第六話
昨日は非常に恐ろしい事となった。ガウェインから聞いたが、彼女は深窓の令嬢が似合うのではなく、まさにその通りの人物だったそうだ。そして異常なまでに惚れ込みやすく、以前はドラゴンへ歪んでいるのではないかと言わんばかりの愛を抱いていたらしい。そして今回、こうなってしまった訳だが、押しが強いだけで話を聞かない訳ではない。なので、そういった強引なやり方をされてもパーティは組めない、とはっきりと口にし、一緒にベディヴィアさんと説得しつづけ、ようやく諦めて貰う事に成功した。
まぁその結果、彼女達二人を加えた五人パーティになったので、退屈はしなさそうだ。
「おはよう、ベディヴィアさん、イゾルデさん」
「あぁ、おはよう」
「おはようございます、アーサー」
俺たちが割り振られたのはCクラスの教室。これは別にハンターランクは関係は無い。俺たちが最初にやるべきと判断したのは、各々のステータスの公開だった。この学院には男子寮と女子寮が当然分かれて存在しており、二人部屋と三人部屋がある。これはパーティの最大人数が五人の為、男子か女子が必ず二人、もしくは三人に分かれる為こうなるらしい。女子四人に男子一人、またその逆のパターンも無い訳ではないそうだが、今年はどうやらそんな面白おかしいパーティは出なかったみたいだ。
なので、ガウェインやガルハッドにステータスを公開する事は出来るが、どうせなら全員が集まってから公開した方が効率が良いと判断し、今に至る。席は自由で、同じパーティ同士で固まり、俺たちの様にステータス公開を行っているみたいだ。
「では、まずは私から」
そう言って、ガルハッドは羊皮紙のステータスを机の上に置く。
【ガルハッド・カルラディア】
体力:398(A)
筋力:270(B)
防御力:388(A)
敏捷:243(B)
魔力:113(C)
【スキル】
白亜の盾
ステータスも高水準で、かなり防御面が高い。そして当然ながらレアスキル持ちだ。
「このスキルの効果は?」
「防御能力上昇の補整、戦闘時、体力及びスタミナの回復量上昇。攻撃された際にパリィによる攻撃ダメージ低下率大、だそうだ。地元のギルドで出た時は驚かれたね。ステータスに補整が掛かるスキルというのはレアスキルの中でもより貴重だそうだ」
まぁ、それもそうだろう。しかもこのいかにも防御に特化したスキルとステータスが組み合わされば、彼はタンク役として非常に優秀だ。となると、ガウェインやイゾルデさん、ベディヴィアさんも同じようなスキルを持っているのは当然だろう。
「では、次は俺かな」
そして次はガウェインのステータスだ。
【ガウェイン・グワルフ】
体力:239(B)
筋力:219(B)
防御力:273(B)
敏捷:240(B)
魔力:119(C)
【スキル】
太陽の加護
ガウェインのステータスは非常にバランスが良く纏まっている。如何にも近接戦闘を得意としているステータスだが、このレアスキルはなんだろうか。太陽と名が付いているからこそ凄そうではある。
「俺のレアスキルは、簡単に説明すると日の出から正午までは体力と筋力の値が三倍になる」
「さっ、三倍?! S級にまでステータスが届くじゃないか!」
ベディヴィアさんが驚くのも当然だ。というか、三倍は凄すぎる。しかも、そのステータスが無くても十分に高いのだ、正午を過ぎても弱点にはならないのが恐ろしい。
「その分、スキルが発動しなくても戦える様に鍛えたからね。いくら加護があった所でそれ抜きで戦えなければ意味はないさ」
「なんだか、私のステータスを晒すのが怖くなってきたな」
【ベディヴィア・パラミティーズ】
体力:250(B)
筋力:300(A)
防御力:262(B)
敏捷:212(B)
魔力:105(C)
【スキル】
獣殺し
そうは言うが、ベデヴィアさんのステータスだって十分に高い方だ。ガウェインは正午までは恐らくはメインアタッカーにはなるが、彼女はどんな時でも戦えるまさに遊撃役。様々な状況に対応できるステータスで間違いはないだろう。
「スキルの内容は、獣系の魔物に対しての特効、加えて理性を失くした相手にも適用されるそうだ。とは言え、あまり個性が無いのが恥ずかしいな」
「そうかな、ベデヴィアさんのステータスは低い訳でもないじゃん。むしろパーティに必要な遊撃役として欠かせないし、俺はパーティに入ってくれて大助かりかな」
その言葉にガウェインもガルハッドも頷いていた。オールラウンダーの重要性は当然ながら二人も理解していたようだ。これを無個性というのは少し違う気がする。どんな事態でも対応できる人間というのは居るだけで心強い。どれだけ硬いガルハッドだろうと、正午までなら圧倒的な力を発揮するガウェインだろうと、対応出来ない何かに遭遇する時だってある。そんな時、場を繋いでくれる彼女の存在はパーティにいるだけでも素の安心感は非常に強くなる。
