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Sin Prophecy  作者: mirror
3/47

決意――『試験術式《テスターコード》』

8/18 タイトルが予定と違っていたので、修正しました

「うっ……また、か……」


 二度目の覚醒。

 二度とも、外部要因によって強制的に意識を失わされたため、目が覚めた時の気分がよくない。むしろ非常に悪い。


「おう、目が覚めたか」


 突然かけられた声に驚いて飛び起きる。

 急に力を入れたせいか、殴打された(はず。よく覚えていない)背中から首にかけての筋肉に激痛が走る。


「無理すんな、ヒョロいくせによ」


 からかうような声は、目の前に座り込んだ男性から発せられている。

 傷だらけながら、鍛え上げられた肉体。筋骨隆々という言葉がよく似合うが、やや粗野にも見える男性の手足には鎖が繋がれている。

 繋がれた鎖は男性の手足から壁まで伸び、コーティングでも施されているのか、鈍く輝く黒い岩盤に突き刺さるようにして繋がっている。


「あなたは……?」

「お前と同じ、捕虜だ」


 同じ……? つまり、僕は捕虜として捕えられた、と?

 詳しく話を聞くために座ろうとして、自分の足が何かに引っ張られた。


「鎖……」


 男性と同じように壁から伸びる鎖が、両足を拘束していた。


「状況は理解したか?」

「はい……」

「なら、こっからは相談だ――脱走するために協力する気はないか?」


 脱走。それは、この世界ではどれほど困難なことなのか。少なくとも、イグナシルでは不可能と言って差し支えないほど低い確率だった。

 それでも、話は聞いてみようと思った。

 捕虜として捕えられた、ということはわかったが、そもそも軍人でない僕が「捕虜」となることはおかしい。僕を捕えた軍と交渉する材料くらいは得られるかもしれない。


「お前、どこの国の間諜だ? 『封じの鎖』を使われてるってことは、ルーンマスターなんだろ?」


 僕が繋がれている鎖は『封じの鎖』というらしい。良く見てみると、男性の鎖より僅かに赤い。

 この鎖は名前からして、魔法の使用を抑制するものだろう。

 試しに魔法を使ってみる。術式記録帳に保存されている多数の術式から、一つを選んで魔力を流し込む。


「使えた……?」

「なに!?」


 選んだ魔法は、『遠視』。

 魔力を流し込んだ術式は滞りなく起動し、設定されたとおりに右目に倍率変更のエフェクトをかける。

 薄暗いとはいえ、微かに発光している魔法のエフェクトは男性にも見えるのだろう。驚いたように声をあげて固まっている。


「お前、『封じの鎖』があっても魔法が使えるのか?」

「そう、みたいですね」


 この『封じの鎖』は、男性の反応から見るに術師には絶対の力を持つものなのだろう。だが、異世界の人間には対応していないのか、あるいは別の原因で効力が無効化されているのか、僕には効かないらしい。


「そいつは好都合だ。悪いが、俺の鎖をぶっ壊してくれ」


 自分の両手足を縛る鎖を持ち上げて笑う。僕が鎖を壊せるということに疑いをもっていないのだろう。

 だけど、僕はその期待に応えることが出来ない。


「無理、です」

「あ、なんでだ? 悪いようにはしねぇ。お前が逃げるときに手助けもしてやるし、一生恩に着る」

「無理なんです」

「そんなこと言わねぇで頼む! 時間がねぇんだ!」

「無理なんですよ! 僕は――物質を破壊するための魔法を使えないんです!」


 絶句する男性。未だ国同士が争う戦争状態のこの世界では、魔法とは戦闘のためのものなのだろう。

 イグナシルは違う。

 魔法が世間に浸透したのは魔導政府がその技術体系を世界中に流布したからだ。その時点ですでに国々は統一されており、一部を除き、魔法は生活補助のためだけに作られている。

