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Sin Prophecy  作者: mirror
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戦闘準備――『冒険家の嗜み《ダウジングソナー》』

珍しく連日投稿です

「ふぅ……」


 柔らかい、とはお世辞にも言えないがそれなりの堅さのベッドに体を投げ出し、一息つく。

 ここ数日、征伐軍の司令官補佐官として移動してきたが、このベッドの堅さにはなかなか慣れない。

 帝国と現在の野営地との正確な距離はわからない(地図を作成する技術が未発達なのか、縮尺が曖昧でわかりづらい)が、地図で見る限りはかなりの距離遠征してきたはずだ。正直、よくこのベッドで疲れがとれるものだと思う。

 いや、自覚は無いものの僕は副将軍相当の立場にある。ならば、他の兵士達はもっと酷い環境で寝泊りしているはずで……。


「だから、今日みたいなことも起こるわけか」


 東部諸国連合による略奪行為。

 武力による蹂躙、虐殺。それが当たり前だという現実。

 受け入れなくてはいけない。


「……ダメだ、寝よう」


 衝撃的な光景を思い出して、気分が悪くなってきた。

 幸い、魔力消費量がやや多い『自動索敵』を常時起動しているため、疲れは大きく、すぐにでも眠れそうだ。


「……、……!」


 ……。


「……!!」

「……! ……?」


 …………。


「……!?」

「…………」


 ………………。


「…………!!!」

「あぁーー、うるさい!」


 疲れに任せて眠りに落ちようとする(仮にも副将軍相当官の)僕を邪魔するとは許しがたい。

 これは多少言ってやらねばなるまい。

 テントから出て声のする方へと向かう。

 征伐軍に加入したばかりの時ならば我慢して寝ていただろうが、太くなっているのかもしれない。傾向としては悪くない。

 いや、図太くなったなら無視して寝てしまえとも思うが。


「……なんだ?」


 声のする方向に近づくにつれ、当然聞こえる声も大きくなってくる。

 内容まではわからないものの、聞こえている声は主に女性のものだ。女性の後に、男性が叫ぶような声を出している。

 これは……怒号だろうか。

 嫌な予感がする。

 自然と、速足になった。



 暗闇の陣営。その端に見える松明の明かり。

 初めて見た時には火の玉かと驚いた不安定な火の光も、今は気にならない。

 もはや、現場に走るようにして近づいていた。

 騒ぎが視認できる距離。『遠視』と似た魔法である『暗視(ナイトスコープ)』を起動することすら忘れて近づいたのは、女性の声が完全に悲鳴と化していたからだ。

 

「なにをやっているんですか!」

「っ! 誰だ!」


 松明がこちらに向けられる。

 暗闇に浮かび上がったのは帝国兵と思われる男が四人と、男の一人に腕を掴まれ、抵抗している女性が一人。


「司令官補佐のレイネートです。随分と騒いでいるようですが、何かあったのですか?」

「ル、ルーンマスター! どうしてこんなところに……」


 僕の顔はそれなりに軍内でも知られているらしい。

 断頭台から司令部補佐になった人間、それもこの世界では珍しいルーンマスターなのだから、当然と言えば当然だが。

 ちなみに、彼が驚いているのは、仮にも司令部所属で軍内での立場は名目上第三位の僕が、こんな陣営の端で寝ていたことだろう。

 本来僕に宛がわれたのは、作戦本部として利用されている建物の隣だったのだが、バルディオ副将軍が腹心の部下と思われる人物達と同じテントを使っており、驚くことに将軍と二人で通常より広めの幹部用テントを使うという配置だった。

