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夢鏡

 

 桜井由香の夢はどこまでも白い世界だったのに対し、由香の母親の夢は細部まで鮮明で現実そのものに近い。それは経験によるものだとクレイバーは付け加えた。


 二人の背後に鎮座する木製の黒扉。

 大きく、鉄の細工が(ふち)どりに施されている。花嫁が父親と共に入場する扉だ。それがゆっくりと開く。

 人が一人通れるだけの隙間を開けて、扉から紺色のドレスを着た女性が姿を現した。

 すぐに裕也と白兎に目が合う。

「珍しい客だな、夢渡りのクレイ」

「ミカガミの姫、お久しぶりです」

 白兎が丁寧に頭を下げる。

 栗色の長い髪をまとめ上げて、大きな紅い宝石が印象的な髪留めをしている。顔は端整で細く、切れ長の眼は冷たく、一度睨まれたら忘れる事が出来なさそうだ。細い眉を少し上げて、裕也に視線を移すと、その足元から頭までゆっくりと見上げていった。値踏みでもするかのように、冷たい眼光が裕也を眺める。

「はじめまして、僕の名前は菊地裕也です」

 裕也は白兎にしたように深々と頭を下げた。なるべく丁寧にを心がけたつもりだが、さほど変わった言葉も気の利いたお世辞も出てこなかった。それでもミカガミの姫には充分だったらしく、感嘆混じりに反応があった。

「ほう、いつぞや連れて来た小娘の時とは大違いだな、ちゃんと礼儀がある。はじめましてユウヤ、私はサリィ。ゆっくり話すにはここは人が多い、部屋を変えよう」

 言うと扉へと向き直る。クレイバーがさっと回り込んで扉を先程よりも大きく開くと、サリィが扉の外へと出る。首だけ振り返り、一瞥を持って二人を後に促した。


 扉を出ると短い廊下があり、また豪華な扉が一つ。それを出ると樹木や花が咲き乱れた屋外なのだが、それを出ずに手前で折れる。また廊下が伸びており、いくつか小さなドアが並ぶ。

 親戚などの控え室に使われる小部屋だ。

 廊下を中程まで進んで、一つのドアの前で、サリィが立ち止まると、クレイバーが前に出てまたドアを開けた。

 こういう紳士的な動作が出来るにも関わらず、裕也の前であまりしないのは何故だろうかと少年はふと考えてすぐやめた。


 部屋はさほど広くはなかったが、裕也はその中央の壁に置かれた大きな鏡に圧倒された。

 豪華な細工が施された、少し古めかしい鏡だ。それは裕也を二人分でも背丈が届かないし、裕也が三人手をつないで横に並んでもまだ足りない。

 サリィは鏡の中央に裕也を促した。


「ここは花嫁の着付けをする部屋だ。私はこの鏡が一番好きだ。平民も貴族もなく、一人の女が花嫁に変わる。人生で最も美しくなるために、笑い、涙し、時に悩む。不安にかられる。何かを決意する。そういう姿を何度もこれは見て来た」


「まだ何も言ってないのに……」


「私に会いに来たのなら、だいたい察しが付く。クレイと共に現れたのなら、そういう事だろう。それに見たところ、今から婚礼に参加する格好でもなさそうだしな」


 裕也の言葉に、サリィは鏡に写したパジャマ姿の少年を皮肉混じりに見つめながら答えた。

 

 少年は自分の容姿に自信がなかった。だから今回の事故も仕方のない事だと受け入れた。

 平々凡々とした家庭で、学校でもとくに人気のある生徒というわけでもない。最下層だとは思っていないが特に告白やバレンタインのイベントなど想い出に残るような経験もなかった。自分はモテない。それが当然の認識だった。


 母は事故による傷あとが残るだろう、その事をかなり気にしている。

 そのヒステリックにも見える熱意は裕也にとって有難くもあったが、その事を考えてもどうせモテないのだから、将来に支障があるわけもない。だからきっと困らないだろうという楽観的な気持ちを後押しする。


