
俺と同じ名前のくせに姉様に愛されていないなんて、この時点で別人も同然だ。なんといったか、そう、人間不信?なんだそうだ。そこを庶子にほだされて脱・人間不信するらしい。ヨカッタネ。でもそいつ多分モンスターだから、お前食われて終わりだと思うよ。もし生き残ったら、今度はモンスター不信になるのか?
人間不信になった経緯もざっくり聞いたが、おおざっぱな原因は姉様に愛されていなかったことらしい。こう言うとまるで俺が重度のシスコンのようだが、そしてそれは事実だが、それを差し引いても俺にとって姉様に愛してもらえるかどうかは死活問題なのだ。
物心ついてから、初等部に通って、初めての友人ができるまで。
俺が生きることを望んでくれた人は、姉様だけだった。
俺を産んだ人は貸し腹で、母と呼べる人はいない。公爵は認知こそしたものの、「自分の血を引いた性別が男の赤子」が欲しかっただけで、俺には興味がなかった。嫌われているわけではないだろうが、なんというか…視界に入らない。タローと同じようなものだ。タローは、姉様しか視界に入らない。公爵も同様に、姉様しか視界に入らないのだ。
公爵は、亡き妻であるシスカ様を今でも愛している。そして、そのシスカ様によく似ているからこそ、姉様を愛しているのだ。
姉様がシスカ様に似ていてよかった。シスカ様は、産後の肥立ちが悪くて亡くなったらしい。公爵が姉様を、愛する妻の置き土産と取るか、愛する妻を殺した殺人犯と取るかは、どれだけ姉様にシスカ様の面影を感じられるかにかかっていたと思う。本当に、心から、姉様がシスカ様に似ていてよかった。
まあ、だからといって姉様をシスカ様と混同するのはいい加減卒業してほしいが。姉様はあの気狂いの妻ではなく、俺の愛しい姉様だ。
俺を産んだ人のことはよく知らないが、残念ながら俺は公爵似だろう。
顔も、瞳の色も、冷酷さも。
そして、その執着の強ささえも。
俺と公爵は、忌々しいほどによく似ている。
せかいはまわる
血はめぐる
あなたは未だ目覚めない