第七話
「さて、次の授業を始めるぞ。今度はそうだな、魔物の特性について話すとしよう」
五分休憩、とは言ってもトイレに行くための時間だったり、先ほどの授業内容の反芻に使う休憩なので過ぎ去るのはあっという間だ。再び始まった授業も面白そうな内容だ。
「まず、魔物が生まれるメカニズムは単純で繁殖によるモノが基本とされている。中にはハンターから生き残った個体もおり、そういった魔物が生み出す魔物はより強力な存在となり、ユニークモンスターとして扱われたり特殊個体へと進化する場合も確認されている。また、同じ魔物でも土地によっての特性があり、例えば王国南部に広がる『静寂の森』に存在するゴブリンは一般個体だが、これが北にある『ニヴルヘイム極寒地帯』に棲息するゴブリンになると、水や氷属性への耐性を持った個体となり、逆に東にある『アッティラ熱帯』や『アッティラ活火山地帯』に棲息するゴブリンは火や熱への耐性を持った個体となる。厳しい環境であればある程通常個体よりも当然、より強くなる、遭遇した地域の特性を忘れない様にする事だ」
成程、済む地域で同じモンスターでも特性や手強さが違ってくるのか。確かに、比較的に安全な森とは違って極寒地帯や活火山地帯は強力な個体が多いのか。
「特に、『静寂の森』についてはもう少しした後に行われる実習訓練にて嫌でも利用する場所となる。王都で活動するならこの場所の依頼も多くなる、此処に住まう魔物の種類や特性はしっかりと覚えておけ」
静寂の森、か。確か村の近くまで伸びている森もそう呼ばれていた筈だ。とは言え、開拓前に魔物の巣や集落は既に駆逐されているし、定期的にハンターへ周回依頼を行っているので安全は確保されている。実習という事は魔物との遭遇も多くなるだろう、恐らくは敢えてそうしている。
その後の授業は土地の特性などの話に移ったが、授業終了の鐘が鳴ったので今日は授業終了だ。基本的に実習ではない限りは午前で終わる学園の授業だが、これは学院の生徒がハンターとして活動する事も許可しているからだ。当然、当日依頼が基本であり、遠征依頼を受けるのは禁止されている。学園の生徒はハンター登録をして此処に向かう為、全員が共通してDランクハンターだ。卒業試験ではCランクへの昇格を兼ねた試験も行われるが、自力で昇格したとしても問題は無い。
要は、基礎がしっかりと出来上がっているかを確認する為の試験なだけだ。自力で先へと進めるのならば、学園側としては手間も省けるしなんら問題は無いとされている。が、取りあえず俺たちは食堂へと向かう。
「うーん、分かってはいたけど広いし豪華だな。城かっての」
「まぁ、アーサーには馴染みがない場所なのは仕方ないよ」
五人で集まり、昼食を再びビュッフェ形式で取り分けてからテーブルへと座る。今回は全員、しっかりと自分が食べたい物を選んでいる。椅子に座りながら周囲を見るが、此処の装飾を取っ払うだけで豪勢なダンスパーティを開催出来るだけの広さがある。料理も普段食べている物とは圧倒的に違う質。顔には出さない様にはしているが、こうも差が広いと、やはり貴族というのは凄いのだと実感する。
「さて、これからの事についてだけど、私としては簡単な討伐依頼などを受けて個々の能力を判断するべきだと思うんだが、どうだろうか?」
「俺はガルハッドに異議無し。実際大事だよね」
さて、トマトとチーズの冷製パスタを巻き取りながら食事を進めていたのだが、俺はガルハッドの内容に同意する。実習訓練の時にぶっつけ本番では、下手をすれば大事故に繋がる。連携不足、個々の能力の認識不足でお互いを傷つけるというのはあってはならない事の筈だ。それに俺としても、獲得したレアスキルの一つでもある体感時間操作について試してみなければ。想定していた内容とは違いました、というのでは冗談ではない。
「全員同意という事で良いかな? それじゃあ、食事を終えたら装備を整えて各自、門の前に集合としよう」
俺たちは頷き合って、目の前の食事を進めた。誰も口を開かないが、急いでいるのは見て取れる。そういう俺も、実を言うと初めての活動なので楽しみな所があった。一度、ベディヴィアさんとイゾルデさんと別れた俺たち三人は部屋に向かって準備を整える。
部屋の広さは俺が嘗て村で暮らしていた平家全てを合わせたくらいに広い。必要最低限の家具も揃っているし、どう見ても俺の家の物よりも高級感に溢れているのが虚しくなる。ガウェインとガルハッドは装備を置く為のクローゼットを開けて着替えているが、俺も制服を脱いで動きやすい麻の服装に変え、後は父さんから貰った篭手と脚甲を装備すれば終わりだ。
