その1
「今日、まゆる来てないよ」
誰が言ったか忘れた。
ともかく私は友達の『まゆる』が、まだ登校していないことを思い出した。
一時限目後の、休み時間だった。雲が少し多いだけの、普通に天気の良い朝だった。
「そうだ、リリ。まゆる来てないみたいだけど、何かあったの? 知ってる?」
後ろを向いて尋ねると
「知らなーい」
言いながらリリはスマホを睨んでいた。親友の『リリ』にも、連絡は来ていないようだった。
「乃亜は? 何か連絡来た?」
言われて私も自分のスマホを再確認した。でも私のメッセージにも何も反応は来てなかった。
「ていうかさ、1時間前から連絡してんのに、あいつ全部未読無視ってどうなの」
リリは眉を下げて笑っている。
「今日の電車、遅延してた?」
「いや~? どうせまた寝坊じゃないの」
席でリリと二人話していると、担任が来て「まゆるから連絡あった?」と尋ねられた。
無いです~、と言うと担任は少し困った顔をしていた。
「さっき親御さんや本人にも連絡したんだけど、返信がないのね。もし何か連絡来たら教えてくれる?」
「はーい」
「わかりました」
そう返事をしてすぐ、二時限目が始まった。
別にどうとも思っていなかった。
まゆるが生活から何から全般ルーズなのは、私もリリも知っている。いつものこと。
あの子の両親も朝から晩まで忙しくて、顔を見ない日も多いとは聞いていたから。
それにしてもレス遅いな、と思っている間に半日が過ぎてしまった。
ようやくまゆるから連絡があったのが、昼休みに入った頃だった。
「うお、来た!」
と、机でクリームパンを食べていたリリが、スマホ握って叫んだ。
ツナマヨおにぎり食べてた私も、あわてて3人専用のグループSNSを見た。
リリは朝からずっと心配して、まゆるにメッセージを送り続けていたのだ。
リリは真面目で几帳面。面倒見も良くて、無自覚にお世話しちゃうタイプの子。
ルーズなまゆると几帳面なリリは、合わないように思えるけど何だかんだ相性が良い。
入学以来、いつもくっ付いていた。
特にまゆるは中学時代ちょっといじめられていた時期があったらしくて、親友のリリにべったり。
リリも「世話焼かせんな!」と口で怒ってはいても、最後はまゆるを甘やかしている。
スマホケースもリボンも靴も私服も、何でもお揃いにするほど仲良しだった。
私もこの前「乃亜もお揃いコーデしようよ!」と二人に誘われた。
けど面倒くさいし、私は「お金かかるからいいや」と断わった。それでも三人仲良くやっている。
そしてこの時の、まゆるからの反応遅すぎるメッセージは
『寝すぎたああー!』
というアホな内容だった。朝から電車で寝すぎた! と、まゆる。
「何してんの」「寝すぎ」と送り返す。
その間にも、ここまでの未読も無視も嘘だったみたいに、まゆるは騒いでいた。
『次で降りる!』
『電車止まる』
『坂本駅』
『ここはどこわたしはだれ』
『降りた!』
『田舎駅すぎる』
『これから戻りの電車乗る!』
『次の電車30分後まじ……』
『泣きたい』
『おなかすいたよ!』
特に意味の無い『ひゃあ』や『は?』を除いた内容はこんな感じだった。
まゆるのバカっぷりに一頻り疲れて笑ってから、リリが尋ねてくる。
「“坂本”って、どこ?」
「わかんない」と私も笑って答えた。
鉄オタでもないし、この辺りは色んな電車と路線が入り組み過ぎて、把握しきれてない。
リリと話しているうちに、まゆるから画像が送りつけられてきた。
『フウウウウウ!』
とか言って、まゆるが駅で謎のキメポーズをしている。
まゆるの後ろには駅舎が映り込んでいた。白いペンキで塗られた古そうな木の柱や、屋根が見える。
柱には『坂本』と縦書きで駅名の書かれた青い札があった。
私も電車通学だけど、見たことのない駅だった。
「どこコレ? どんな田舎まで行ったの?」
よっぽど遠くの駅じゃないのかと思った。びっくりして私が質問すると、リリは苦笑している。
「これ絶対わざとでしょ……サボるためだよ」
「は? じゃあ今日の現国の小テストは?」
「だから、それ回避したくてわざと『寝過ぎた』んだよ。あいつ現国一番ニガテじゃん?」
「うわ、まゆるサイテーだなお前!」
「どうせ後でやらされるのにね。キライなこと全回避する性格、いいかげんにしろー」
それぞれメッセージを送ったけど、まゆるはまた無反応状態になってしまった。
電車に乗ったのかな、と思った。
担任には一応、まゆるが『坂本駅』にいることは話しておいた。