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Sin Prophecy  作者: mirror
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異世界――『共通言語《マスターワード》』

 ――瞼が重い。

 刈り取られ、四散した意識は回復しつつある。

 それでも、なかなか目を開けられない。

 無理に体を起こそうとして――持ち上げた頭が揺れた。


「うっ……つぅ」


 数時間脳がシェイクされたような、平衡感覚も何もかもがグチャグチャに混ぜ合わされた気持ち悪さが襲ってくる。

 余りの気分の悪さに、腕から力が抜ける。

 今にも吐きそうになったので、起き上がろうと足掻くのを止める。


「どこ、なんだ……ここ……?」


 動かせない体の代わりに、僅かに開いた目に映ったのは、視界を覆い尽くすような緑。

 地面から生える緑の繊毛。それが何かを考えるには、もう少し時間を要する。


「でも……イグナシルじゃ、ない」


 生まれ育った世界には、もうこんな自然な緑は残っていない。自然植物という概念自体、歴史の教科書に載っているほどに古い、失われたものの一つだ。

 それが、別の世界へと来たという事実を否応なく突きつけてくる。


「っ……」


 少し体が軽くなった。

 頭蓋の中で転げまわっていた(と錯覚するほど揺れていた)脳も、ようやく落ち着いてくれたみたいだ。

 ゆっくりと、元に戻りきっていない脳を刺激しないように体を起こす。


「すごい……」


 上半身を起こし、座り込む形になって一息ついた。

 頭を上げ、視界に広がったものはいわゆる「草原」だった。

 自然植物が消え、一部のモノ好きが作った科学植物と、プラント研究を主に行う術師達の魔法植物ばかりになったイグナシルでは、見ることの出来ない光景。

 物語や、歴史書の色褪せたフォトグラフでしか見ることの出来なくなった景色が、今目の前に広がっている。


「こんなものを見ることが出来るなんて……」


 少しだけ、救われた気がした。

 罪人として、身に覚えのあるはずもない未来の罪を背負わされ、存在は確認されていても誰も本当の姿を知らない異世界に飛ばされて、初めに目にしたのは感動すら覚える一面の緑。

 ともすれば、この世界に来たことを喜んでしまいそうになって、そんな考えを振り払う。


(違う……! 僕は、こんなことを望んでなんかいない!)


 首を振り過ぎて脳震盪が再発しかけた時、視界の端に何かが映る。


「土煙……? まさか!?」


 まだ本調子には程遠い体に鞭打ち、慌てて立ち上がる。

 目を凝らして見た先には、大昔の兵法書に書かれたような(現代では)奇異な集団が映る。


「術式展開――『遠視(スコープアイ)』」


 考えの纏まらない頭で展開省略は危険だと判断し、わざわざ体内の魔法領域に術式を展開し、丁寧に魔力を流し込む。

 予め式に設定された右目に効力が現れ、視力が倍率変更で強化される。

 邪魔になる左目を閉じ、右目だけで遠方で動く集団を見る。


「馬――騎馬隊、か」


 重そうな鎧に身を包んだ男達が、馬に乗って編隊を組んでいる。

 物理防御のみを考えた重鎧も、自然生物の馬に乗っての編隊行軍も、イグナシルでは数百年前から見なくなったものだ。

 こちらに気付いているのか、真っ直ぐに向かってくる集団はその速度を増していく。

 『遠視』の魔法を切って、その場に立ち尽くす。

 向こうが気付いているのなら、隠れるのは無意味だ。そもそも、こんな草原では隠れるための場所も障害物も無い。

 唯一隠れるとすれば、体を地面に伏せて足元の背の高い植物に身を隠すくらいだが、集団の規模はそれなりに大きい。仮に気付いていなくとも、下手をすれば踏み潰される。

 結局、少々間抜けながら、突っ立ったまま大人しく待つことにした。



 お互いが肉眼で見ることの出来る距離になった頃、戦闘を走っていた騎馬が速度を上げて単独で近づいてきた。

 瞬く間に目の前に来た兵士(確信は無いが、装備から見てそう判断した)が、馬上から声をかけてくる。


「××××!」

「え?」


 言葉がわからなかった。

 考えてみれば当然だ。僕と彼は、全く別の世界の住人なんだから。

 驚いたのは、イグナシルに居た頃は常時発動していた『共通言語』の魔法が発動していないことがわかったからだ。

 イグナシルでも、地域による言語の差はそれなりにあった。

 魔導政府によって統一されたとはいえ、元は多くの国が全く違う文化を形成していたのだから、当然だ。

 それでも、初代魔導政府長イグザム・オーウェンが開発した『共通言語』の術式によって、違う言葉を話していても会話は成立した。


(知らない間に、それが当たり前になっていたんだな)