不安要素を打ち消す要因があるのは、非常に心強い。
「では、次は私ですね」
【イゾルデ・トリストラム】
体力:180(C)
筋力:231(B)
防御力:102(C)
敏捷:150(C)
魔力:238(B)
【スキル】
竪琴の弓
他の皆と比べればステータスは低いが、魔力に関しては倍近い数値だ。ギルドで聞いた話だと、魔力が高いハンターはステータスでは表しきれないポテンシャルを発揮すると聞いている。このレアスキルが理由だろうか? 普段の人は魔力は最低限スキルを発揮する際に使用するだけなので、そもそもハンターになりたての頃は大体が100前後が基本らしい、なら、彼女は魔力を常時発動して使うスキルを持っているのではないだろうか。
「これは、魔力が高いですね」
「……このスキルが原因だろうか?」
「えぇ、ガルハッドとベディヴィアの推測通りです。このスキルは風の加護を得る事が可能ですが、移動に使うのではなく攻撃に転用するスキルですわ。私の持っている弓、実はお気に入りの竪琴を少々職人に改造させて弓に変えていますの。なので、弦に風を纏わせて弾く事で風の矢を打ち出すので、実際は風魔法を使用する、という形でしょうか」
なんだそれ、滅茶苦茶カッコイイ! 風を矢にして打ち出すとか凄くおしゃれだし、早く見てみたい。しかも、ポロンと弦を引いた直後に魔物の頸が飛ぶ……やばい、めちゃくちゃ凄いぞ。
「すげぇ! 何それ凄いおしゃれじゃん! 早くイゾルデさんの活躍が見てみたいよ」
「……なぁアーサー、俺の時とは反応が違うくないか?」
「確かに」
「私とも違うな」
「うっ、いや、だって、風の矢を撃つんだぞ? かっこいいじゃん……」
流石にはしゃぎ過ぎただろうか。いやでも、個人的に風と繋がりがある以上は興味を持つのは仕方ない。そう、仕方ない。
「じゃあ最後に、パーティのリーダーであるアーサーのステータスを見せて貰おうか」
「え、俺リーダーなの?」
「そりゃあ当然だろう?」
何を言っているんだ、という視線が四人から向けられる。どちらかと言えばガルハッドかガウェインという雰囲気はするんだが。
「パーティのリーダーは生まれや立場に左右されない。パーティを結成しようと発起し、人員を集めた者がリーダーになる決まりだ。ギルドで教わらなかったのかい?」
「そういえば、初歩の初歩くらいであとは何も聞いてなかった」
「……成程な。だが自分はアーサーがリーダーで良いと思うぞ、私は貴族としての考えがまだ抜けていないせいで非常識な行動をとるかもしれない。ガウェインとガルハッドは?」
「俺も同意だ、何というか、アーサーからは何となくだが人を引っ張る雰囲気を感じる」
「ガウェインの言う通り、私もそれに同意だ」
「私もですわ」
うーむ、パーティリーダーか。何をするかはわからないが、その内授業で習うだろうから大丈夫だろう。うん、そう思いたい。
「まぁ、それはさておいて、これが俺のステータスかな」
改めて、ギルドから貰った羊皮紙を机の上に置いた。皆の視線が向けられるのはなんか恥ずかしいな。
【アーサー】
体力:295(B)
筋力:303(A)
防御力:201(B)
敏捷:510(S)
魔力:120(C)
【スキル】
最速の女神の加護
体感時間操作
「……」
「……」
「……」
「……」
おい、何か言ってくれ。黙られるのは一番辛い。
「アーサー、女神の加護持ちだったのか」
「何かあるの? 俺以外にも居るでしょ?」
ガウェインにそう返すと、四人から同時に溜息が吐かれる。だからそういう反応が一番辛いんだって。
「確かに居るだろうが、名の知られた神や妖精からの加護というのはかなり貴重なんだ。加えてアタランテー様と言えば風と狩りの象徴。アルテミス様の次にハンターからは崇拝されている女神様の一人だ、この敏捷にも納得だよ」
「そうですわね。ソニックイーグルと競争するくらいですもの、翡翠の恋羽根を授けられたのも理解出来ますわ」
「まぁ、パーティの役割に関しては後で詰めるとしよう。そろそろ授業が始まりそうだ」
ガウェインが指した方向を見れば、教卓には確かに先生が既に立っていた。俺たちは一番後ろの窓際なので見下ろす形だが、あの先生、もしかしなくてもハーフエルフだろうか。普通の金髪とは違って少しだけ白銀が混じった滑らかな金髪。後ろにツンと立った耳、青でも蒼でもない、ハッキリとはしないが宝石の様な瞳。間違いないだろう。