 よって、イグナシルの術師――こちらではルーンマスターと呼ぶみたいだ――は、魔法による直接攻撃方法を持たない。


「鎖すら壊せないって……じゃあ、お前の魔法は何が出来るんだ?」

「今起動している『遠視』のように、人間の能力を拡張するものばかりです」


 男性が不自由な手で頭を掻きむしる。

 一度希望が見えてしまうと、人間はどうしてもそれにすがってしまう。そして、希望に裏切られてしまえば、必要以上の絶望を味わう。

 お互いの間に流れる空気は、目を覚ました頃よりも沈鬱なものになっていた。



 暫くの間、二人とも言葉を発しなかった。

 男性は何か考え込んでいる様子だったが、僕は考えることすら出来なかった。

 身に覚えのない罪、知らない世界、そして投獄。

 男性が黙り始めてから、自分のいる場所を『遠視』の魔法で確認してみた。

 『遠視』があまり得意ではない僕の術式は、高位術師のように壁の透過までは組み込めていない。それでも、薄暗い周囲を見渡すくらいは出来る。

 見渡した空間は、一言で言うなら「牢屋」だ。それも、不衛生で古臭い、地面に穴を掘って作ったような粗雑な空間を利用したもの。これもまた、イグナシルでは廃れたものだ。

 イグナシルでの牢は、純白の石である白鉱石を使って魔法工師によって造られる、一面白の明るい空間だ。衛星面も整えられている。

 向こうで初めて牢を見たときは、「視察」という形で外から見ていた。

 それが、今は中で鎖に繋がれている。


「帰りたい……」


 つい口に出してしまった気持ち。

 まだ罪人とされていなかった頃の、輝かしい未来が待っていたはずの自分の姿を、連鎖的に思い出す。

 背中を向けていた男性の肩が、ピクリと動く。

 僕はといえば、口に出してしまった気持ちが堰を切ったように溢れ出し、今にも泣いてしまいそうだった。

 この状況も、元をただせばあの予言が原因だ。

 たった一人の男が言った、確認のとれない未来の罪で異世界にまで飛ばされた。

 そのせいで、今は捕えられて本当の罪人扱いだ。


「帰りたい……!」


 湧き上がった悔しさに歯噛みしながら、言葉を絞り出す。

 心の底からの願い。 

 郷愁なんて生温いものじゃない、渇望とでも言うべき激情。

 自分の心が、何か別のモノにでもなってしまいそうだった。



 何時間経ったのか、空腹と渇きが無視出来ないレベルに達し始めた時、足音がした。

 牢を構成する岩盤に反響する金属音。

 程なく、鎧を着込んだ兵士が二人、牢までやってきた。


「時間だ。覚悟は出来ているな」

「ま、待て! まだ三日はあるはずだぞ!」

「予定が早まった。来い」


 焦る男性と、どこまでも平淡な口調の兵士。

 兵士は、二人がかりで男性を牢屋から引きずり出す。鎖を外されている間は暴れていたものの、新たに手枷をかけられた後は諦めたような表情で大人しく連行されていった。

 連れ去られた男性は、一度だけこちらに視線を向けたが、その目に生気は宿っていなかった。



 牢に来た内、一人は男性を連行していったがもう一人はこの場に残って立っている。

 監視、だろうか?


