そういう時が来るかもね。
八年前、大学を卒業してから五年間勤めた会社を俺は辞めた。
ブラックだった。サービス残業・休日出勤(日曜休むのにさえ、書類を毎週提出させられた)等。
『死ぬかと思ったし、死のうと思った』
会社を辞めてからは、最初の一年で生活パターンを掴み、後の七年間は同じ日々の繰り返し。
要は八年間、引籠もりをしている。
親の持ち家の昔からの俺の部屋に巣食い、共働きの親の稼ぎで生きている。
親の退職までまだ五年以上はあるし、余裕だ。
ま、退職後は死ぬまで年金が入る訳だから、これまた余裕だ。
先にも述べたが引籠もりは最初の一年で四季の流れみたいなのを掴むと、後は繰り返しなので基本資金面さえクリアすれば永遠と続けられる。
実際俺みたいなのが最近は大勢いるらしく、テレビでも取上げられてたし、ネット配信のニコ生の平日の昼間の視聴アクセス数が千以上あることからも仲間の存在を感じられる。(孤立感を感じない為にあえてここは仲間と呼ばせてもらう)
さて、本題だ。
俺は普段ゲームは余りやらないのだが、今回は違った。
協賛 警視庁 ・ 防衛省
と、そのオンラインゲームには書かれていた。
『オンラインって、人と話すんだよな。ヤだな。どうしようか?無視するか。関わらなければいいか』
そんな事を考えながら取りあえず俺はネットゲームを始めてみた。
警視庁や防衛省が絡んでるゲームって一体どんな内容なんだという単純な好奇心からだった。
始まって最初は只のファンタジーなRPGの様だった。
敵に会って戦ってレベルを上げたり、お金を得たり。途中人に会っても話しかけず、寄って来る奴は無視して逃げた。
ところが、強い敵にあたって、いよいよここまでかと思った時だった。
「大丈夫?」
女戦士・かすみんと名乗る人が俺の前に現れた。
俺はゲームのキャラクターが死のうが何とも思っていなかったので、そのかすみんを無視していたのだが、彼女(男かもしれない)は敵を倒し、俺を助けてくれた。
流石にこれは無視出来ない。
「ありがとう。助かりました」
「いいのよ。それより此処から先は一人で行くのは危険よ。私と一緒に行きましょう。守ってあげるから」
猛烈なアピールに俺は断る言葉が見つからなかった。
「はい、お願いします」
こうして俺は、かすみんと旅をする事になった。
ゲームを続けるうちにかすみんはどうやら中身も女性らしい事が分った。
彼女は毎朝九時に来て、午後五時には帰って行った。
公務員か!?
更に旅を進めると、俺とかすみんは情を深め、愛し合う様になって行った。
そしてゲームの中の教会で結婚式を挙げた。
そして驚いた事に数日後、俺宛に婚姻届が届いた。
最近のゲームは凄いな!俺は判を押して運営会社に送り返した。
更にゲームを進めると、かすみんが家を欲しいと言い出した。
これまた良く出来たゲームで、敵を倒して収入を得て家を建てる事が可能になっていた。それもローンをレベルに合わせて組む事も出来た。
俺はゲームの世界でローンを組み、家を建てて、かすみんと暮らし、毎朝敵を倒しに出かけるという何ともサラリーマンの様な生活をいつの間にかゲームの中でしていた。
そうすると、また現実の俺の方に封筒が届いた。
不動産の書類と、ローンの契約書だった。
良く出来ている。
俺はそれらのゲームの書類を棚の上にまとめて置き、かすみんとのゲームの世界を満喫した。
それから三ヵ月後の事だった。
ピンポーン
ピン ポーーン
下の玄関で呼び鈴を押す音が聞こえたが、俺は無視していつも通りネットゲームをしていた。
すると突然、
バキッ!ドガッ!
何かを壊す音がする。続いて、
ダダダダダダッ
数人の人の階段を駆け上がる音。
バタン!
俺の部屋のドアが開けられる音がして、俺は後ろを振り向いた。
「な、なんだ?」
「警察です」
警官が三人俺の部屋に立っていた。
「貴方に徴兵の辞令が出ました。一緒に来て下さい」
「な、なんの事ですか」
俺は慌てて聞き返した。
「貴方、政府のネットゲームで結婚して、家を建てましたね。書類が幾つか届いていると思いますが、住宅ローン等の支払いが幾つか三ヶ月程滞ってます。ですので、支払い能力がないものとみなし、徴兵が出ました」
「え?何言ってんだ!只のゲームじゃないか。親が、親が払いますよ。ちょっと待ってください」
「親御さんもご存知です。三ヶ月前に政府から連絡を受け、貴方の身柄放棄にサインしています。親御さんは関係ありません。貴方自身に支払い能力無しと見て、徴兵が発行されました。下に自衛隊の車が来ています。私達の管轄はそこまでです。さ、行きましょう」
俺はショックだった。親が俺を放棄した。三ヶ月前に。
このゲームを始めたばかりの頃だ。俺が邪魔だったのか・・・
「チッ」
俺には支払う金なんて一銭もない。諦めて立ち上がった。
「あの、妻の、かすみんはどうなるんですか?俺の家は?」
「ゲームの話ですか。奥さんは、自衛官です。此処だけの話、囮です。現在海外派遣の自衛隊員の数は全然足りていません。だから貴方の様な引籠もりの方に政府は目を付けました。政府のゲームに手を出し、支払えない人は皆、戦場送りになります。戦力になります、日本国内で眠らせておくのは勿体無いという考え方です。正直自分も納得いっていない部分がありますので、心中はお察しします。あと、ゲーム内の住宅は徴兵と引き換えに残ります」
そう言うと警官達は俺に敬礼した。
余りにも突然の事だが、俺も踏ん切りが付いた。
俺は警官達の方に歩き出した。
「徴兵は何年ですか?」
「五年です。健康に留意して、ご無事で帰って来てください」
そういう時が来るかもね。
おわり
読んで頂いて有難うございます。