「あれ、アーサー。早いね? ……まさかとは思うけど、装備はそれだけかい?」
「ん? そりゃそうだよ。俺に装備を買う余裕なんてある訳ないよ。こっちに来てハンターになったのも偶然だけど、暫くは採取依頼で過ごそうと思っていたし」
そう返せば、ガルハッドもガウェインも静かになってしまった。確かに、二人の装備は凄く綺麗で輝いている。きっとしっかりとした職人に頼んで作って貰ったのだろう。ガウェインの大剣は歪みも汚れも無い。ガルハッドが持つ手斧も刃が鋭く輝き、腕に抱える長方形の大盾も汚れも傷も無かった。わかってはいるけど、こういうのは悔しいな。お互いに初めてのパーティ、本来なら似たり寄ったりの状況になるはずだが、土台の差はやはり大きい。だがある意味これが初めてで良かったかもしれない。
ある程度一般のハンターに慣れてからここに放り込まれていたら、余りの差に悔しさだけでなく、嫉妬という良くない感情まで生まれていたのかもしれないのだから。
「……そうか。良ければなんだが、同じパーティになるんだ、装備を見繕うのは」
そして、ある意味では予想通りの言葉が出て来た。だが不要だ、それは同情であり、同じパーティの人間に向けるべき言葉ではない。気を付けているとしても、俺を下に見ているのと同じだ。ガウェインは悪気があって言っている訳ではないのは理解している、だからこそはっきりと伝えなければいけない。
「必要ないよ。こういうのは俺が素材や金を集めて、俺が整えないと意味が無い。それに、俺はそういうのを目当てで二人と組んだんじゃない。だから、気遣いは必要ないよ。それに、ディスラプターなんだから身軽な方が良いからな!」
「…………分かった。済まない、不躾な事を言って」
「いいよ、ガウェインの気遣いは嬉しかった。ガルハッドもさ、気にしなくて良いよ。今に見てろ? ドラゴンの革を鞣した服を着て驚かせてやるからな?」
「……ふっ、それは実に頼もしいな。置いて行かれない様にしないと」
落ち込んでいた空気が元に戻る。そう、格差なんて最初からわかっていたんだ。だったら此処から進んでいけばいい事。鎧に身を包んだ二人はまさに騎士といった風格を漂わせていた。この二人に並ぶのは明らかに場違いだと言われそうだが関係ない。待ち合わせ場所の門の前へと向かう。
「気にしなくていいよ、ガルハッド」
「そうか」
途中、二人と俺の装備を見比べてひそひそと何かを言う生徒とも当然ながらすれ違った。だがそんなのはどうだっていい、結果を見せれば人は黙る。ガウェインが背中に差している大剣の柄に手を伸ばそうとしていたが、それを止めて俺たちはイゾルデさんとベディヴィアさんの二人を見つけた。
ベディヴィアさんの装備はやや身軽だが、守るべき場所はしっかりと防がれている、軽装と重装の間と言った形だ。その手には槍を持っており、穂先は少し変わった形で二股に分かれていた。一方のイゾルデさんも装備は身軽だが、篭手、脚甲を基本として装備し、胸当てとマントがまさにマークスマンと言った風貌だ。髪も動きやすい様に一本で纏めている。例の改造した竪琴を背中に背負っているが、元々良い竪琴を使っているのか豪華絢爛で嫌でも目を惹き付ける。
「それでは、行こうか」
一度、ベディヴィアさんは俺と二人の装備を見比べる視線を向けていたが、少しだけ間を開けてからそう言い放った。言いたい事はあるが、俺が何も言わない事で既に終わっている話だと理解してくれたようだ。イゾルデさんもそれを把握している。
「ギルドは中央広場にあった筈だ。この通りを真っ直ぐに下って行けば見える」
人とすれ違っていく最中、ガウェインがそう口にする。この時間だからこそ人も多く、学園近くだが庶民向けの店や一般家屋は普通に並んでいる。俺が最初に予想していた所だと、貴族用の屋敷などが並んでいる富裕層だと思っていたのだが、そんな事は無かった。
「なぁ、この辺って普通の建物が多いんだな」
「ん? あぁ、そういう事か。貴族の人間はスパリゾートで宿泊するから屋敷は必要ないのさ、王都からも近いからね。わざわざそんな事をするのは此処をよほど気に入った人しかいないから、そういった屋敷は別の所に密集しているよ」
成程、スパリゾート側で纏まっているからこそ逆に、反対位置にあるこの辺は一般家屋が多いという事か。
