帰り道とスリ女
「あの! 昨日はありがとうございました」
「ん?」
大イナゴの討伐をした翌日、紅明へ戻ろうとしたところ声を掛けられた。
破損した鎧や武器を見るに彼ら3人は昨日俺たちの誰かに助けられた冒険者なのだろう。
彼らは見たところサラと同い歳くらい、まあ駆け出しといったところか。
俺たちは一瞬顔を見合わせたが誰も覚えがなさそうなので代表して俺が応えた。
「いや、気にするな。こっちも偶々余裕があっただけだ。礼のためにわざわざ?」
「あっ、いえ済みません。僕たちも町を出ようとしていたら見かけたものでつい」
「そうか。さっきも言ったが大したことはしてない気にするな。ところで俺たちは紅明まで行くんだが一緒にどうだ?」
「いいんですか! ありがとうございます」
街道は紅明に戻る冒険者が多いので心配することもないだろうが彼らの装備では何かあれば危険だろうと思い共に帰るのを提案した。
帰り道ではサラが自慢げに過去の冒険譚を披露していた。同年代の少年たちに賞賛の目を向けられるのが気持ちいいのか多少自分の活躍を盛ってはいたがまあ許容範囲だろう。
俺にも話を求められたので「少し説教臭い話になるが」と前置きを置いて俺自身や過去に見たほかの冒険者の失敗談を語った。意外にも彼らは真剣に話を聞いてくれたが一緒に聞いていたはずのサラとミゥは少し離れて別の話をしていた。一応お前らに聞かせる意味もあったんだがな。
道中何事もなく紅明についたので彼らとはここで別れる。
正直、彼らとはこのときだけの縁かと思っていたのだがとある事件で彼らとはまた関わることになるのだがそれは別の話。
翌日、俺はミゥと一緒に戦利品である魔石を売りに来ていた。
魔石はモンスターが魔力を溜め込む器官であるがこれに専門の付与魔術師が加工をすることによってマジックアイテムの発動キーになる。まあ技術のないものにとってはただの高く売れる石でしかない。
俺の持つ槍やマジックアイテムなどが魔力を与えると特殊な効果を発揮させるのはこの魔石が組み込まれているからだ。
「まいどありー」
持ち込んだ魔石はその量もあり結構な額で売れた。俺はその金で以前に破棄したっきりのコートと前回の戦いで損傷したミゥの鎧に丁度いいものがあったので新調したがそれでもまだ金貨が10枚ほど残った。
本当はフォルテの装備を揃えるつもりだったのだが彼女の服や防具はエルフ伝来の技術で作られていて見た目よりも高性能なため今回は見送った。
「確かにいい儲けにはなったな」
「ダイチ、なにか食べよ?」
はしゃぐミゥを連れて表通りを歩いていると少し後ろで突然「きゃっ!」という悲鳴とともにドサリと人が倒れたにしては重い音がした。
慌てて振り向くと女の子が倒れていた。俺の財布と思わしき皮袋を持って。
「ミゥ抑えろ、スリだ!」
「ガゥッ!」
「痛たっ! やっ、ちょっ放せ!」
俺の声に反応してミゥが躊躇なく少女に飛び掛る。少女はミゥよりも大きかったが体勢を立て直すことなくあっさり捕縛される。
ちなみに彼女が倒れたのは俺の財布が急に重くなったからだろう。俺の財布は対になるアイテムと一定距離にある間だけ重さを軽減するというマジックアイテムで盗難防止用に財布にしており盗人が財布だけ持って逃げるといきなり重くなるのだ。
俺は何度もやられるほど間抜けではない。値は張ったがスリ対策に買っておいたのが役に立ったようだ。
「さて、官憲に突き出してやるからな。覚悟しろよ」
「げ! いや~ちょっとした茶目っ気で……」
脅してはみるがこの世界、スリ程度では大した罰は受けない。
よっぽど悪質か常習犯でもなければせいぜい数日の無償奉仕で解放だ。それが判ってるのか憮然とした表情で大人しくしている。
変に暴れて刑罰を重くする気はないようで駆けつけた衛兵に意外すぎるほどあっさりついて行ってしまった。
「――というのが昨日の話でついさっき解放されたところなのよ」
その時のスリ女が俺たちの横で飯を食いながら話を続ける。
「で、なんでお前が俺たちの宿で飯を食ってるんだ」
「やーだからさっきも言った通り解放されたばかりでお金ないのよ。奢って?」
「なんで、お前にんな事してやる義理があるんだよ」
さっさと話を切り上げようとする俺に対し、彼女は意味ありげに一つの単語を告げた。ああ、ドヤ顔とはこういう顔のことを言うんだろう。
「そう? 私と知り合いになっておくと色々便利よ。大討伐の英雄さん」
「は?」
「一人でモンスター群の半数を殲滅し、中央戦線でひとりの死者も出さなかった戦いの立役者。今話題なのよ、あなたたち」
「話題ね、ギルドか? まさか軍ではないだろう?」
ここで言うギルドとは盗賊ギルド、ようは盗み・殺しなどを行う犯罪者やシーフ技能を持つ者の互助組織のことだ。情報屋を抱えていることが多くモグリのレベル屋なんかも大抵彼らが管理している。
知らないとでも思っていたのか驚いた顔で俺に返す。これが演技でないなら彼女は下っ端のほうなのだろう。
