戦奴隷のガーネットではなく
成績優秀、おかあさん至上主義。
褐色の肌にすらりと伸びた長身。
黄金の瞳は主の前でのみきらきらと輝き、短い紫紺の髪は柔らかくはねている。
座学、実技の両面において学園入学以来学年でトップを争う成績を保つ。彼の内面を知らずに憧れる女生徒は多いが、まず彼の視界に入ることすら難しい。なんとか視界に入ったとしても、手紙を渡せば起爆剤かと警戒され、裏庭に呼び出せばどれだけ待っても来やしない。
彼の名はタロー=クーデンベルク。
リシュカ=クーデンベルクの従者であり、クーデンベルク家の長男である。
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おかあさんの夢に出てくるおれのことは、あんまりよくわかんない。途中までは、おれとおんなじ感じだったのに、おかあさんに会うあたりから全然わかんなくなった。
だって、おれと同じようにおかあさんに会ったのに、おかあさんのこと「おかあさん」って呼ばないんだって。
へんなの。へんなの。なんでだろう。
たしかに初めて会ったとき、おかあさんのこと、魔女みたいだなって思った。これは、ぜったい内緒。だれにも言わない、おれだけのひみつ。
商館でいちばん強い奴隷がほしいっておかあさんが望んだから、おれだけが地下から接客部屋に出された。そのときおれは、とーそーきんしの魔術刻印がおされた首輪をつけて突っ立ってた。奴隷商が公爵に向けてする商品の説明を、ぼんやり聞き流してたら
「ねえ」
奴隷商じゃない声がしたから、声がした方を見た。客用のソファにちょこんと座る、ちっこい人間。
黒髪黒目に、真っ赤なドレス。
ああ、魔女だって思った。魔女が俺を捕まえに来たんだって。
わるいこは魔女につかまっちゃうんだって。
いいこにしてなきゃ、アリス様のこどもじゃなくなっちゃう。
つかまる前に、殺さなきゃ。
でも、こんなガキが魔女だなんて、ほんとかな?魔女の作戦?弱いフリをして、おれをだまそうとしてる?殺したらわかるかな?
そんなことをぐるぐる考えてたら、また声がした。
「あなたがこのおみせで、いちばんつよいの?」
強いか聞かれたから、強いよってうなずいた。声出すなって奴隷商に言われてたから、うなずいただけ。
おかあさんは、キツいツリ目をまあるくして驚いてた。その反応は、初めてじゃない。おれみたいなちっぽけなガキが、デカいオッサンもいるこの店で一番強いなんて、みんな信じない。
「うまれつき、つよかったの?」
首を横にふる。
「つよくなりたかったの?」
うなずく。
「どうして?」
答えないほうがいいんだろうな、とは思った。奴隷商には声を出すなって言われたから。
でも、答えたかった。おれ自身の話を聞こうとする人なんて、いたことなかったから。
ソファに座る奴隷商を見下ろすと、まだ熱心に商品説明をしてた。
ちょっとなら、バレないかもしれない。そう思ったおれは、痛む喉で深く息を吸った。
「ぎ、じ、…ぎじに、なりだがっだがら」
久しぶりに出したガラガラ声は、予想外に響いた。奴隷商はすぐさま気づいて、でも折檻するよりも、公爵に熱心になにか言っていた。たぶんおれの価値を下げないように必死だったんだと思う。
おれの言葉を聞いたおかあさんは、さっきよりもっと目をまあるくして。
それから、にっこり笑った。
「たくさん、たくさんがんばったのね」
いいこね、と、傷だらけの汚い手を、小さなてのひらがなでた。
はじめて。
ほめられたのも、なでられたのも、はじめてだった。
教会にいたアリス様は絵の中からおれにわらいかけてくれたけど、どんなにおねがいしても、ひとつもかなえてくれなかった。
おれのことほめて。なでて。だきしめて。
おれになまえをつけて。
おれのこと、むかえにきて。
「…ありずざま?」
みんなのおかあさんが、アリス様が、おれをむかえにきてくれた?
そう思って聞いたら、おかあさんはびっくりしたあと「わたしはかみさまじゃないけど」と笑った。
「でも、そうね。アリスみたいなものかもしれないわ」
アリス様?アリス様。みんなのおかあさん。おれのおかあさん。おかあさん。おかあさんだ!
ほんとうのおかあさんが、おれをむかえにきてくれた!
「おがあざん!!」
いきなり抱き着いたおれを突き飛ばすこともせず、おかあさんはびっくりしながら背中をなでてくれた。
あの日からおれは、おかあさんだけを信じてる。
だれかがかのじょをまじょとよんだ
だれかがまじょを悪だといった
だれかが みんなが そういって
わるいまじょのできあがり