 将軍曰く、「補佐なのだから常に一緒にいるのは当然」ということだが、上司とはいえ女性と同じテントで寝るほどの図太さは、まだまだ僕には無い。

 よって、『自動索敵』を使って奇襲にいち早く気付くため、という理由をつけて陣の端に逃げてきたのだ。


「助けてください! 私――」

「黙れ!」


 助けを求める女性の口を帝国兵が塞ぐ。

 以前ならともかく、今の僕には事情がある程度飲み込めた。


「……どういうことか、説明してもらえますか?」

「いや、これは……」

「別にいいでしょう」


 松明を向けた男は言い淀み、女性を捕えている男が前に出た。

 前に出た男の口元は、歪んだ笑いを浮かべていた。


「聞きましたよ。あなただって見たのでしょう、戦争の現実を? これだって、その一部ですよ。

 将軍達も黙認してくれています。どうせ、この娘にも帰る場所はすでに無い。これからは、我々に体を売るしか生きる方法は――うぐぁっ」


 最後まで言わせなかった。

 この男の言いようが、我慢ならなかった。

 気付けば、女性を捕えていた男を殴り飛ばしていた。


「貴様……!」

「おい、やめろ!」

「止めるな! 余所者が……殺してやる」


 先ほどまでは最低限の礼儀だけは装っていたが、仲間が殴られたせいか、敵意をむき出しにしている。『自動索敵』の光点も、明確な赤に変わっている。

 男から逃れた女性を背後に庇う。

 殴った右手が痛い。

 そういえば、初めて人を殴ったな、なんてことを思う。


「陣内で仲間殺しをやるつもりですか?」

「お前など仲間では無い!」

「そ、そうだ!」

「くそっ、知らねぇぞ」


 怒る男に同調して、周りも腰の剣を抜く。

 殴った男は、打ちどころでも悪かったのか起きてこない。

 術式記録帳から、『意識喪失』の術式を引っ張り出し魔法領域にセットする。

 後は、魔力を流し込むだけ、という段階で――


「何をやっている!!」


 ――寝ているはずの、将軍の叱声が飛んできた。


「何の騒ぎだ? 剣を抜いて向かい合うとは、穏やかではないが」

「あ、いえ、これは……あの」


 きまり悪そうに目を泳がせる男。僕との会話でも言い淀んでいた男だ。

 将軍には見られたくなかったのは全員のようで、剣を抜いていた三人ともがどうしていいかわからず、切っ先が宙を不自然に右往左往している。

 その様子を眺めていた視線が、僕と僕の後ろにいる女性に向けられた。


「何があった?」

「……就寝前に声が聞こえまして。俺に向けられたものではありませんでしたので、魔法ではどう判断していいかわからず、直接現場に向かいました。

 すると、この女性がそこで倒れている男に捕えられておりまして。略取されたものと考え救出したところ、このような状況になりました」

「ふむ、なるほどな」


 将軍は話を聞いて頷き、男達に向き直る。

 視線を受けた男達は、見てわかるほど狼狽していた。


「略奪は許可していないが?」

「いえ、略奪はしておりません! すでに連合に襲撃された村の生き残りで……そう、保護です! 我々は彼女を保護したのです」

「嘘です!!」


 いきなりの大声に飛び上がる。

 声の主は、僕の後ろから男達を睨みつける。


「村から逃げて、行き場のない私達を襲ってきたくせに! 生きるためには、皆も私を諦めるしかなかった!」

「逃げていた村人達から攫ってきたのか……」


 呆れるような声に、男達の顔は闇に浮かび上がりそうなほど蒼白になっている。

 確かに将軍の声はやや冷めているし、好ましい状況ではないのだろうが、怯えすぎではないだろうか。

 あるいは、将軍と兵の不和に関係があるのか。


「この女性は私が預かる。明日からは本格的に戦闘準備だ。気晴らしは他に何か考えてやるから、今日はもう休め」

「あの、処罰は……?」

「……今回はレイネートが止めたこともある。大目に見てやろう」


 あからさまにホッとした表情を浮かべる男達と、震える手で僕の服を掴む女性。

 将軍の判断には疑問もあるが、あまり大事にしても良くない。ここは、これで収めるのが最良なのだろう。


「いくぞ、レイネート。その女性をつれてこい」

「はい」


 女性は何も言わずについて来てくれた。僕の服を握りしめたまま。



 ランタンが灯され、テント内が白い光で照らされる。

 ルーンマスターが珍しい割に、こういった魔法で作られた道具はそれなりの数はあるらしい。

 といっても、この魔法のランタンがあるのは軍内でも一部の幹部だけだ。具体的には、六人いる千人隊長と将軍、副将軍、そして僕だ。他の兵士達が使っているのは、蝋燭を利用したものだ。

