第八話
ハンターが移動に使う為専用の乗り合い馬車に俺たちは乗り込んだ。他に乗り込んだのは二組ほどで、年齢層は明らかに俺たちよりも高い。こちらをチラチラを窺う視線が先ほどから何度も飛んでいた。
「なぁ、あんたらパーティかい?」
この中に於いて、俺たち以外のパーティと思わしき人員は装備の程度は殆ど俺と同じ。俺が言うのもあれだが、駆け出しと言わんばかりの装備だ。その中でも俺が一番話しかけやすいと見たか、無精髭を生やした男が俺たちへと話し掛けて来る。
「俺たちの事ですか?」
「あぁ。他と比べて何故かアンタだけその、身軽だなって思って気になったんだ」
「役割が違いますからね」
「役割? ……あぁ、という事はあんたサポートかい? なんだ、そりゃそうか」
サポート? 何かの用語だろうか、授業でも出てこなかったし聞き覚えが無い。だが、急に男は俺を見下したような表情になった。その態度は明らかに露骨で、それでいて汚らわしい物を見るかのような視線。
「んだよ、ハンターのなりそこないか。おい、でしゃばるのはいいけど俺たちに迷惑なんて掛けるんじゃねぇぞ」
「……は?」
なんだこいつ。初対面の相手に向かってとんでもなく失礼な奴だな。
「おい、なんだその態度。サポートの癖に礼儀も弁えてねぇのか」
「礼儀を弁えて無いのはどっちだよ、初対面なのに随分な言い様だな」
そこで、馬車は停止した。色々と言いたい事はあるが、向こうが鼻を鳴らしてさっさと降りて行ってしまったので返す言葉が無くなってしまった。最後に俺たちが馬車から降りて、森の入り口に立つ。
「なぁ、サポートって何なんだ?」
あの男が急に態度を変えた原因はおそらくソレにある。だが生憎ながら俺はサポートがどういう意味を持つのかわからない。だが、良い意味ではないのは嫌でも理解出来た。
「サポートというのは簡単に言ってしまえば、ハンターになれなかった者達がハンターに付き従って荷物持ちなどをする人の事を言うんだ。遠征ならテントの設営や見張りもだね。正直言ってさっきの態度は俺たちも頭に来た、だがアーサーには知って欲しかったんだ。ハンターの中にはああやって、サポートを見下す人間も多い。ああやって態度を露骨に変えるのさ」
「じゃあ、俺はアイツからサポートに見られたって事か?」
「あまり言いにくいが、仕方ない事だと思うぞ。武器も装備せず、身軽な恰好は我々だからこそディスラプターと理解出来るが、他の者からすれば分からないのだろうな。同じハンターであることすら見抜けないのだ、ああ言う奴自身も大した器ではないだろうがな」
ガウェインの説明の後に、明らかに苛立った様子のベディヴィアさんが付け加えてくれた。成程、サポートか。でも俺からすれば重たい荷物を持ってくれたりするのは非常に助かる。緊急時には確かにパーティの足手纏いになってしまうかもしれないが、それでも快適に活動できるのであれば問題は無いはずだ。そして、やはり此処でも装備の差でみられてしまった。
確かに、ガウェイン達の装備は明らかに一流なのだから比べられても仕方ない。
「だからこそ、もう一度聞く。アーサー、これから君は実力を付けていく上で同じような言葉を吐かれるかもしれない。それでも、俺たちが装備を用意する事は良しとしないんだね?」
「当たり前だろ。他人の評価なんて知った事か。俺たちが活躍してギルドに認められれば人は黙る、そうなった時にむしろ見返してやる為の材料にしてやるさ」
浮ついた心は急に静かになった。それでいて、熱い。沸々と燃え滾るものが浮かぶ。面白い、だったら結果で黙らせるのみだ。
「それじゃあ、行こう。まずはゴブリンを見つけないとな」
皆が頷き、森へと入っていく。浅い部分は十分に明るいが、周囲から聞こえる動物の鳴き声が強くなり始めた。木々も鬱蒼としており、タンクであるガルハッドを先頭に、茂みを手斧で切り分けながら進む。ゴブリンは何処にでも棲息するが、適当に探して見つかる魔物でもない。それ程までに溢れかえっていたのならばむしろ大問題だ。
見つけるべきは洞窟だろう。大概はそういった場所に巣を作ると聞いている。
「あの洞窟、どう思う?」
暫く森を歩いている頃、木々に囲まれる形の洞窟を発見した。入り口付近は苔生しているが、如何にも何かが住み着いて居そうな雰囲気を漂わせていた。
