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菊地 裕也

どうも、らいとんです。

携帯向けの連載中に、短文が読みにくいとの声がありました。

PC等で読んでいる読者様には大変失礼を致しました。各話を合成して編集しました。一話役3000〜4000字平均になりました。

内容については変わってません。

よろしくお願いします。

 少年は自分の容姿に自信がなかった。だから今回の事故も仕方のない事だと受け入れた。


 昔からこれといって目立った事はない。極普通の、一般と呼ばれる家庭に生まれ、区内の学校に通い、くじ引きで当たった学級委員と二度目の飼育係をこなしている。

 ひとつだけ挙げるならば、同じクラスの桜井由香にフラレた事だろうか。

 誰にもバレないようにひそかに今年の年賀状に想いを綴り、勇気を振り絞った投函・書状内容は三日後、『ごめんなさい』の小文字と、ほのかな彼女の部屋の匂いと共に帰宅した。

 彼のひそかな勇気は見事に砕け散ったわけだが、カケラ達はしばらく一部女子の噂話のタネとなる。『ここだけのハナシ』と『アナタだけに』の枕詞は、人間の好奇心と守秘義務の崩壊をもたらす起爆剤だろうか。一週間もあればクラス全土に広まっているだろう事は、病室のベッドの上の彼にも予想はつく。

「しまったなぁ……」

 呟く少年。

 なぜ卒業する六年生になるまで待てなかったのか。あと一年もあるではないか。その間、事あるごとに引き出され冷やかされるのだろう。男子とは冷徹な生物だ。

 かくにも冬休みは明け、五年生最期の三学期も始まった矢先、彼は車に撥ねられた。




 少年の名は 菊地 裕也 といった。

 好きな授業は理科、図工に体育。中でも図画工作で絵を描くのは大の得意で格別に大好きだった。

「いまごろミンナなにしてるんだろうなぁ」

 溜息混じりに傍らの目覚まし時計を見る。

 二本の針は午前の11時15分を指している。

 今日は水曜日。

 時間割は国語/体育/図工/図工/給食/掃除。

 体育の後で図工がなんと二時限続き、さらに給食を食べてから帰りという夢のような時間割。

 唯一最初の国語だけガマンする必要があるが別に不得意ではないし、後に続く満ち足りた時間を思えば楽しくすら過ごせる。

 ちょうど今、四時限目の図工が始まった頃だろうか。


 自分は何をやってるんだろう……


 否応なく、また溜息が裕也の口から漏れる。

 それに応えるかのように


 コンコンッ


 ノックの音。病室のドアが開く。

 現れたのは淡いピンクの制服に身を包んだ女性の看護師だった。

 思わず身構える少年。疚しい事は何もないのだが、つい体が反応する。警察官でも同じ気分が味わえるがこちらはどことなく甘い匂いが感じられる。

 顔を朱らめた裕也に近寄り、

「気分はどう?痛いトコロとか無い?」

 笑顔で覗き込む。下を向く裕也の視界に、豊かな胸の膨らみと〈柊〉と書かれたネームプレートが映る。それがどうやら彼女の名前らしいが、残念な事にまだ裕也には読み取れなかった。

 大丈夫ですと言わんばかりにぶんぶん首を振る裕也。

 今は痛み止めの薬が効いているだけなのだがそれは彼の知る処ではない。頭も少しボーっとするがそれは寝起きの為だろうと思えた。

 柊看護師はその仕種に微笑みながら、

「じゃあ包帯替えるね」

 頭の包帯に手をかけ、仕事を始めた。

 裕也の身体は、

 今、あらゆる所を包帯に巻かれている。

 頭部から顔面は右眼を隠し、右肩、胸部、両手足には多数のスリ傷が見られる。もちろん事故によるものだ。痛々しいそれらを順に手早く交換していく柊。彼女が動く度に、優しく甘い空気は裕也の周りに増えていき、包み込む。そして、

「……」

 赤面する裕也。

 たまらず口を開く。

「あの……お母さんは……?」

 尋ねる。

 入院してからずっと付き添ってくれていた母の姿がない。

 いや、先程担当の先生と話があるからと言って出ていったのはわかっている。だが、思わず聞いてしまった。そして、

「今ね、お母さん……先生と大事なお話してるからチョット待ってようねー」

 思った通りの返答があった。




 予想に反した応えを返されたのは裕也の母・美代子であった。

「どういう事ですか!!」

 診察室の一角、声を荒げ、医師に詰め寄る。

「あの子の顔を、治しもしないで放っておくつもりですか!!」

 後ろで結っただけの髪。飾り気の無い質素な衣服。よく眠れていないのだろう、眼の下の隈が幾分彼女を歳老いて見せる。

 ただひとつ生きた眼光は鋭く、哀しみを含みながら自分とさほど歳の変わらない白衣の男性へと向けられている。

「奥さん落ち着いて下さい」

 極めて冷静な口調でなだめる担当医・江崎。

 そして看護師が美代子の手を取り椅子に座らせようとする。

 が、煥発入れずに腕を振りほどき、尚も母は詰め寄った。

「これが落ち着いて居られますか!あの子はまだ小学生なんですよ!それなのに顔中包帯巻いて……!学校なんか行かせられるわけないでしょう!?もしもイジメられたらどうするんですかっ!!?」