 事故については断片的な記憶しかなく、……交差点、青信号、衝撃、アスファルト、鉄の味……気がついた時には病院のベッドの上だった。

 何故か目の前が半分見えなくて包帯の上から傷を強く触ってしまい、予想外の激痛に悶絶した。

 母から、お前は事故にあったのだと説明された時、加害者の車の事よりも先に思ったのは『自分がドジを踏んだ』という羞恥心だ。


 自分の顔は気になったが、母が『見ない方がいい』と言ったから気にしないように努めた。だが入院生活に慣れて、精神的に余裕が出ると次に出てくるのは『暇な時間』だ。そうなると気にしないようにしてきた事が逆に気になり出す。


 柊看護師は『ヒマだったボク』に絶妙なタイミングで会心のお話をしてくれた。


「夢鏡って知ってる?夢の中でしか見れない鏡なんだけどね……魔法が掛かってて、それにお願いすると何でも見れちゃうの。自分が大きくなった時の姿とか、赤ちゃんの頃の姿とか……自分以外でも、誰かの事を見る事も出来るわ。絵本の『白雪姫』に出てくる魔法の鏡のモチーフになったんじゃないかって、うさおが言うのよ……あ、『タキシードうさお』って子が居てね……」


 名前は間違っていたが、裕也の興味、好奇心と思いは強くなり、柊看護師のおとぎ話のような予言はそのままに夢の世界を呼び寄せた。


 裕也は願う、大きな身鏡の前で。


「大人になった僕を見せて下さい」


 鏡に映る少年は未来を望んだ。

 柔らかな光と共に、鏡に写る裕也の姿が変容していく。

 背が高く伸び、肩幅も広がって顔立ちも締まり、成人した若者へと……

「未来とは浅はかだな」

 ミカガミの姫が呟いた。

「常に移り変わり、心の有りようで幾らでも姿は変わる。気休めになれば良いがな……」

「これが未来の……僕」

 裕也は未来を見上げた。

 鏡の前の裕也は包帯に巻かれた少年だが、鏡の奥の【裕也】は包帯などなく、青いシャツにオレンジ色のネクタイを締めている。スラリと伸びた脚は紺色のスラックスを履いて、ビジネスマンなのか成人式なのかは不明だが清潔感に溢れている。

 裕也は青年へと変貌した姿を見て押し黙る。

 感嘆もなく、

 涙もなく、

 笑みもなく、


「……知らなくてもいい事を知る羽目にもなる。それは苦痛ではないのか」

 サリィの言葉に白兎が応える。

「きっとユウヤには分かっていたのでしょう」

 半分は期待していた。

 半分はあきらめていた。

 それがどちらであろうとも、裕也は知りたかった。

 サリィが裕也に向き直る。

「お前が望むならば、夢防人を使ってこの夢を破壊し、夢の記憶を消す事も出来る。それから、もう一つ教えてやろう」

 サリィの目には冷徹と好奇心が含まれていた。

「夢世界では人間の力が大きく影響を与える。お前が強く願えば望むカタチに、全てその姿を変えるだろう」


 星は姿を変えた。


「現実世界が本当の世界ならば、夢世界は偽りの世界だ。現実世界においての鏡は真逆をうつすいわば偽りの鏡だろう。だが夢世界において夢鏡がうつすのは、現実世界の真実だ」


