森の獣人
「謎の獣型モンスターねぇ……」
「そう、ただの調査でも銅貨5000枚! 倒せば危険度相応よ、これを受けましょ!」
いつもの詰め所でサラが熱心にある依頼を勧める。
それは南西の森付近で獣型モンスターに商人が荷物を奪われる事件が多発しているのでこれの調査・討伐をして欲しいというものだ。
相手は護衛がいても蹴散らして荷物を奪っていくらしく相当な強さを持っている、とある。
報酬はサラの言うように対象の詳細情報の確認で銅貨5000枚、あとは脅威度によって追加報酬が支払われ討伐の場合は最低でも金貨5枚は出るようだ。
まあ普段の収入が1回銅貨300枚くらいだから張り切るのは分かるけどな。
ちなみにこの王都ガーフォークでの一般市民の月収は金貨換算で15枚ほど、冒険者はピンキリだが最底辺でも銅貨1000~2000枚程度は稼いでいる。
大体銅貨1000枚あれば食うだけなら何とかなるしもう少し稼げば素泊まりの宿くらいは借りられる。
俺たちが泊まっている宿は荷物も預かってくれて1部屋月銅貨2000枚で契約してる。
食事も基本外食なので1回銅貨20枚くらいは出している。
俺の所持金が多いのは衛兵では危険なモンスター退治をほぼ一人で受けていたからで仲間が増えればその分収入は落ちることになる。
ついでに言うとこの国では基本金貨の物は金貨、銅貨の物は銅貨でしか買えない。
一応交換レートは金貨1枚が銅貨500枚程度ではあるが日々変動しているため両替屋くらいでしか交換してくれない。
また金貨や銅貨は一定枚数単位のインゴットが存在し、これは日本の硬貨と違って本当に10枚、100枚分の金や銅を使っている。
「危険じゃないか?(主にお前が) 商人や冒険者たちにも被害が出てるんだろ?」
「獣ごとき敵じゃないわ、だいたい死人も出てない程度なのよ、大した奴じゃないのよ」
確かにこの獣、立ち向かえば反撃してくるが基本的に食料を奪うとすぐに去ってしまうらしい。
ただ俺たちが死者第一号にならないとも限らないのだが。
しかし受付からも受けて欲しいと強く頼まれてこの依頼を受けることにした。
そうして昼過ぎ、俺は大量の食料を背負って南西の街道を歩いている。
依頼を取ったサラはいつもどおりの杖にコートで俺は鎧に大荷物、どこか釈然としない気持ちを抑えつつとぼとぼと歩いていく。
街道はいつぞやのヒドラ退治で入った森の中を通っており視界はあまり良くない。
そろそろ件の獣がよく現われるらしい場所につくようだ。
「そろそろだ、気をつけろよ」
俺が声を掛けるとサラは緊張した面持ちでコクンと頷く。
情報通りなら俺だけが狙われるはずだがだからといって気は抜いていない。
油断なく辺りを伺う彼女を見て俺も気合を入れ直す。
俺は気配を読むことは出来ないがそれでも神経を集中して少しでも周囲の変化を読み取ろうとする。
「うお!」
後ろで草の音がしたかと思って振り向けばもう目の前に何かがいる。
思わず槍を振るうが相手は後ろに飛びずさりあっさり避けられてしまう。
黒い獣、大きさの割りに身体に厚みがなくすばしっこい、こんな奴は確かに見たことがない。
「コイツが例の……」
「【エネルギーボルト】!」
俺が驚いているとサラが後ろから魔法の熱線を放つ。
が、奴は魔法と俺を飛び越えサラへと向かう。
「きゃあ~っ!」
危ない!
「【穿空】」
俺はロケットのように槍を体ごと突き出し空中の獣に飛び掛る。
獣も空中で起動を変えることはできずに身体を捻って直撃を避けようとずる。
「ん?」
獣の脇腹に突き刺した手ごたえがおかしい。
まるで中身がない。
だがそれよりもまずこいつをサラから離さなければならないため俺は木に叩きつけるべく獣を放り投げた。
その瞬間、革が裂ける音がして獣の中から白い何かが飛び出した。
「え、中が? 人?」
飛び出してきたのは小柄な人、のようにも見える何か。
って女の子だ、これ。
手足は獣みたいだし尻尾も生えておまけに頭に三角の獣耳もついているが女の子だ。
一瞬判らなかったのは背中側は白く長い毛に覆われていたからで、何で判ったかといえば飛び掛ってきた時に腹の方が見えるんだけどこっち側は何も生えてないの。真っ裸。
よく見りゃ落ちている元・黒い獣は熊の毛皮だ。
どうやらコイツが毛皮を着ていただけらしい。
「おい、言葉は解るか?」
ゆっくりと荷物を下ろしながら声を掛けてみるが唸りをあげこちらを警戒している。
油断できる相手でもなさそうだしこのままサラを連れて逃げようかと考えていると獣人は俺へ向かってきた。
「荷物のほうじゃないのかよ!」
話が違う、と思いつつも槍を振るい接近を許さない。
俺の槍を獣人が避け、獣人の攻撃を俺が槍でいなす。
この攻防が十分ほど続いた。
(なんて体力だ)
このままでは埒が明かないどころかジリ貧だと思い俺は一つ試してみる事にした。
もう何度目になるか判らない獣人の爪撃、これを槍で受け止めたその瞬間。
槍に魔力を送る。
「【着火】!」
槍先は瞬時に加熱され炎を灯し獣人の腕を焦がす。
俺は急な炎に体制を崩した獣人の胴へ槍の柄を叩きつけ起き上がってきたところで眼前に穂先を突きつける。
スライム対策で魔法効果を追加したのが役立ったな。
「大人しくしてくれ、できれば殺したくない」
獣人はこちらを暫し睨み続けたかと思うといきなり息を吐き出しゴロンと仰向けに寝転がった。
「うおっ!」
腹側は毛皮になってないので正直直視し辛いのだが目を離すわけにもいかない。
しかし先程までとは打って変わり敵意のない表情でこちらを見ている。
「ひょっとして降参したってことでいいのかな?」
槍先を獣人のほうから離すと起き上がって俺の足に身体を擦り付けてきた。
恐る恐る頭や喉を撫でてやると気持ち良さそうに目を細める。
「終わったの?」
後ろのほうから座り込んだ状態のサラが声を掛けてきた。
最初の攻撃からずっと腰が抜けてへたり込んでいたのだろう。
「見ての通りだ」
「は、はは、アンタ時間掛けすぎよ何度あたしが出張ろうと思ったか……」
そう言ってサラがこちらへ近づこうとした途端、獣人は唸りを上げてサラを威嚇しはじめた。
「ひゃあ!なによやる気!」
「腰抜かしながら言うなよ……。えと、君もその、なんだ、仲良く」
なんと言っていいか分からないのでとりあえず撫でて静める。
分かってくれたのか大人しくなってくれた。
さて、このあとどうしようか、このまま街に連れていくと確実に問題になりそうだ。
意思の疎通が図れればいいんだがそんな便利なものは……あっ、そうそう自分でしてるじゃないかコレ。
「ちょっとだけ大人しくしててくれよ」
そう声を掛けて俺は予備の翻訳チョーカーを荷物から出して獣人少女の首に着けた。