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行先不明  作者: 石川織羽
2/4

その2

 完全下校時刻の前。18時まで10分て頃だった。窓の外も薄暗くなってきていた。

 長引いた委員会活動が終わって、私が教室に戻ると

「乃亜、聞いたー?」

クラスの女子5人グループに声をかけられ「聞いてない」と、ドアの所で答えた。

教室に一歩入るなり、集まってきた女の子達に囲まれた。


「まゆる今日来なかったじゃん? あの子、迷子になってるらしいよ」

「え、マジで?」

 グループの一人の言葉に耳を疑った。


「さっき、リリの携帯に連絡あったの」

「すっごい焦ってたよ」

 みんな口々に言う。まゆるから連絡があったのは15分くらい前ということだった。


「迷子って何?」

 まだ意味が理解できなくて尋ねた。


「まゆる電車で寝過ごして、どっか遠くまで運ばれちゃったんでしょ?」

「うん、そう。それで“坂本”って駅で降りたっていう連絡はあって……」

「そこから更に迷ったっぽい」

 5人は目配せし合っている。『あいつバカか』と聞いたこっちが脱力してしまった。


「リリの話しだとね。まゆる、どこかの駅にいるみたい。でも『自分がどこにいるのかわからない』って言ってるんだって。でもスマホの充電が切れて死んでて、公衆電話使ってリリにかけてきたらしいよ」

 溜息をついている私に別の子が教えてくれた。


「見たことも聞いたこともない、知らない無人駅なんだって」


 そしてまゆるの連絡を受けたリリは、職員室へ向かったということだった。


「わかった、ありがと。リリにも聞いてみる」

 軽くお礼を言って教室を出て、職員室へ行こうとしたとき。


「でもさぁ、ホントかな?」

「うん……リリに電話する前に、まず近くの交番行けよって気しない?」

 教室から話す声が聞こえた。


「よく聞くよね。『異空間の駅』」

「まゆる、そういうの本気で信じそう」

 話しの隙間に、くすくす笑う声がする。


「注目浴びたくなって、ちょっと騒いでみてるんじゃない?」

「かまってちゃんだからねー」

「自演でやり始めて引っ込みつかなくなったとか、そんなオチのような気がする」

「やる方はいいよ? でも付き合わされる先生やリリ達が大変ていうか、可哀想じゃん」

「でもリリも振り回され過ぎだよ」


 みんなよく知っていると思った。


「まゆるが昔いじめられてたって話し、『そうだろうなー』って思う」

「いじめはダメだけどねー」

 クラスの声を背中に聞き、私が階段を下りて職員室へ向かうと途中の廊下でリリに出くわした。

 「リリ!」と声をかけると、リリは私に気付いて立ち止まる。


「まゆる、どこかで迷ってるの?」

「そうみたい」

 自分のスマホを見つめて、リリは俯いていた。


「戻りの電車に乗ったんじゃなかったの?」

「乗った電車が『特急だったみたい』って言ってた。全然止まらなくて変な駅に来ちゃったって……」

 表情を失ってリリは言う。

「電車の本数が少ないから、とにかく来た電車に乗って、知ってる駅まで行こうと思ったらしい」

 まゆるの行動理由を説明した。その後。


「ねぇ……乃亜? 昼休みの後に、まゆるから連絡、来てた?」

 リリは眉間に皺を寄せて尋ねてきた。私は首を横に振った。

「ううん、何も来てない。むしろ未読状態が続いてたから、どうしたのかなぁって言ってたんじゃん」

「だよね?」

 強めの声で言い、リリは頷く。


「まゆる、すごい怒ってたから。『何度も何度も送ってるのに何で全部スルーするの!?』って泣いてた」


 愕然とする。まゆるはメッセージを


「……送ってたの?」

「うん。それで必死に送りまくってるうちに携帯が死んで」

 連絡手段を失ったまゆるは、駅の近くにあった公衆電話でリリに電話をしてきた。リリの番号だけは、覚えていたという。公衆電話は110番なら無料で使えると聞いたことがあるのに、まゆるに教えてやりたいのに、出来ないのが焦れったかった。


「迎えに行こうよ。今どこにいるの?」

「先生と調べたんだけど、無いんだよ」

「無い?」

「“くつのべ”ていう駅。岩窟の『窟』に、『之』っていう字に、『辺』で、『窟之辺』。聞き間違え? すぐ近くが海って言ってたのは、絶対間違いないと思うんだけど」

「じゃあ……まず“坂本駅”に行って、そこから」

「それも無いんだよ!」

 私の言葉を、リリの大声が遮った。


「調べたんだけど無かったの! この辺の電車が乗り入れてる範囲には無い駅なの!」

 右手で口元を覆うリリは、泣きかけていた。


「……まゆるは、どうするって?」

 何とか次の質問を持ち出すと

「駅の近くにバス停があるみたいで、『バスに乗ろうかな』って言ってた……」

くしゃくしゃ顔を顰めてリリは呟く。まゆるとリリの通話はバスの話で終わっていた。


「むやみに動いたら危ないよ。現在地を把握するのが先だと思う」

「あ……そ、そうだよね。『また電話する』って言ってたから、その時もう一回話してみる」

 まゆるのパニックの声を直接聞いたからだろう。

 引きずられているリリに私が言うと、少し落ち着いたのか弱々しく笑った。

 でもこれを最後に、まゆるから連絡は来なかった。


 間もなく騒ぎが大きくなり学校にも警察が来た。

 リリと私はお巡りさんに、まゆるについて「いじめられていたような心当たりは?」と訊かれた。


「ちょっとだけ、いじられキャラだったかもしれませんけど、特にいじめはなかったと思います」

 私はそう答えた。リリがどう答えたのかは聞かなかった。


 私達は、まゆるが送ってきたメッセージと『坂本駅』の画像も提供した。

 警察の対応は丁寧で、参考にさせてもらいます、とは言われた。

 でも『駅』の実在する証拠としては、単純に信用出来ないと先に言われた。

 「今時、動画や画像なんて誰でも簡単に作れますから」ということだった。


 そして翌日もまゆるは帰ってこなかった。学校にも来なかった。

 その次も、その次も。


 まゆるの家に行った担任に、両親の様子について尋ねたけど話したがらなかった。

 聞き出せたのは、両親が責任を互いに押し付けるように怒鳴り合っていたということ。


――――あの子のことだけはちゃんと見てあげてって、ずっと言ってたじゃない!

――――どうしていつもそうやって、悪いことは全部俺のせいになるんだよ!?


 そんな話しばかりで担任も辟易としたらしい。


「前から『家あんまり好きじゃない』って、まゆる言ってたわ」


 リリが静かに言っていた。

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