第三話
「さて……」
さて、どうしてこうなったのか、とだけ呟いておく。結果的にミレージュさんと呼ばれた受付の人はブラッシュさんがエールの二杯目を空にした直後に戻って来た。そのまま、ギルドの応接室に来て欲しいと呼ばれて今に至る。横にはブラッシュさんが立会人として、そして証人として立っていた。
極稀に、裏の悪徳商人と繋がったギルドマスターが大金で新人ハンターを売り飛ばすという事態があったからだそうだ。ハンターになった時点で一般の護衛よりもステータスの差で優遇される、同じハンター相手でもなければ基本的に勝ち目は無く、また、ハンターは対人依頼を受ける事は無いので、結果的にある意味では安全だが、人道的ではない行動だ。その前例がある為、ギルドマスターやギルドの偉い人と新人が会話する際は、知り合いや仲のいいハンターが証人として呼ばれる事もあるそうだ。
ブラッシュさんは驚く事にAランクハンター。SSS、SS、S、A、B、C、Dとある中でのAクラスハンター、基本的に災害級の魔物を討伐し英雄として国に評価されない限りはSランクで止められるのが基本だ。という事はブラッシュさんは実質、国で二番目に高い階級のハンターと言える。因みにSSS級ハンターは何を隠そうこの王都の国王であるウーサー・ペンドラゴン様だ、邪神龍ヴォーティガーンを討伐し、そのお陰でハンターブームが再度巻き起こっている。
話は戻るが、俺が何故ここに呼び出されたのか理由がよくわからない。ブラッシュさんも心当たりがないのか、目線を向けたが肩を竦めるばかりだ。
「お主のステータスは見させて貰った。お主も確認すると良い」
手渡された羊皮紙を受け取って確認する。
【アーサー】
体力:295(B)
筋力:303(A)
防御力:201(B)
敏捷:510(S)
魔力:120(C)
【スキル】
最速の女神の加護
体感時間操作
「これは?」
「次に、一般的な新人のステータスじゃ。お主と同じ農村出身と仮定する」
【サンプル】
体力:80(D)
筋力:101(C)
防御力:76(D)
敏捷:82(D)
魔力:60(D)
【スキル】
無し
次に手渡された羊皮紙を見てみるが、何というか、自分のと比べるとなんというか、低い。スキルの所なんて無しと記載されていた。そもそもステータスの隣にあるこのDだのCだのは何なんだ?
「お主のステータスは敏捷以外は珍しい、という訳でもないのじゃよ。貴族の者はハンター適正が高く、ステータスの値も高い。ハンターとして名声を得る者が殆どじゃ、その理由として、嘗て名を挙げたハンターの血を受け継いでいるからこそじゃ。そういった者は例外なく貴族として国から召し上げられる。じゃが、お主は農民の出、しかもレアスキルまで発動しておる。貴族連中は必ずと言っていい程持ってはいるが、お主のはその中でも珍しい」
曰く、ステータスの横に記載されているのはハンターのランクと同じような物で、それの平均値がハンターのランクとすら言われている様だ。S級ハンターになればSクラスステータスが多くなる、という訳だ。因みにステータスのランク基準として。
【SSS:筋力であれば一撃で山すら割り、敏捷であれば光の速さで動き回る。防御力では山の如く不動であり、魔力では大魔導士と呼ばれ超強力な魔法を操る者が基本的にSSSになる、しかし、スキルの発動などでも必要とされるので多ければ多い程良いが、よほど魔力を必要とするスキルでなければ必須なステータスではなく、純粋な魔法使いはむしろ珍しいとされる。数値では899以上。】
【SS:筋力であれば一撃で水を割く。敏捷であれば最高で音速以上の移動も可能。防御力は城塞級。数値では699以上。】
【S:このランクがバランスが良ければよいほど優れたハンターとされている。数値では499以上。魔力と敏捷がこの値に到達するのは極めて稀】
【A:優秀。上級者であれば基本的な数値はAからSが入り混じる。数値では299以上。魔力値がこれに達する者は魔術に極めて秀でている】