 このランタンの光はそれなりの明るさがあり、将軍が使っている広いテントでも十分に照らせる。


「さて……すまなかったな」

「ぇ……? あ、いえ……」


 僕の後ろについてテントに入ってきた女性が、か細い声で答える。

 すでに服を掴んでいた手は放してくれていたので、体を反転して彼女を改めて見る。


(なるほど、あの人達が攫ってきたのも頷ける)


 ややウェーブのかかった黒髪は肩を少し越すほどの長さで、艶もある。肌はやや煤で汚れているものの白く、ハリがあるように見える。

 だが、なによりスタイルがいい。

 胸は一般的な女性のそれと比べて随分と大きく、腰は細いせいでより主張されて見える。

 印象を一言でいうなら、「女性らしい女性」だろうか。

 金髪で短く切りそろえられ、いかにも軍人然とした将軍とは対照的な魅力がある。将軍は男性的なものも含んだ、圧倒的な存在感が魅力へと繋がっているが、この女性はどこか儚げで上品な雰囲気を纏っている。


「あの……」

「あ、はい」

「どうした?」

「私は、どうなるのでしょうか……?」


 伏し目がちに問う女性は、まだ怯えから解放されていない。

 長いまつ毛から唇、さらにその下に視線がいってしまいそうになり、自分が男であることを恨みそうになった。


「ふむ……レイネート」

「はい、将軍」

「お前、夜に行動は出来るか?」


 視線の失礼を指摘されるかと思ったが、予想外の質問がきた。

 夜の行動。『暗視』を使えば可能だが、何をするのだろうか。


「可能です」

「そうか。なら、この女性を仲間の所まで返してやれ」

「……!」


 女性がハッとした表情で顔を上げる。

 大きな黒目が僅かな期待を持ってこちらを見る。将軍や副将軍を始め、帝国の人間は青みがかった瞳の人が多い。黒髪ならば何名か見かけたが、黒い瞳は珍しく、それも男達の興味を誘ったのかもしれない。

 ……顔が上げられた衝撃で揺れたモノに目がいきそうになったのは、理性で押し留めた。


「同じ村から逃げ延びた人達の居場所はわかるか?」

「それは……」

「魔法を使って捜索します。非武装の集団が彼女の攫われた位置の周辺に居れば、村の人達だと判断できるでしょう」

「そうだな。では任せる」

「はい」


 将軍は僕の肩を軽く叩いて椅子に座った。もう仕事に戻るらしい。

 こんな夜更けにまで自分の仕事に励む将軍に頭を下げ、女性を促して外に出た。


「では、あなたが攫われたと思われる地点までお連れします」

「はい。……あの」

「はい?」

「ありがとう、ございます」

「――――」


 不意打ちだ。

 横から当てられた光に照らし出された彼女の顔は、微かな笑みを浮かべていた。

 一瞬、言葉を失うほどに"美しい"と感じてしまった。


「お礼は将軍に。俺では、助け出せたか怪しいですから」


 慌てて顔を逸らして平静を装う。

 顔を見ることが出来ない。

 そのまま立ち尽くすのもおかしいので、さっさと陣の外まで彼女を連れて行くことにした。



 耳が痛くなるほどの静寂。

 陣営近くの森が、彼女達が逃げ延びた場所らしく、ひとまずそこに入って村人の生き残りを探す。

 『暗視』の効力がかかった左目で暗い森を見渡す。

 『遠視』と効力のかかる目が違うのは、魔法の同時起動を行った場合に効果範囲が被ると、術式同士が干渉し、予期せぬ効果が発現してしまう可能性があるからだ。それに、魔法ごとに使用する身体部位は変えた方が、実際に魔法を行使するときに運用しやすくなる。