 ホントウノ世界ノウソハ ウソ


「お前が望むならば、鏡の中の未来は、お前が望む姿になるだろう」


 ウソノ世界ノウソハ ホントウ


「人間は正夢(まさゆめ)と呼ぶのだろう。夢で見た事が現実に起きる」


 星は姿を変えた。


「願うならば今だぞ」


【裕也】も姿を変えるだろう。


 裕也は、

 再び未来を見上げた。

 そして未来に告げた。


「どんな姿をしていてもそれが僕だ」


 お母さん、ありがとう。


「お母さんは僕を愛してくれている」


 恋人に、ありがとう。


「由香ちゃんはどんな姿をしていてもかまわないって言ってくれた」


 だから、


「だから僕はこのままでいい」


 これが自分だ。


「これが僕だ」


 鏡の中の姿が変わる。

 そこにはそのままの少年が居た。


 サリィはため息をつくと、残念そうな笑みを浮かべる。

「せっかく来ておいてつまらん奴だな。前に来た小娘なら、喜んで色々したところだぞ。なぁ、クレイ。その姿には慣れたようだな」

「獅子王には会い辛くなりましたがね」

「アイツに会えばまた戦争だ。会わん方が平和で良い」

 サリィとクレイバーは裕也には解らないやり取りを終えると笑みを交わした。

「さて、帰りましょうかミスター」

 白兎が少年にフカフカした手を差し出した。

 サリィが裕也に言う。

「何も無しで帰すのは心苦しい。何か欲しいものは無いか?無いなら私が勝手に選ぶぞ」

 裕也は首を縦には振らなかったが、少し考えて、ある物を言った。

 ミカガミの姫も白兎も、予想外の物だったらしく一瞬目を丸くしたが、笑顔を見せて頷いた。



☆ ☆ ☆


〜エピローグ〜



 

 土曜日、

 病室で裕也は来客を迎えていた。

 クラスメイトがお見舞いに来てくれたのだ。

 担任の先生が付き添いで来たが、今は廊下で母と話をしている。

「もうすぐ退院なんですって?良かったね、菊地くん」

 桜井由香はいつも教室で見る時のまま、落ち着いた乙女の表情を向けた。

「うん、ありがとう。由香ちゃんが来てくれて嬉しいよ」

 由香が赤面して応える。

「男子も一応誘ったのよ、でもチャイム鳴ったらみーんなすぐ帰っちゃったんだから。ホントよ」

「うん、別にいいよ。またすぐ会えるし。由香ちゃんだけで十分だよ」

 さらに赤面する由香は、何か話題をそらそうと辺りを目で探る。

「あ、コレなあに?すごく綺麗な貝殻だね」

 裕也は笑顔で答えた。

「友達にもらったんだ。また会えるようにって」

「いいなぁ~、どんな友達?」

「ふかふかして、すっごく図々しい……かな」

 言葉を濁した裕也に、母が口早に言った。手荷物をまとめる。

「裕也、悪いんだけどお母さん一度家に帰るわ。お父さんから連絡があって、カギが無いって何だか慌ててるのよ」

「あ、うん。気をつけてね」

 まさかと思ったので裕也はそれ以上は黙って見送った。


 先生が母を見送るように病室から出て行く。

 裕也と由香が二人、沈黙する。


 裕也と由香の目が合う。


「由香ちゃんにまだ言ってないことがあるんだ」

「なあに?ヒミツの話し?」

「夢で一度言ったし、手紙にも書いたよ」

「…………」

「でもまだ現実には自分の口で言ってないから、ちゃんと言っておこうと思って……」




 病室で再び交わされた約束が、正夢になった事を白兎が知るのは、また別の夢物語。



 夢鏡・完



読んでくれた優しい読者様ありがとうございます。


なろうサイトに登録して初作品ということで短い作品を書いてみました。

サイトの使用感、ルビや文字数、読んだ時の余韻なども試しながらとりあえず完結してみたと、そんな感じです。

少年が夢の中に鏡を見に行くだけの話なので読み応えとしてはお腹いっぱいにならない読者様もいらっしゃるかと思います。

それに関しては次に書く(現在進行中)作品でしっかり提供していけたらと思います。


なるべく中学生でも読みやすく、また何度も読み返したくなる、そんな作品を書いて……行きたいなぁ。さあ、がんばるべーっ


2014/10月 夢☆来渡

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