「あの」

「…………」


 返事は無い。


「彼は、どうなるんですか?」

「……すぐにわかる」


 抑揚の無い声。イグナシルにあった、人型の作業機構のようだ。

 だけど――質問の答えだけはわかったような気がして、その先を考えることを止めた。

 そのまま無言でいると、さっき男性を連行した兵士が戻ってきた。


「次だ。連れてこい」


 待機していた兵士が、指示を受けて牢に入ってくる。

 何の感情も無く、僕の鎖を壁から取り外されていく。

 心臓の鼓動が激しくなっていく。想像しかけた男性の末路が、頭の中で呼び起される。


「立て」


 兵士に脇を持たれて立たされる。

 鎖は僕の両足を縛る形に付けなおされている。

 そのまま、二人の兵士に挟まれて牢屋を出た。



「うっ!」


 陽光が目を刺す。どうもこの世界の陽光はイグナシルより強い気がする。

 視界がハッキリとしないまま、階段のようなものを上らされる。

 おぼつかない足取りで上りきると、自分に向けられる多数の視線に気づいた。

 薄暗い洞穴のような場所にあった牢屋。そこから出てすぐにある謎の階段。そして、向けられる大勢の視線。

 嫌な想像が脳内を巡る。


「そこに立っていろ」


 僕を連行してきた兵士が、階段を下りていく。

 一人置いて行かれ、少しでも状況を把握しようと目を瞬く。

 少しずつ、陽光でやられた視界が回復していく。

 そうして見えた景色は――。


「嘘、だ」


 見渡す限りの兵、兵、兵。

 それぞれが槍を持って整然と構えた兵士が、目算で約千。その全てが、高台に立つ僕を見ていた。

 哀れな獲物を見るような目で。あるいは、怨敵を射殺す呪詛を込めて。

 経験の無い威容に、足がよろける。

 ――ピチャリ、と。水たまりのようなものに足を踏み込んだ。


「――――」


 それが何なのか、僕はもうわかっている。

 高台の左右には階段が備え付けられ、兵士がそれぞれ二人ずつ立っている。その手には、眼前に並ぶ兵士とは違い、大振りの剣。

 剣なんて、直接見たことは無かった。

 昔見た旧世代の子供向けアニメで、現実には発展の見込みすら無い科学で作られたという設定の大型機械が、冗談のような速度で振り回し、敵をなぎ倒していた。

 そんな、現実味の無い武器がそこにある。用途は、考えるまでも無いだろう。

 心の中では見てはいけないと拒否しているのに、僕は目線を下に落とし――ボールのような、丸い肉塊を見た。


「――、――!」


 声にならない悲鳴が出る。

 込み上げる吐き気を抑えるために、慌てて口を手で押さえる。


(殺したんだ……。あの男性を、捕虜なのに)


 魔導政府が生まれる前、まだ国同士が争っている時代にはイグナシルにも「捕虜」と呼ばれる人達はいた。

 主に戦いに敗れ、降伏した人たちを交渉の材料に捕えておく。だがそこには、「殺さない」という暗黙の了解があった。

 この世界には、それが無い。

 必要が無いのか、それともこの軍が特殊なのか。

 どちらにせよ、捕虜であろうと殺される。それが事実だ。

 そして――それは僕も同じ。


「さて、どうやら状況は理解したな」


 高台――いや、断頭台のすぐ下。僕の足元から声がした。

 それは、意外なことに女性の声だ。ただし、僕の知っている穏やかなものではなく、不可視の力が籠ったよく通る強い声。

 震えて力の入らない体をそのままに、目線だけで声のする方を見る。


「一応、自己紹介をしておこうか」


 女性は、腰に帯びていた大剣を抜き、目の前の地面に突き刺す。そのまま身の丈に合わない愛剣に手を添えて、姿勢良く僕を見上げた。


「私はこの軍、アーシュタット帝国東方征伐軍総司令官、アーシェ・バロン。階級は将軍になる」


 ちなみに軍部で上から四番目の階級だ、とウインクでもしそうなテンションで自己紹介を終える女性。

 あまりにも場違いだ。

 彼女の明るさは、僕の恐怖を晴らすには絶対的に力不足。どころか、その余裕がむしろ恐怖を増幅させる。


「さて、お前の所属、目的、名前を聞こうか」


 真正面から僕を見据える、将軍を自称する女性、アーシェ・バロン。

 言葉にも、視線にも、悪意は欠片も見えない。

 だが、ここに転がっている首は、間違いなく彼女の指令によって斬り落とされたものだろう。

 おそらくは彼にしたものと同じ質問。それを受けて、僕がどう返答するのかを彼女は見ている。――その結果、僕は彼と同じ運命を辿るかもしれない。


(落ち着け……落ち着け……!)


 必死に唱え続ける。

 これは、威嚇だ。些か度を過ぎているようにも思えるが、目的としては同じだろう。

 彼は、僕よりも前から捕えられていた。本当に他国のスパイだったのだろう。

 だけど、彼は国の情報を漏らさなかった。それに、この軍は焦れた。彼が生前言っていた「時間が無い」とは、彼女達の提示した最終期限のこと。それに加え、彼は「まだ三日ある」とも言っていた。つまり、期限を早めた。