 丁度顔の位置に伸びている枝を折り、足元の大き目の石を足でどける。虫でもいたのか、微かに草をかき分けるような音が静寂の森に響く。

 左手を握る力が強くなる。


「大丈夫です。人間ではありませんから」


 安心させるために口に出して言っておく。

 彼女もわかってはいるのだろうが、やはり怖いものは怖いのだろう。

 服を掴んでついてきてくれてもいいと言ったのだが、はぐれたくないから、という理由で手を握ることになった。

 正直、あの微笑を見ているせいで心臓に良くない状況ではある。


「あの……ゴースト、でもありません、よね?」


 そんなのまでいるのだろうか、この世界には。

 いや、幽霊や心霊現象というのはむこうの世界にもあった。あくまで、人間の精神によって生み出された架空存在としてだが。彼女が言っているのも、そういった類だろう。


「違うと思いますよ」


 一応、声に出して否定しておく。この程度で不安が取り除けるならば言うべきだろう。

 手を握る力が弱まったことで、安心してくれたことがわかる。

 力の強弱で相手の心情がある程度わかってしまう、というのは初めての感覚だが、自分の心の内まで知られてしまうかと思うと気が気でない。

 『自動索敵』と『暗視』を併用して、全力で村人らしき集団を探した。


「ん……?」

「な、なんでしょうか?」


 足を止め、目を閉じる。

 僅かな光点反応がある。おそらく、眠っているか、微睡の中にいるせいだ。


「見つけたかもしれません――行きましょう」

「は、はい!」


 暫く反応のある方へ歩くと、何かを焼いたような臭いが漂ってきた。

 明かりのためか、寒さを凌ぐためかはわからないが、火でも起こしたのだろう。幸い、材料はあるのだから、火をつける手段さえあれば当然の行為だ。

 

「――誰だ!」


 『暗視』で人影が見える位置にまで来た時、集団の一人が飛び上がり声を上げた。

 その声に驚いたのか、他の人達も次々と起きだし、慌てて誰何の声を上げた男性のところへ集まった。

 光点が薄れていたせいでわかりづらかったが、かなりの人数がいたらしい。


「私よ、皆!」

「ナタリアか!? 無事だったのか!」


 彼女――ナタリアというらしい――が走り出し、村人達が迎え入れた。

 これで一安心、といったところか。


「どうやって逃げて来たんだ?」

「あの人が助けてくれたの。それで、ここまで連れてきてくれた」

「彼が……!?」


 驚くのは無理も無い。

 僕は今、この世界に転移してきた時の服では無く、軍から支給された一般兵用の平服を着ている。幹部用では、敵軍に狙われやすいという理由から将軍に頼んだのが、この服には当然、腕に帝国の紋章が描かれた腕章がついている。

 すでに『暗視』の魔法を使わずとも、夜に慣れた目なら互いを視認できる距離だ。連れ去ったのは帝国兵。連れ戻したのも帝国兵とあっては、混乱もする。


「――我が軍の兵が、失礼をいたしました」

「あんた、帝国の幹部か」

「……いえ、新兵です」


 そう言っておかなければ、この服を着ている意味が無い。

 どちらにせよ、新兵であることは本当だ。


「そうか……」

「お礼を言いいます……本当に、ありがとう。この子は、私の最後の家族なのです」


 初めに誰何の声を上げた男性の後ろから、老人が出てきた。ナタリアさんの祖父だろう。

 しかし……。


「お礼など……これも、我々が原因なのに」

「何をおっしゃいます。あなたは、孫を助けてくれた」


 村人達の光点が、赤の混じった警戒色から青へと変わっていく。

 

 