さて、中央広場にやってきた訳だが、先ほどまでは普通の身形の人が多いが、広場に辿り着いた瞬間に層が一瞬で変化する。武具に身を包んだ人間が多くなり、王都よりも広いギルドへと人が出入りしていた。王都よりも大きいのは単純に、ギルドが此処一つだからだろう。
「さぁ、いこうか。依頼探しもハンターの一環だ。案内は此処まで、ここからはリーダーのアーサーが取り仕切るべきだ」
強く頷いた。それに関してはもう話し合った結果として納得している。だからこそ、ギルドのスイングドアを開けた。真っ直ぐに向かうのは窓口が多いカウンターだ。基本的にこれはどのギルドも共通だが、窓口が多いのは依頼の斡旋や報酬の支払い、ステータスの更新などで対応する時間が増える為に人を多く割くからである。
それ以外は基本的に一つであり、厨房と接しているカウンターは文字通り料理を頼んだりする所で、最後に、一つだけある場所は俺も利用した窓口であり、ギルドへの依頼提出やハンター登録を行う窓口だ。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご利用で?」
窓口に立っていたのは新緑の髪を一本で束ねた銀縁眼鏡の女性。窓口は女の人が多い気がするのは気のせいだろうか。気のせいじゃないな。
「Dランク依頼を受けにきました。討伐系の依頼で何かありますか?」
「ございますよ。その前に、そちらの方々はパーティですか?」
「あ、はい」
「でしたら、パーティ登録する事が必要になるのですが、既にパーティ名などはお決まりでしょうか」
パーティ名、そんな物必要なのか。後ろを振り返れば、そっちで決めてくれと言わんばかりに押し付ける視線が向けられた。酷いぞ皆。まぁいいけど。パーティ名、パーティ名かぁ。どうしよう。こういうのはやっぱり目標がドラゴンであれば、ドラゴンスレイヤーみたいな名を付けるんだろうけど、それはちょっと違う気がする。
俺たちらしいパーティ名、騎士四人に平民一人…………あぁ、良いのを思いついた。
「ナイツオブラウンドテーブルで」
「パーティ名はそれでお間違えないですか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました。パーティ登録が初めてになりますので、こちらの登録水晶に各自の血を一滴頂きます」
言われるがまま、ハンター登録の時と同じく針に指先を当てて、水晶に押し付ける。
「なぁ、このパーティ名の理由は何かあるのか?」
「円卓って、知ってるよね?」
「あぁ、無論だ」
ガルハッドが頷く。
「円卓っていうのは、本来なら立場や身分に左右されて座る順や位置を無視した形になるんだって。俺の村の村長がそう言ってた。だから、平民一人に騎士四人、だけど身分や立場は関係なくやっていく。俺たちに合ってないか? まぁ、俺は騎士じゃないけど、いずれは名を挙げて騎士勲章をもらって、皆と並びたいからな」
「……そうか、良い名だな!」
ベディヴィアさんも笑顔で褒めてくれているし、皆も異議は無いようで安心した。
「それでは、こちらが皆さまに斡旋出来る依頼となっております。採取依頼もありますが、討伐した部位が必要なのでこちらも討伐依頼に含まれますね」
手渡された依頼書を皆で眺める。ゴブリン十体とホブゴブリン四体分の皮と魔石、薬草の群生地近くに現れたリトルボア三体の討伐、グレイウルフ六頭の群れの討伐、他にも依頼はあるが、個々の能力を確かめる為にちょうど良さそうな依頼はこれぐらいだ。数も丁度良く分配出来る。それ以外は少し遠出になってしまい戻りが夜になったり、単体での討伐依頼になるので選択肢からは省く。
「此処はゴブリン十体とホブゴブリンの依頼が良いんじゃないか?」
その依頼書を取って皆に回していくが、これで良さそうだ。ゴブリンは初心者が必ずと言っていい程相手にする魔物だ。知能性は低いが群れる事が多く、中にはゴブリンキングがハイゴブリンなどが更に群れを率いた『スタンピード』と呼ばれる、魔物が大量に溢れかえって周辺地域を脅かす現象が発生する場合もある。その為に定期的に狩られるゴブリンは確かに丁度いい。皆もこれが良いと選択したようだ。
「では、これで」
「それではこちらの依頼受領を確認しました。場所はどちらでも構いませんが、素材は既にお持ちで?」
「いいえ、持っていないですね」
「かしこまりました。それでは依頼内容に書かれた品を提出する事で依頼完了となります、それでは、御武運を」
よし、初依頼の受注は完了した。向かう先は位置的にも静寂の森となるだろう。初活動にして初パーティ、みっともない姿は見せない様にしないとな。