【B:優等生。この辺りから人を卒業するレベル。数値では199以上】
【C:良くも悪くも一般的。数値では99以上】
【D:明確な弱点がまず判明するランク。99以下は全てDランク該当。】
というのがステータスの目安だそうだ。特に、目に見えてわかりやすい体力、筋力、防御力はともかく、魔力は生まれ持った限界があるのでどれだけ優秀でも平均で100から150前後との事だ。これは普段から魔力を使う行動を行わないからであり、よほど魔力消費を行うスキルを発動し続けない限りは成長する事は稀だそうだ。
そして次に敏捷だが、こちらもある意味で同じだ。そもそも素早さは筋力の値でも変わる為、敏捷というステータスが何を意味するかと言えば、筋力の限界を超えた速度という点だ。特に風属性と相性が良い者がこのステータスが高くなる傾向にあるらしい。俺は……色々と心当たりがある。異常だと父さんに言われるほどに速さを愛しているんだ、ある意味でこの値は何となくだが納得出来る。
次に、スキルに関してだが、これは限られた人間の中から選ばれるハンターのでも更に選ばれた人間しか持ちえない貴重なスキルらしい。だが、基本的に同じスキルを持つ者が殆どで、そういうスキルは『パッシブスキル』と呼ばれるそうだ。ブラッシュさんも持っているらしく、曰く、【怪力】という、筋力のステータス上昇補整があるらしい。ステータスも戦えば戦う程、敵の攻撃を防ぎ耐えるほどにそのステータスが上がる。となると、勇猛果敢に攻めていけばパッシブスキルとの組み合わせで攻撃力が通常のハンターよりも高くなるのだそうだ。
そして次に、個人個人しか所持していない【レアスキル】と呼ばれるモノだ。効果全てが破格であり、持つだけでギルドが囲い始めるレベルだそうだ。貴重だからこそ、次世代にその能力を残さなければならない。その為にも、無茶をしがちな新人時代では上級ハンターから教育を受けたりする必要があるとの事だが。
「成程な、敏捷に自信があるとはさっき聞いたが、この値はちょっとばかし破格だな」
「とは言え、アタランテー様のご加護があるのであれば納得という物じゃよ」
そちら二人で勝手に納得されてはいるが、こちらとしてはさっぱりだ。アタランテー様という方の加護が付いているいるのは非常に嬉しい事だが、もう一つなんて記憶にすらないし、どうしたものか。
「おぉ、そうじゃ。放っておいて済まなかったの」
そして、目の前のギルドマスターから手渡されたのは一枚の手紙。受け取ってみれば、王立教育学園と書いてある。学校? 何故これを手渡すのかよくわからない。
「それはな、ハンターになるための教習所の様な所じゃ。貴族院の連中の子供は先も言った通りに素のステータスが高くレアスキル持ちが殆どじゃ、下積みをすると同時になるべく安全な環境で教育を施し優秀なハンターに育て上げる為の場がその学院なのじゃよ」
「つまり、入学しろと?」
「うむ。ハンターとしての基礎を学び、友を得て、パーティのメンバーを見つける手立てにもなる。お主には必要なのじゃよ。ステータスを見る限りではお主は大成する、だが一人でやっていくには限度は必ず存在する、そうなった時、お主と同じランクのハンターはついて行く事が出来ないのじゃよ。加えてハンターの制度としてパーティを組む場合は同じランクの者と組む事が必須となっておる、例外は無い。それならば、学び舎で自分に近しい者を探す方が良かろう。お主と同じように平民の者も存在するじゃろうしな」
成程、確かに言われてみればそうだ。もし俺がなんの変哲もない初心者ならば苦労はあれど問題は無いはずだ、ブラッシュさんから色々と教わりながら、自分と同じランクの人をパーティ募集で集めて成果を出していけばいい。だが逆に、新人枠をブラッシュさんで例えるとしよう。