「おじいちゃん、この臭いって……」

「あぁ……火を焚いた。寒さで皆が死んでしまうよりは、と思うてな」

「そう……」

「すまんな。余計なことを思い出させて」

「ううん。また皆を失うよりはいいもの」


 どうしたのだろう。

 ナタリアさんはどうも臭いが気になっているらしいが、たき火の臭いがそんなに嫌いなのだろうか。


「あ――」


 そうだ。何故忘れていたんだ。

 彼女達は、故郷を焼かれているんだ。

 この世界では、家は木で作られていた。それが焼ける臭いは、記憶に新しいはずだ。

 思い出したのだ、あの惨劇を。

 僕が、当然だと思っていた行為は、彼等にとっては苦渋の決断によって断行されたものだったのだ。


「すいません……」

「何を謝るのです。あなたは何も悪くなど――」

「いいえ、俺にも責任があります。軍人である以上――この地域で戦争をする軍に所属している以上は」


 彼等には何の罪もなかった。

 ただ、軍と軍が争う場所の近くに住んでいただけ。

 いや、彼等が住んでいた地域を、帝国と連合が戦う場と決めたのだ。

 たったそれだけの理由で彼等の故郷は焼かれ、全てを奪われた。


「すいません……!」

「……頭を、上げてください」


 気付かない内に下げていた頭に、そっと触れる手。

 柔らかく、僕の頭を撫でていく。


「私は、あなたに助けられました。今は、それだけで十分です」


 顔を上げる。

 身勝手な涙で滲んだ視界に、あの微笑が映った。

 僕はもう一度、頭を下げた。



「無事、送り届けて来たか」

「……はい」


 将軍は、未だ煌々と明るいテントで地図を広げていた。


「将軍」

「なんだ?」

「勝ちましょう。勝って、この地から理不尽を排除してください」


 地図を難しい顔で睨んでいた将軍が、顔を上げる。


「どうした。心境の変化でもあったのか?」

「いつまでも甘いままではいられないと、そう思っただけです」

「そうか。軍人としては、その変化は喜ばしいことだな

 ……お前と同じ決意を、彼女のような民にさせんようにせねばな」

「はい!」



 心の準備は出来た。戦う理由もある。あとは――。


「戦う"手段"、か」


 未だに、僕の戦闘力不足という問題は解決していない。

 僕が起動できる術式で、直接人間に攻撃できるものは『意識喪失』だけだ。

 その『意識喪失』も、範囲は自分の周辺だけだし、兵と兵が入り乱れる戦闘には向かない。

 フィランツェ様のように、効果範囲を自在に操作できたり、超遠距離から起動できれば話は別だが、僕には真似の出来ない芸当だ。


「くそっ……こんなんじゃ……!」


 一晩経っても、彼女の消えてしまいそうな微笑ははっきりと覚えている。

 あの顔が、恐怖と苦痛に引きつるようなことにはしたくない。だが、そのための力が無い。

 歯痒かった。

 斯くなる上はと術式記録帳に記録されている術式を、根こそぎ引っ掻き回すようにして起動していっているのだが、戦争に使えそうなものは一つも無い。

 そもそも、『意識喪失』でさえ、魔導政府の規定を無視して術式を解読・構築していたのだ。他に攻撃用の魔法などあるはずもない。


「~~~! ……ん?」


 無為に精神を疲弊させてイラついていると、奇妙な術式を見つけた。

 『冒険家の嗜み(ダウジンソナー)』。

 魔導政府が世間に流布している生活の補助に利用する類のものではなく、ごく少数の術師が気まぐれ、あるいは道楽で作った娯楽用の魔法。

 術師の養成学校に通っていた時代に、講師として学校を訪れた自称冒険家に構築式を教えてもらい、友人と遊ぶために使っていたものだ。

 確か、地面に埋まっている金属や温泉なんかを掘り当てて一発当てるため、らしいのだが、金属が地面に埋まっていたのは遥か昔の話で、僕が生まれた時代には、すでにほぼ全てが掘り出された後だったはずだ。温泉に関しては、極東の一部地域にしか存在しない。

