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可哀想で可愛らしい

「夢の中の私は、タローにヒロインの暗殺を命じたの」


 姉様はそう言って、憂うように俯いた。


 ヒロインというのは、姉様の夢に現れるモンスターのことだ。男を惑わせて食う類のものだろう。なんせ姉様の夢では、ヒロイン一匹に姉様の周りの男ども全員が惚れていた。あろうことか、俺さえも。


 姉様によると、ヒロインは家名も聞かないような貧乏貴族の庶子に擬態して、姉様とタローが通う聖オランジェット学園高等部に、二年生として編入するらしい。


 ヒロインが編入してくる時期は、俺の高等部入学と同じ。

 俺が入学する日まで、あと三日。


 ヒロインが登場すると、現在、姉様の婚約者という妬ましい地位を手にしているヴィンセント王子がまずヒロインの虜になる。ざまあ。

 しかし嘲笑ってばかりいられない。忌々しい王子のみならず他の生徒も次々その庶子に惚れていき、ついには俺さえも悪しきヒロインの毒牙にかかる…というのが、前回までの夢だった。姉様の同年代の男で、姉様の側に残っていたのはタローだけだ。さすがタロー、生粋の狂信者。


 そしてその、男を誑し込むことに長けたモンスターを、姉様が暗殺しようとした、と。イイネ!タローは姉様のためなら貧乏貴族の一人や二人あっさり殺しそうだしな。タローはバレるようなヘマしないだろうし、万が一バレても公爵が何とかするだろう。

 俺は特に驚くこともなく、姉様の長い黒髪を撫でた。サラッサラだ。花よりいいにおいがする。


「でもね、タローは暗殺できなかった。タローも、ヒロインのこと好きだったから」


 タローーーーーー!!貴様!寝返ったのか!!


 反射的にタローを見たが、タローは顔色ひとつ変えずにいつも通り姉様を見つめていた。ど、動揺すらしていない…だと…。これが鍛錬の差か…。


 と思ったが違う。目が淀んでいる。

 姉様を見つめるときはきらきら輝いているはずの金の瞳が、今やブェンジュ川もかくやというほどのドブ色っぷりだ。


「暗殺するときに好きになったのではないの。タローも、私の従者として学園に通っているでしょう?いつの間にか、ヒロインと仲良くなっていたらしくて…。そうよね、同じ学園に通う者同士、私の知らない交流もあるわよね」


 タローの目が死んだ!!それ以上の死体蹴りはやめてやってください姉様!

 そうだよな、タロー。有り得ないよな。俺も姉様の口から、俺が他の女を姉様より好きになるなんて聞いたときには、あまりの有り得なさに夢の中の俺の殺害方法を真剣に考えたからな。


 一方、姉様は「分かる分かる」と言わんばかりの慈愛に満ちた笑顔をタローに向けて頷いている。いや絶対分かってない。姉様、タローは恥ずかしがってるとかじゃないんです、ああ、でも笑顔ほんとかわいい。


「それでね、暗殺なんて恐ろしいことをしようとした私は国外追放されたの。それはいいとして、国外追放された後のこと、一緒に考えてくれない?」


 何一つよくない。


 そもそも国外追放は「たぶん」されると言っていたはずが、姉様の中ではすでに確定している未来らしい。姉様は直感を信じて突き進む傾向があるので、思い込んだら一直線なのだ。その真っ直ぐさは愛おしいが、国外追放に向かって突き進まれるのは困る。俺も共に行けるならともかく。…それ、ちょっといいな。姉様と二人きり、手と手をとりあってかけおち……する前に殺されるだろうな。今はまだ。


「ところで、姉様。姉様は、夢で裁判所にでも連れて行かれたのですか?」


 甘いかけおちの妄想に見切りをつけて、本題とかいう妄言を切り捨てにかかる。

 姉様はきょとんと目を丸くして、なぜそんなことを聞くのか分からない様子だった。


「いいえ、舞踏会みたいな場所だった気がするわ」

「我が国の司法制度、姉様もご存知でしょう。どのような罪人であろうとも必ず裁判によって裁かれますし、弁護人をつける権利もあります。国外追放なんてここ百年は出ていないような刑罰、とても子どもの独断で科せるものではありませんよ」

「え、そうなの?」

「そうです。それに裁判となれば、公爵が黙っていないでしょう。どんな手を使ってでも、姉様を守るでしょうね。あの親馬鹿をお忘れですか?」

「あはは、親馬鹿って。でも確かに、父様は優しいわよね」

「姉様にだけですよ。この間も――」


 あの気狂いを優しいで済ませるとは、さすが俺の姉様、器が違う。俺は未だにあの男を父と呼ぶ気にはなれない。

 姉様を、死んだ妻の名で呼ぶ気狂い。俺の姉様を自身の妻と混同し続ける限り、公爵は俺の敵だ。


 ともあれ、姉様の意識を夢からそらすことに成功した。あとはこのまま話題を他愛もない雑談へ持っていこう。


「お、があざ、ん」


 ふいに、潰れた喉からがらがらと濁った声を絞り出して、タローが姉様を呼んだ。

 タローは昔から、姉様を母と呼ぶ。側仕えの講師に何度注意されても、その呼び方だけは頑として変えなかった。


「なあに?タロー」


 姉様が柔らかな微笑みをタローに向ける。突っ立っていたタローは必死の形相で、姉様の足元に跪いた。ちょうど、主君に忠誠を誓う騎士のような格好だ。


「おれが、ごろずよ」

「…え?」

「おがあ、ざんの、てき。おれがぜんぶ、ごろず」


 せっかく柔らかくなった姉様の表情が凍る。


 タローーーー!!馬鹿!せっかく注意をそらしたのに!!

 まあ「姉様の敵はすべて殺す」という意見は全面的に同意するが。それな。ほんとそれ。


「いや、ええと、大丈夫よ。暗殺なんてよくないわ」

「ぜいぜいどうどう?」

「正面突破ならいいという意味ではないのよ」


 タローのくるくる跳ねる紫紺の髪を、白魚の指先が宥めるように撫でた。ああ、羨ましい。タローも心地よさそうに金の目を細めている。普段の猛獣ぶりはどこへやら、姉様に撫でられているときだけは子犬みたいだ。尻尾があったらちぎれるほど振りまくっているだろう様子が心底むかつく。


「姉様、貴女のエルも撫でてください」


 姉様の肩に頭を摺り寄せると、くすぐったいと笑いながら撫でてくれた。やはり姉様は、笑顔が一番よく似合う。



 俺の最愛の姉様は、可哀相で可愛らしい。

 悍ましい悪夢を見ては、有り得ない実現に怯えている。


 悪夢より恐ろしい執着を、彼女は永遠に知り得ない。

だれもしらない

だれもしらない

わたしだけがしっている

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