 自分達が魔法によって補助された状態で生活していたことはわかっていたつもりだったのに、「慣れ」はそんな持っていて当然の意識も奪っていたらしい。


「××××!?」


 何も答えない僕に対して、焦れたように兵士が大声を張り上げる。

 このまま待たせては、怪しいヤツとして斬り捨てられかねない。慌てて『共通言語』の術式を起動し、魔力を流し込む。


「聞いているのか!? お前は何者かと問うているのだ!」

「す、すいません。僕の名前はレイジ・ネート。詳しくはお話出来ませんが、けっして怪しい者では……」


 自分で言っていて呆れてしまう。明らかに怪しい。かといって、「異世界から流刑にあった者です」とも言えない。


「レイ……ネート? それがお前の名か? まさか異国の者か?」


 異国? 確かに異国と言えばそうかもしれないけど、どこか兵士の様子に違和感を覚える。


「レイジ・ネートです。

 あの、ここはどういった場所なのでしょう? 来たばかりで、右も左もわからなくて」


 名前の訂正をしつつ、質問をぶつけてみる。だけど、兵士は困惑するばかりで何も答えてくれない。

 そうこうしている内に、後続の部隊が追い付いてきた。


「おい、どうしたんだ?」

「いや、それが……どうも異国の人間のようなんだが、言葉がわからなくてな」


 兵士が同僚らしい追いついてきた別の兵士と話す。

 いや、ちょっと待ってほしい。言葉がわからない……?


「あの、僕の言葉がわからないんですか?」

「……この通りだ」

「なるほど、そりゃマズイな。おい、誰かイシュタットかエグリゴア出身者か、他国語を話せるものはいないか!?」

 

 後から来た兵士が、自分の背後に控えている部隊に声をかける。名前を指定しないところをみると、心当たりは無いらしい。

 案の定、誰も名乗り出ず動揺するばかり。

 目の前にいる兵士二人も、どうすればいいかわからず困り果てている。


(どういうことなんだろう。僕が相手の言葉はわかるのに、向こうがわからないなんて……)


 自分がわかるということは、『共通言語』の魔法は正しく作用している。

 翻訳が一方通行になっているということだろうか?

 でも、『共通言語』の魔法は、対話に対して発動し、言葉を媒介に話者の意識にある「話したいことの意味」をすくい取って翻訳とする。向こうの言葉が翻訳出来ているなら、僕の言葉も翻訳されなければおかしいはずなんだけど……。


(あ、もしかして)

「術式展開――『共通言語(マスターワード)』」


 本来なら体内の魔法領域内で展開する術式を、あえて外部空間、自分の眼前に作り出す。

 そうして構築した術式を解読すると、想像したとおりだった。


「指向性が設定されてたんだ……」


 イグナシルでは、子供が最初に覚える魔法であり、発動されているのが当然の魔法『共通言語』。

 今の今まで知らなかったけど、この魔法はお互いの言葉を翻訳するものではなく、相手の言葉を自分にわかるように翻訳するものだったらしい。

 初代魔導政府長イグザム・オーウェンは、魔導政府を作った大人物という以外に、当時まだまだ統一には程遠かった数十に及ぶ国々を渡り歩き、その言葉を解読していった言語学者としての面でも知られている。

 『共通言語』の魔法は、世界の統一に最も障害となっていた言葉の壁を取り払うために作られた、というのが一般的な歴史認識だが、実際は自分の知らない言葉を知り、使うために、元の言語と翻訳された意味を聴き比べて調べるために作られたものなのかもしれない。


「異世界に来て知る事になるなんて、ね」


 ますます、この世界に来たことを恨めなくなってくる。

 複雑な気分になりながら、術式の指向性を双方向に設定しなおし、自分の術式記録帳ソーサリーインデックスへと収納する。

 そうして魔法を再起動する。

 これで言葉は互いに通じるだろうと兵士の顔を見ると、先程の困惑の表情から疑惑と驚愕の混ざり合った複雑な表情へと変わっていた。


「なんだ、今のは」

「貴様……! まさか他国のルーンマスターか!」

「え? え!?」

「捕えろ!」


 号令と共に待機していた騎馬隊が僕を囲むように展開する。

 その手には槍。イグナシルではすでに趣味のレベルとなりつつある、古代の武器。でも――今の僕を殺すのには、十分な武器。


「油断するな! どんな魔法を使われるかわからんぞ!」


 異世界の人間の前で術式を展開して見せる。――そんな迂闊な行動をしたことを後悔する僕は、背後で振り上げられた槍に気付けなかった。



 異世界に来て30分足らず。

 僕の意識は再び闇に落ちた。

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