 こう考えると、一体どこを何の目的で冒険していたのかつくづく胡散臭い人だったが、この魔法自体は――隠された残念な点数の答案用紙や、女生徒が埋めたまじない用の金属類などを見つけるというくだらない用途では――楽しめた。


「懐かしいな」


 友人とバカ騒ぎしていた時の生温い思い出に、頬が緩む。

 丁度煮詰まっていたところだ。気分転換に起動してみようか。


「術式展開――『冒険家の嗜み』」


 魔法領域の『自動索敵』は予め切っておく。癪な話ではあるが、『自動索敵』の術式には『統一言語』以外にも、このふざけているとしか言い様の無いお遊び術式の「魔法領域内に簡易マップを作成する」という形式を流用している。そのため、術式の効果範囲重複が起こり得る。

 危険性は少しでも少ない方がいい。


「なんだ、これ……!?」


 軽い気持ちで起動した娯楽用魔法『冒険家の嗜み』。

 その起動によって得られた簡易マップには、地面の下の構造が色の濃淡と形状で示される。

 学生の頃は深く考えず使っていたので、ほとんど同じ色の地中に、少しだけ違う色が混じっていれば異物、つまり何かが埋まっていると考えて使っていた。

 そして、今見える光景は――。


「空洞!?」


 陣営の真下に、真っ白な空間がある。

 地面は通常、黒に近い色で示されるはずだから、この白は空洞になるはずだ。

 この魔法は上と横の両面からマップを作成するので、作成者でもない限りはうまく地形を把握できないが、異常な空間があるということはわかる。

 これは――地下坑道、ということになるだろうか。


「使える、か?」


 この坑道は随分と長く続いているように見える。おそらくは、戦場までも。


「これを調べる必要があるかもしれない。だけど、どうやって……?」

「失礼します、補佐官! いらっしゃるでしょうか!」


 テントの外から声がする。

 慌てて術式を解除し、『自動索敵』を再起動して外に出ると、若い青年兵が立っていた。


「どうしました?」

「は! 補佐官に客人か来ております!」

「客?」


 この世界に知り合いなどいないはずだが。

 とはいえ、自分に用があると言っているのだから会ってみるべきだろう。

 


 青年兵に案内されたのは、作戦本部だった。

 声をかけると将軍から入室の許可が返ってきたので、敬礼をして去る青年兵に礼を言ってから中へと入る。


「来たかレイネート」

「昨晩は、お世話になりました」


 笑顔で迎える将軍と、頭を下げる女性――ナタリアさん。


「この女性と、イル村の人達がな、お前に協力したいらしい」


 「お前に」の部分を強調する将軍。それはつまり、軍では無く僕個人に対して、という意味か。

 だが、これは僥倖だ。最高のタイミングといえる。


「昨日の今日で協力とは、図々しいと思われるかもしれませんが……」

「とんでもございません。

 昨晩、村の皆と話し合ったのです。あなたならば、信用できるのはないか、と。

 私の祖父は村長でした。私も、あなたにお礼がしたい。ご迷惑でなければ、なんなりとお申し付けください」


 彼女に感じたどこか上品な雰囲気は、村長の孫として教育を受けて来たからか。

 昨日の今日では、帝国兵に会うだけでも恐ろしかっただろうに、わざわざ来てくれた。

 少しだけ、救われた気分だ。


「お願いが、あります」

「はい」

「この地域の、地下坑道について教えてほしい」



 それから数日は、怒涛のようだった。

 イル村の生き残りである村人達全員に協力してもらい、斥候と護衛の兵を含めた八部隊を編成。元は鉱物資源があったという地下坑道と、井戸水として利用していたという水脈を探して地図へと書き込んでいく。