 早めた理由は……? 考えるまでも無い。――僕だ。


「どうした、答えられないか?」


 彼女には、攻撃の意思はないだろう。たとえこのまま「答えなければ」殺すつもりでも、今はまだ「答えるかもしれない」のだから。

 それでも、急かすような言葉は、立場の弱い側からすれば追い込まれるには十分だ。

 これが、軍のやり方。

 数の優位も、立場による精神状態の差も、武力ですら、全て道具として扱い、利を得る。

 僕よりも先に彼を連れ出し、期限を早めて尋問し、殺す。

 そのまま放置したのは、僕に対する脅しのため。僕がいなければ、彼はあと三日程度であっても生き残れた。脱走も、出来たのかもしれない。


「やっと、わかった」

「ん?」


 アーシェ・バロンの怪訝そうな顔。それも、無視してしまえ。

 もう、気付いたんだ。理解したんだ。

 僕はもう……。


「イグナシルには、帰れない」

「イグナシル? 聞いたことの無い名だが、それがお前の仕えている国か?」


 違う。僕が居た世界だ。

 でももう、それも違う。

 この世界はあまりにもイグナシルと違いすぎる。

 それに、元より戻れるはずなんてなかったんだ。

 だから、僕は――。


「下がれ」

「……なんだと?」

「下がれと言った」


 突然の高圧的な言葉に、アーシェ・バロンの顔が険しくなる。だが、まだ彼女は僕を脅威には思っていない。せいぜい、死にかけの人間の、最後の矜持程度に思っているだろう。

 もっとだ。この程度では足りない。一度作り上げられた立場は、そう簡単には覆らない。

 だから僕は……いや、そんな一人称ではダメだ。今からは――


俺は(・・)、ルーンマスターだ」


 素早く、術式記録帳へと意識を向けて、求めた術式を取り出す。


「術式展開――試験術式(テスターコード)


 術式記録帳内でも、魔法領域でもなく、体外で行う術式展開。

 それは、イグナシル流の魔法を知らないこの世界の人間には、未知の脅威になるはずだ。


「! 全員下がれ!」

「総員退避! 敵魔法の想定領域外にて戦闘準備!」


 将軍の命令を副官らしき男が後方に伝える。


「くそっ! なんで『封じの鎖』が効かないんだ!」

「だからあんな古臭い骨董品なんて使わずに殺しておけば良かったんだ……!」


 口々に叫ぶ兵士達。阿鼻叫喚。


(これでいい、これで)


 魔力を流し込み、僕の体を守るようにして展開された巨大な術式は、僅かに発光して敵を威圧する。

 『試験術式』。

 名前そのままの、試験のためだけに使われる術式。

 その効力は、術式に流し込まれた魔力を効率よく循環させ、いかに損失無く自らの体内に戻せるかという、術式の構成力と魔力の総量を図るための術式。

 学生時代に構築した埃の被った術式は、滞りなく展開・起動し、魔力効率99.8%の好成績で回っている。

 ただ、それだけのこと。


「でも、貴方たちにはそれがわからない」


 呟いた声は、聞こえていないだろう。

 今や軍全体が僕を警戒し、槍を構え、剣を抜き、弓の狙いを定めている。

 ――これでいい。


「武器を下ろせ」

「断る」


 僕の命令を、にべも無く断る女将軍。

 ただ一人、最初の立ち位置から一切動かずに僕を睨み続けている。

 その胆力は、賞賛に値する。しかも、彼女の行動を誰も咎めない。


「信頼、されているんですね」

「……そうだな。ありがたいことだ」


 勇猛な戦士を前に、強気な態度を崩しそうになる。

 口調も、元のまま。いや、これはそう簡単には変えられない。

 今は一人称だけで十分だ。これから少しずつ変えていけばいい。


「交渉するつもりはありますか?」

「交渉? ……言ってみろ」


 引き出した。白紙の契約書を。

 あとは条件を書き加えていくだけ。


(焦るな、落ち着け)


 最後の深呼吸。相手に気取られぬよう、静かに行う。

 さぁ、あとは言うだけだ。

 作り上げろ、この世界における「(おれ)」の存在を。


「俺を軍に入れてください。それが、俺の要求です」


 絶句する女将軍。周りの兵士達も、自分の耳を疑うように目を丸くしている。

 それほど、驚くことだろうか? ……驚くことなのかもしれない、この世界では。


(なら、それに順応していってやる)


 それが「常識」というのなら覚えよう。

 それが「絶対」というのなら従おう。

 

 僕は……俺は――この世界で生きていく。

ここから物語は本番に入る感じです

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