 激昂する美代子の口元はキッと結ばれ、もはや何を言おうとも全ての言葉を返すかのような静かなる勢いがあった。

 だが医師はさほど気にも留めず、いつもの事だとばかりに口を開いた。

「落ち着いて下さい、いいですか奥さん、治さないというわけではないんです。治すにも順序があり、それによって必要の無い手間をはぶきながらですね、治療の必要が無くなるかもしれない……そう、可能性のお話なんですよ」

「可能性……?」

 眉を寄せ、敵意に近い意識と共に美代子は直る。

 江崎医師はひとつ喉を唸らせ、言葉を続けた……


 医師の話を訳するとこうである。

 裕也の怪我の患部は非常に複雑で、今すぐに表面的な手術は出来ない。

 別の部分の回復を待ってから、表面的な手術に移る必要がある。

 裕也はまだ若い。その自己の持つ修復能力は時に計り知れないモノがある。

 今、表面の簡単な手術を施すのは見かけがましになったとしても、必要のない部分に一生消えない傷が残るだろう。しばらく時間を置き、傷がある程度癒えてからでも治療は可能だ。

 しかも今手術をすれば損傷部の大部分を切り取り、移植する必要もある。だが、時を置けばあるいはそれを50%……いや30%まで減らせる事が出来るかもしれない。


「……これは可能性の問題なのです」

 医師は説明を終えると再度同じ台詞を付け足した。

 美代子もこの説明には流石に反論はなかった。

 早く治したい。

 その思いは母だけではない、医師達も同じなのだ。

 今治す事ばかりに気を取られ、我が子の将来についてまったく見えていなかったのだと。美代子は困惑と心を打つ痛みを隠せなかった。


 別室……病室で窓の外を眺める裕也。彼の顔は、半分が裂傷で覆われている。




 病室で裕也は三度目の昼を迎えていた。

 昼食を下げに来た柊は空になったトレイを見て満足そうにひとつ頷きを打ち、手早く裕也の口周りを拭く。

「いつもエライぞ!残さずたくさん食べて、早く治さなきゃね」

 柊は枕元にある水瓶を手に取り、薬の用意をする。傷口の化膿止めと痛み止めだ。

 薬を片手にふと見ると裕也がしきりに手をモジモジさせている。両の手をスリ合わせ眉根を寄せて。

 柊がどうしたのかと尋ねると、

「手がかゆいの」

 と、裕也。

 食後はいつもそうなのだと言う。一時的に体温が上がる為だろうと後に医師は言ったがとにかく、両手の包帯をはずさないように柊は彼の両手をマッサージする。

「痛くない?あんまりかいちゃダメだからね」

 優しく言うと裕也は何度も頷きを返した。

「他になにかある?」

 尋ねる柊。

 ひと呼吸置いて、

「かお……」

 ポツリと裕也。

 柊も眉根を寄せた。困ったように確認する。

「かゆいの?」

 裕也はちがうちがうとブンブン首を振り、

「……顔が見たい」

 柊を驚かせた。

「鏡を見たいのね?」

 裕也は何度も頷いた。

「わかった。ちょっと待ってて」

 病室には手頃な鏡がなかった為、柊はナースステーションまで取りに戻った。またすぐに病室へ踵を返す。

 ベッドの上でおとなしく待つ少年の顔を映すと、包帯に巻かれた無表情が少年を見返した。

 ひと呼吸の後、



「顔、わかんないね」



 呟く裕也。

 柊は一瞬息の詰まる空気を避けるように、


「そんなことないよ」


 反射的に応えていた。元気付けようと言葉を続けながら先ほど用意していた薬を飲ませる。

「たくさん食べて、良い子にしてたらあっという間に治っちゃうんだから」

「ほんと?」

「もちろんっ」

「いつぐらい?一週間?」

「うーん……?」


 少年の純朴な質問に言葉が詰まる。


「今度一緒に江崎センセに聞いてみようか?」

「……」

 自己嫌悪に陥る柊を置いて、尚も裕也は呟いた。

「ずっとわかんないままだったら、みんな僕の顔忘れちゃうね」

 鏡を見つめる少年。

 再び息が詰まる刹那。

 その姿に弾かれるように柊は口を開いていた。

「裕也くん、〈夢鏡〉って知ってる?」



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