 戦場にまでそれらが繋がっていることを確認した後は、将軍にとある作戦を具申。僕が指揮をとるという条件で承認された。

 それと、もう一つ。帝国領側にあるそれなりに大きな街、という条件で下級兵に頼み事もしておいた。

 頼み事は、地下坑道の位置把握と仕込みがほぼ終わったあとに陣営へ来てくれた。


「補佐官、要請にありました人員、取り急ぎ百名ほどですが連れてきました」

「うん、ありがとう」


 陣営に来たのは数十台にも及ぶ馬車。

 この馬車に乗っているのは、正直苦手な人種なので関わりたくはないのだが、発案者である以上はそうもいかない。

 連合との戦闘に用いる作戦と共に上申しておいた施策。

 あくまで試験的な導入だが、うまくいけば軍内での勝手な略奪行為は減らすことが出来る。


「アンタが責任者かい?」


 先頭の馬車から始めに降りてきたのは、肌に張り付くようになっている扇情的なドレスを着た女性。スラリとした足が、スリットから覗いている。


「はい。将軍補佐官のレイネートと言います」

「アタシはカーチスってんだ。よろしくねぇ」


 金属製のパイプを加えた年上の女性は、その魅力を全身全霊で振り撒いている。

 まったくもって苦手な人種だ。


「お話はお聞きになっているかと思いますが」

「随分と腰の低い軍人さんだねぇ……。

 安心しな、皆納得ずくさ。お前達、降りてきな! 仕事だよ!」


 号令の後、馬車から続々とカーチスさんと似たようなドレスを着た女性達が降りてくる。

 全員が独特の色気を発しており、何事かと集まった兵士達を誘惑している。

 彼女達は娼婦。

 色事を仕事とする女性達を、街から連れてきてもらったのだ。


「帝国兵に告ぐ! この軍では略奪も、強姦も許されてはいない!

 だが、押さえつけられてばかりでは如何に帝国と将軍に忠誠を誓った諸君でも精神が参ってしまうだろう。

 よって、街の娼館に協力を要請した! いつでも引っ切り無しに、というわけにはいかないが、士気を高めるという条件の下に、彼女達による士気高揚の手助けを受けることを許可する!」


 呆けたように立ち作る兵。

 もうひと押ししておいた方がいいだろう。


「……今回は将軍の好意により、階級の高いものから順にだが、無料で手助けを受けて良い――料金は将軍が持つ」


 暫く、何を言われたかわからないといった感じだった。

 もう少し直接的な表現に変えようかとも思った直後、兵士達から大きな歓声が上がった。


「いいのか? 料金はお前も半分もつのだろう?」

「来ていたのですか。……かまいせん。発案者は俺ですし、今は将軍の下に軍が結束を固めることが重要です」

「仮初のものだ。長くは保てないぞ」

「壊れる前に、本当のものとしてください」


 カラッとした笑いを上げる将軍。

 そのせいで周囲の兵に気付かれ、感謝の言葉を述べる兵士に囲まれてしまっている。


「これで、今回の戦いまではもつ」


 とはいえ、将軍の言うとおり長くは耐えられないだろう。

 略奪も強姦も、ただ物欲や性欲だけでなく、征服欲を満たすためのものでもある。

 彼女達はあくまで大口の商売先として来てくれている。征服欲まで満たすのは難しい。

 そちらに関しては、解決策は無いかもしれない。今後の問題、といったところか。


「レイネート様」

「あぁ、ナタリアさん。

 坑道の調査は終わりました。あとは連合との戦いのみです。

 これまでは俺の魔法と工作部隊によって戦闘の開始を長引かせていましたが、もうそれもありません。じきに戦いが始まるでしょう。

 このような方法を採用した以上、軍にももう居ない方がいい。帰る場所はまだご用意できませんが、必ず取り戻します、だから――」


 言葉は、途中で紡げなくなってしまった。

 頬に感じた柔らかな感触。

 一瞬のことで、何が何だかわからなかった――などとは言わない。

 一瞬でもわかる。あれは、ナタリアさんの――。


「ご武運を、お祈りしております」

「――はい!」


 準備は整った。

 あとは、勝つだけだ。

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