エルフはドワーフと違い、人前に出なくなってもう五百年以上は経過している。人と交わった子孫以外のエルフは何処か遠くの鬱蒼とした森に独自の国を作り、籠ってしまった。そうなった経緯は分からないが、エルフが生み出した武具などが血眼で探されていたり、魔法技術を欠片でも集めようとする人たちを見る限り、それは当然なのかもしれないと思えた。王国に姿を現していたエルフも二百年前には亡くなってしまったらしく、技術貢献を齎したとして大々的に葬儀を行ったそうだ。故に、国ではハーフエルフは保護の対象となっている筈だ。
滅多に人前に出る事は無いが、まさか教師として出て来るとは想定外だ。俺と同じく驚いているのか、教室はにわかにざわついている。
「はい、静かに。騒ぐのは納得だが、毎年同じ事をされるのもいい加減飽きているのでな。我が名はニニアン、主な担当はポーション合成などの薬学だが、Cクラスの担任も務めさせていただく。それでは早速だが、今回は基礎中の基礎、パーティの役割についての講義を行う」
お、ちょうどいいタイミングだ。ガウェインも、しっかり聞いておけと視線を飛ばしてくる。聞き逃さない様にしよう。
「まず、パーティに於いてはフロントラインとバックラインの二種類が存在する。フロントラインは主に敵の攻撃を受け止めるタンク、ダメージの起点となるアタッカー、遊撃役のブレイサー、攪乱役のディスラプターの四つ、バックラインは弓矢で支援するマークスマン、魔術による様々な支援を可能とするメイジだ。さて、これについて解説出来る者は?」
そう言って、グルリと教室を見渡す。恐らくこれは教室内にいる生徒の理解度を図る為の行動だろう。教師ならば頭に入っていない訳が無いし、正解だが足りない部分があれば付け加えて解説する事も可能だ。まあ俺は分からないので手を挙げることはできないが。と思っていたらガルハッドが手を挙げた。
「お前は……カルラディアだな。よし、説明してみろ」
「はい。まずタンク、こちらはステータスで防御力が高い者及び装備による防御能力の高い者が就くべき役割です。敵の攻撃を受け止めながら、アタッカーやバックラインに攻撃が向かない様に敵の視線を一番に引き受ける役割です」
「うむ。正解だ。では他はどうだ?」
「はい。アタッカーは文字通り、パーティ内でも最も攻撃力が高い者が適任であり、武装の殆どは大剣、戦鎚等で重い一撃によるヒットアンドアウェイを基本とします。ブレイサーはその際に生まれる隙をタンク、及びディスラプターと共同で行い、如何に敵からのフォーカスを逃がすかを担うのと同時に、アタッカーとも兼任されます。ディスラプターは必要最低限の装備で身軽な者が適任であり、素早い動きで敵を陽動し、隊列の時間稼ぎ、もしくは崩れたフロントラインをブレイサーと共に立て直す役割となっています」
「宜しい、模範解答だ。付け加えるなら、ディスラプターは身動きが早い分先手を取る事も可能だ、敵の厄介な後衛の魔物を率先して討伐したり、そちらの目も引き付ける役割だ。パーティに組みこまれる事は少ないが、これが居るだけでも討伐依頼の成功率は段違いと言われている。素早いだけで臆病だ、などと思い込まない事だ」
成程、非常に勉強になった。こっちのチームはまさにタンクがガルハッド、アタッカーがガウェイン、ブレイサーがベディヴィアさん、マークスマンがイゾルデさんで、俺が所謂ディスラプターという役割になるだろう。言葉は知っていても細かい意味や立ち回りは分かっていなかったので、この講義は非常にタメになる。
「では続けてバックラインの説明も行え」
「はい。マークスマンは基本的に弓矢による、相手の小さな弱点部位への攻撃と、タンクに群がった細かい敵を掃討する役割となっています。その分、フレンドリーファイアが懸念される為、マークスマンが動きやすい立ち位置を作るのもディスラプターとブレイサーの役割となります。メイジは広範囲における攻撃力が高い者の役割で、数は非常に少ないですが、回復魔法や支援魔法による後方支援は強力であり、ワンランク上の魔物を討伐する事が可能になる程の潜在能力を保有しています」
「うむ、ご苦労だったカルラディア。国内ではファイターやタンクなどは有名な者は多いが、マークスマンに於いて名が知られているのはAランクハンターのホークアイだろう。山の麓から山頂に居る飛行型の魔物を捉える事が可能で、撃てば必中とされている。メイジは嫌でも名を知っているだろうが、S級ハンターのマーリンなどは皆も頭に名が入っているだろう。様々な魔術を行い、その爆炎で火の海を作り出し、深謀の知識であらゆる支援魔法を可能としている」
成程。フロントラインが有名になりそうな世界だが、後方支援でもそれほどの人物はやっぱり居るもんなんだな。特にマーリンさんとか、S級なだけあって恐ろしいな。その人が居るだけで成功不可能な依頼とか無いんじゃないか?
その時、五分休憩の鐘が鳴り響いた。授業はこれで一旦中断だ。