「たぶん、当たりだな。入り口付近の落ち葉が踏み固められている、という事は頻繁に出入りしているのは間違いないな。ご丁寧に住処である証の看板まで用意されている」
ベデヴィアさんの鋭い推測からも、どうやら目当ての相手が住んで居そうだ。確かに、洞窟のすぐ横には細い丸太が立ててあり、何かで傷をつけたのか、乱雑な切り傷をつけられていた。
それを確認して、帰り道を見失わない様に近くに、枯れ木を立てておく。立てた方向に真っ直ぐ進めば帰れる目安になるからだ。魔物相手との戦闘が近づき、緊張感が走る。
「どうする?」
「まずは外におびき寄せよう。洞窟の外の開けた場所で相手にすれば問題ないだろうが、先手はどうする?」
「まずは、ガルハッドとガウェインの二人でいいんじゃないか? 我々三人は表立って動く訳でもないし、今回に至っては確認もあるからな」
「じゃあ、まずはガルハッドとガウェインの二人であの巣に住んでいるゴブリンを討伐しよう。次は別の個体を探せばいいだろうからね」
二人は頷いて、前へと出る。ガルハッドは兜の前の部分を降ろして完全装備になり、ガウェインも背中から大剣を抜いて構える。鞘の時点で分かってはいたが、非常に大きい。それでいて白銀の刃に汚れは無く、光を反射して俄かに煌いていた。
「よし、それじゃあやるぞ」
ガルハッドが足元に転がっている石を思い切り蹴飛ばした。洞窟の中に転がっていく石は派手な音を立てながら転がり、岩壁を強く叩いていた。それを皮切りににわかに騒がしくなる。ゴブリンが巣から出て来たのだろう。
姿を現したのは大きさが一メートルほどの、青白い肌をした耳が長い魔物。手には石斧を持っており、ギャーギャーと喚きながらガルハッドとガウェインを威嚇していた。
「さぁ、来い!」
ガルハッドが大地を強く踏みしめた瞬間、統制も何もなく巣から出て来た六匹のゴブリンが襲い掛かる。攻撃の感覚もちぐはぐだが、手に持つ大盾を前にどうする事も出来ない。一応は戦う為の知恵なのか、横や後ろに回るものの、攻撃を受けた瞬間に強く前に押し込めば、ゴブリンが吹き飛ばされ地面を転がる。左右から一拍間を置いた攻撃も、右手で手斧を振るって石斧ごとゴブリンを切り裂き、もう一匹は再び盾でゴブリンが吹き飛ばされる。
「フッ!」
そして、今度動いたのはガウェインだ。宙に飛ばされたゴブリンが地面に着地する前に斜めから切り裂き、そのまま回転の勢いを加えてもう一匹を切り裂く。
「まだまだぁ!」
その様はまさに暴風の如く、横の回転を更に強めながらもう一匹を切り裂いた。偶然、切り裂かれず吹き飛ばされたゴブリンが地面を転がるものの、ガルハッドの盾で地面に打ち付けられ、無慈悲に振り降ろされる手斧で首が刎ね飛んだ。そのまま最後に、手斧を失ってオロオロとするゴブリンをガルハッドが切り裂いて、ゴブリンの討伐は一旦終わりを迎えた。一応は警戒するが、続けて出て来る気配は無い。
二人は慣れた手付きで腰に差したナイフでゴブリンの皮を部分的に剥ぎ取り、最後に心臓にあるとされる魔石を取り出した。
「お疲れ様、二人とも」
「とは言っても、流石に手応えは無かったけどね」
「ゴブリン相手に贅沢言うものではないけども、大した相手ではないのは間違いない」
二人は特に疲れた様子もなく戻って来る。さて、これで六匹分の皮と魔石は確保した。残るは四匹分のゴブリンの皮と魔石、そしてホブゴブリンだ。ホブゴブリンは割とゴブリンと共に棲息している上位個体なのだが、今回は居なかった様だ。再び進んでいけば先程と似たような洞窟を発見。
「今度は我々の出番だな」
そう、次は俺も前へと出る必要がある。ガルハッドとガウェインの実力を測る為だったが、ハッキリ言ってよくわからなかったというのが分かった。しかし、少なくともこの程度では彼の防御を破る事は不可能であり、ガウェインの攻撃も豪快で、リトルボア程度ならば両断してしまいそうなほどだった。
イゾルデさんを後方に置いて、今度は俺が石を洞窟内に投げ付ける。すると、先ほどと同じくゴブリンが五匹出て来るが、それだけではない、肌が赤茶色の個体が更に五匹確認出来た。ホブゴブリンだ。ゴブリンよりも強力な個体だが、どちらかと言えば成長体の様な物で脅威度は大して変わりはない。