「……ギルドよ。よく分かったわね」
「酒場に寝泊りしてて入ってこない話題ってことはどっかの組織、それでスリの嬢ちゃんが関係ある組織なら国との2択だろ。で、そのギルドさんが何のご用で?」
「別に傘下に入れって言うわけじゃないわ。簡単に言えば『お友達』になりましょ、ってとこ。あなたたちのような『強い冒険者』さんとは仲良くなっておくに越したことはないもの」
なるほど。冒険者とは護衛や討伐でかち合うことが多いから面倒な相手とやりあうことは避けたいということか。
「もちろん『お願い』には相応のお礼もするし、あなたたちが何か情報を知りたい場合は私たちの情報網が役に立つわよ」
「断る、と言ったら?」
暗に仕掛けてくるようなら受けて立つ、という意味を込めて彼女に返すと彼女は店の外へ目線を動かす。どうやら外にいる上司と連絡をとっているようだ。どうやっているかは見当もつかないが。
「う、特に何もしないわ。ただし何かあっても教える義理もないわよ。そ、それに『お願い』って言っても無理なものは断ってもらっても構わないのよ。そんなに頻繁に頼みごとをするわけでもないし」
「しかし随分と必死だが何かノルマでもあるのか?」
そう聞くと彼女は再び店の外へ目線を動かしてから喋りだした。
「実は最初に会った日、ウチの上司があなたたちに接触をするはずだったのよ。それが……」
「それを知らないお前がちょっかい掛けて心象を悪くしたから責任を取って来たと」
「うう、末端にまで話しが回ってないんだからしょうがないじゃない…… 懐も寒かったし」
「にしてはお前、最初随分上からの物言いだったな」
「いや、だって普通そういえばビビッて言うこと聞くかなーって」
「部下が大変失礼を致しました」
「!」
突然、彼女の後ろに男が現われた。俺は彼が近づいてくるのに気付かなかったし黙って話を聞いていた仲間たちも同様だ。何より彼女が一番驚いている。
彼の見た目はどこにでもいそうな男、に見えるが年も若いのか老けているのか特徴らしい特徴も見えない。おそらく意図的に印象をぼやけさせているのだろう。
「ひゃあ! なんで……いきなり」
「失礼、私はジョーンズ、彼女……カーヤの監督役をしております」
そういやこいつ、名前も名乗ってなかったな。
「彼女が自信満々に『冒険者の協力を取り付けるなんて楽勝だ』などと申していたので任せて見ましたが彼女では荷が重いと判断しでしゃばってきた次第です」
「そんな、もうちょっとで『うん』って言ってくれるところでしたよ、ねえ」
「いや、特にデメリットもなさそうだし断ろうと思ってた」
「なんで!」
全身でショックを表現するカーヤ。
「いや、お前明らかに下っ端っぽかったからな、どこまで言ったことが守られるか分かったもんじゃない。仲間扱いされたあげく後になってから下っ端との約束など知らないと突っぱねられると面倒だ」
「ええ、そう言われると思いまして私が出てまいりました。改めて自己紹介させていただきます。皇都紅明唯一の盗賊ギルド『星の影』盗みの長ジョーンズです。お見知りおきを」
ジョーンズがハッキリとした口調で身分を明かすが周りの客がこちらを気にする様子はない。俺たちだけにしか聞こえないようにする術でもあるのだろうか。
「長ってことは」
「はい。『星の影』のNo.2を努めさせていただいています」
「随分と大物がこんなところまで」
「それだけあなたたちを重要視していると言うことです。私どもの条件は先程彼女の言った通りです。『お願い』といっても私どもの仕事に支障が出る依頼を受けないでいただければそれで結構です。いかがでしょう?」
「どうしても受けなければいけない場合は?」
「彼女かウチの連絡員に情報を寄こしていただければ悪いようには致しません」
「悪いようには、ねぇ」
仲間たちの方を見るとサラとフォルテは俺に任せるといった表情だ。ミゥは最初から話を聞いて居ない。
ガーフォークにいた頃は詰め所の衛兵と懇意だったため向こうが避けていたが、街で活動する以上ギルドに逆らっていいことは何もない。
犯罪の片棒を担がされるのは御免だが見て見ぬ振りをするくらいは止むを得ない。
まあ最悪この街から逃げれば済むことだ、連中の影響力は連絡手段の乏しいこの世界では街限定、仮に大きなギルドだったとしても隣町までがせいぜいだからな。
「ま、いいさ。けど俺たちにも譲れないことはあるぜ」
「一方的に言うことを聞かせられる関係ではないと承知しています。まずは話が出来る関係が構築出来たことを嬉しく思います。今後は何かあれば彼女に言っていただければ対処します。それでは失礼を」
そう言うとジョーンズの姿は掻き消えた。まさに一瞬目を離した隙に、と言う奴だ。
なかなか油断の出来ない相手のようで出来ることなら敵に回したくないね。
気持ちを切り替えてとりあえず部屋に戻ろうとすると非常にバツの悪そうな表情でカーヤが声を掛けてきた。
「あの、私のご飯代貸してくれない?」
「……」