Aランクハンター級のステータスを持っているという事はそれだけ無茶をしやすいし、逆に言えば頼り切りになってしまうだろう。そうなれば分配されるべきリスクを一人が大きく背負う形になり、逆にカバーをしようとしてもステータスがネックとなって置いて行かれてしまう。加えて、ハンターの制度としてパーティは同ランクの人間としか組む事が出来ない。それは非常によろしくない、それだけの人材を探そうともなれば時間もかかってしまう。しかし、だ。
「とは言え、貴族の人も通うような学園、というか教習所なんですよね? 相当な入学金が必要になるのでは?」
「そこは問題ない、そういった人材に対しては先行投資として国が費用を負担する決まりとなっている。伊達に国王がSSS級ハンターの国ではないからの」
なんだ、それなら安心した。貴族の人が通えるという事は施設も相当に立派な筈だ、となればかなりの金額が必要になる。それこそ金貨十枚や二十枚では足りないだろう。国が負担するのであれば気兼ねない。
「わかりました、俺は学園でハンターとしての基礎を学びながら、パーティのメンバーも探せば良いんですよね?」
「うむ。とは言っても、今年はお主の様な平民出のハンターが居るかどうかは確認しておらぬが、ずっと昔に比べれば今の貴族は平民に対して虐げる様な真似はせん、学園では気軽な友人を得る感覚で接すると良い。その繋がりもいずれは力になる」
そして、入学を決定した俺は明日の朝、王都から少しだけ東にある学院街へと向かう事になった。曰く、魔物が出る森が近い場所に建設されているので、本格的な実習も行うそうだ。当然死ぬ様な事が無いように教官も存在するが、過去には大怪我をして引退する者も居たそうだ。とは言え、ハンターとして現地に出たのならばどんな怪我も自己責任。誰かに悪意を持って仕組まれたという訳ではないのならば、それは気を緩めた自身が悪いのだ。
「まぁ取りあえず、お前さんのハンターとしての先を祝って、乾杯!」
そして、一階にある酒場へと戻りブラッシュさんの隣でエールが入ったジョッキをぶつけ合う。白い泡が少しだけ零れるが、それを気にする事なくブラッシュさんは豪快に飲み干した。
「はぁ、酒を飲むのは一週間ぶりだ。染みるぜ」
「一週間、って事は何か依頼を受けてたんですか?」
「あぁ、さっきも言ったが南西にある鉱山地帯でロックゴーレムが群れたって話でな。新調した武器の具合を試しに向かったが、こいつぁ良い。エルファスト鉱山街のドワーフに特注で頼んでもらったが、今までに使った中でも最高だ」
エルファスト鉱山、大陸中央に位置する王都から南西に暫く行った先にある広大な鉱山地帯だ。そこで取れる良質な鉱石を使用した武具は人気が高く、当然だが値段はかなり張る品ばかりだ。優秀なハンターはそこで作られた武具を一つは持っているのが、高ランクとしての暗黙の了解とさえ言われている。
「まぁ、お前さんも大成するさ。あれだけの高水準なステータスだ、そこいらにいるハンターと遜色ないぜ」
そう言われて、酒場をぐるりと見渡す。そして、その言葉の意味が今では嫌でも分かる、この場に居る誰もがかなり強い。
「お前さんも感じ取れるだろう? アルテミス様の加護を得たハンターっていうのはそういった気配にも鋭くなる、特にステータスによる差なんかは一目瞭然だ。ハンターの中心地なだけあって王都には高ランクハンターしか存在してねぇからな」
「えっ、新人とか居ないんですか?」
「いや、居るぞ。だが新人は王都にもう一つあるBランク以下しか利用出来ない初心者用のギルドに集まってるんだよ」
「……俺、新人なんですけど」
「登録自体は何処でも出来るからな、それに此処のギルドは別にランク制限は無い。無いが、まぁ見ての通りだ。暗黙の了解としてBランクハンター以上しかいねぇ。とは言え、坊主には尻すぼみして欲しくねぇのさ。新人なんだ、無茶をしろとは言わんが夢はでっかく持て。此処の連中の顔色を窺わず、堂々とこの場所を利用出来るだけのハンターになって欲しいのさ」
くぅ、俺感動。そこまで言われたらがんばるしかないじゃないか! 景気づけに、エールを一気に飲み干した。明日からがんばるぞ!