あれの肌が緑色になるとヒュージゴブリンとなり、知能もゴブリンと桁違いな上に力も強く厄介なのだが、そうでないのならば大して違いはないとされている。
「では、いくぞアーサー!」
「応ともさ!」
そして、その瞬間、ゴブリンとホブゴブリンの首が切り裂かれる。幽かにだが、竪琴が鳴る音が聞こえた様な気がした。
「掻き鳴らせ――我が音色は刃を纏う」
そして今度はゴブリンの首が刎ね飛んだ。恐ろしい、唐突にあれをされれば誰が犯人なのかわかりにくい。そして呟かれたのは呪文だろうか、それでも、不思議な感覚を纏っていた。だが、いま集中するべきは目の前のゴブリン達だ。
「セイッ!」
鋭い踏込と共に突き出された槍の穂先がゴブリンの胴体を貫き、そのまま横に薙がれて脇腹を食い千切られる。そのまま次の獲物へと刃は迫り、首を貫かれてゴブリンは物言わぬ死体と成り果てた。一方の俺がする事は単純だ。
「オラァ!」
そう、速度を乗せて蹴る。敏捷のステータスは筋力に左右されないステータス、つまりはゼロの状態から百を生む事すら可能。ゼロ距離で放った回し蹴りはゴブリンの頭部を蹴り砕いた。俺は徒手空拳の型を勉強している訳ではないので綺麗な形ではないだろう、だが関係ない。その分自由度は勝る筈だ。振り抜いた形から更に足を振るって腰を回し、軸足で地面を蹴って、伸ばした足を一度曲げてから上へと振り抜いた。
宙に吹き飛ばされるゴブリンに追従し、そのまま体を前に曲げて踵落とし。動きたい様に動ける体が自由で、楽しく感じられる。俺が仕留めたのはホブゴブリンが二匹、イゾルデさんがホブゴブリン一匹とゴブリン三匹、残りのホブゴブリン一匹とゴブリン四匹をベディヴィアさんが片付けて、これで依頼は完了である。正直、解体作業は慣れないのでベディヴィアさんにコツを教えて貰いながら、何とか完遂する事が出来た。
「凄いな、イゾルデ。攻撃が全く見えない」
「あぁ、私も何も見えなかった」
後方で待機していた二人ですら、イゾルデさんの攻撃は見えなかったみたいだ。
「私からすれば薄らと、風の刃が発生しているのは見えるのですがね。加えて、矢とは言っても実際は風で切り裂いているので、相当近づいて居なければ味方を斬る心配もございません。それよりも私が驚いたのはアーサーですね」
「うむ。蹴る瞬間の動作が見えなかった、気付いたら既に足を振り抜いている状態だったからな」
「まぁ、速さだけが自慢だからね」
そう、これで負けては逆に悲しい。それはさておき、俺は一つの疑問がある。それは先ほどイゾルデさんが小さく呟いていた言葉だ。
「そういやイゾルデさん、何か呟いてたけど、あれって?」
「あぁ。あれはスキルを発動する為の詠唱ですわ、せずとも魔力を込めれば発動する事は出来ますけれど、詠唱でイメージをより強くする方が威力は高まりますの」
「成程。それで二回目のゴブリンは首が飛んだのか」
にしても、詠唱か。という事は俺もスキルを発動させる時は詠唱が必要なのかな。というか、そもそもスキルってどうやって発動すれば良いんだ?
「ねぇイゾルデさん、スキルってどうやって発動すればいいの?」
「私の場合は風を纏わせて、それを刃にするのでそれもイメージですわ。例えば炎を生み出して発射する魔術、ファイアボールであれば、術者は頭の中で小さい火が集まって球状になり、それを発射するイメージを持って発動させるそうです。どういったスキルなのか判明しているのであれば、それをイメージしてみるのはどうでしょうか」
成程。俺のスキルは確か、体感時間を伸ばす事で相手の動きが遅く見える、という奴だったかな。でもこれ、自分が結局それに反応出来なきゃ意味ないよな。流石に実戦で試すのは危ないから、後でガウェインにでも付き合って貰おう。
「それじゃあ、戻ろうか」
時間にしておよそ二時間、軽く昼を過ぎて夕方まではまだ余裕がある。森の入り口では馬車が待っている筈だ。乗り合いだが、先に依頼を終えたのならば街に戻る為に利用しても良い手筈となっている。それにどうせ、静寂の森に向かう馬車を利用する人は多い。街道で待機していれば別の所から戻る馬車にも乗れるので、待機している馬車を使うのは早い者勝ちの特権だ。
単純な依頼を済ませた俺たちは一番乗りで馬車に辿り着き、そのままギルドへと必要素材を提出して依頼完了である。次はもうちょっと手強い相手でも大丈夫かもしれないな。