プロローグ
ふと思いついた設定+ネットでよく見かける異世界迷い込み系を組み合わせて考えた小説です。
せっかく+した異世界感は早々に解消されます(元々がファンタジーな世界設定なので……)。
タグの「R15」は、戦争が作中に出てくるので、暴力描写や性描写が多少入ってくるからです。
更新遅いくせに割と続く予定なので、長い目で見てやってください……。
「――罪人、レイジ・ネートを流刑に処す」
最高魔導執行官による通達と槌の音が法廷に響く。
罪状の確認は無い。これは、ただのルーティンワーク。この法廷に足を踏み入れた時から、僕の罪は決められていたのだから。
法廷から魔導執行官達が退室していく中、僕は一人で鎖に縛られたまま冷たい椅子に座っている。
天を仰ぐ。見えるのは、大理石の天井を覆い隠す暗闇。
光の乏しい空間では意味の無いものだと気づいて、目を閉じて視界を意識から切り離した。
――途端、肌に感じる清らかな魔力。
(担当官はフィランツェ様かな)
視覚を封じ、鋭敏になった触覚に感じるのは、ほんの僅かな違和感。
視覚に頼っている状態では、到底気づけないほど静かに忍び寄る清廉な魔力が、少しずつ僕を包むようにまとわりつく。
誰にも気づかれぬよう、表面上は平静を保ったまま奥歯を噛み締める。
(僕も、あの方のようになりたかった)
魔導執行官史上、最も美しく、天才と呼ばれながらも研鑽を重ね、とうとう24歳の若さで筆頭魔導執行官にまで登り詰めた至高の術師。
”あの人のようになりたい”
そんな、少年のような憧れは、たった一人の言葉によって打ち砕かれた。
『あなたはこの先の未来に災厄をもたらす』
現代において、最高にして至宝とされる『予言』の魔法。
この世でたった一人だけが使える、「未来を知る」魔法。
初めは妄言と切り捨てた魔導政府も、人の寿命から国の盛衰までを言い当てた彼の言葉を無下に出来なくなった。
そうして『預言者』として祭り上げられた彼の言葉は、誰も逆らうことの出来ない絶対のものとなる。
――たとえ、その言葉の真偽を確かめる術がなくとも。
彼は、僕を見ているのだろう。
『遠視』は、「現在」に作用する一般的な魔法だ。この建物は魔力干渉無力化領域にあるけれど、高位術師が綺羅星の如く揃った最高魔導法廷なら行使も可能なはずだ。
悔しい、という気持ちを悟られたくない。知られてしまえば、今度こそ耐えられないほどの悔しさに悶えることになる。
小さく息を吐き、沸き上がりそうだった感情を押さえ込む。
もう一度、自らの五感の海へと意識を落とす。
感じ取ったのは、先刻よりも総量を増した魔力と、微かに耳に届く声。
気づかぬ内に、魔力は僕の全身を覆っている。気づかなかった声は、その悲痛さを増していく。
聞こえてきたのは、誰の声だったか。それを知るためには、時間が足りなかった。
徐々に削り取られていく意識。それは、罪人であろうと苦しまぬようにと配慮された、限界まで無駄を削ぎ落とした術式によるもの。
それを、美しいとさえ感じた。
憧れだった女性の慈愛に満ちた魔力に包まれ、我慢できずに一滴の涙を流す。
こんな形で知りたくはなかった。
こんな邂逅を、望んでいた訳じゃない。
本当は……本来なら……それは、栄光に彩られたものになるはずだったのに……!
思わず叫んだ。――叫んだはずだ。
もう、自分の声も聞こえない。意識はほとんど奪われている。
不思議と恐怖は無い。あるのはただ、突きつけられた理不尽に対する押さえきれない怒りだけ。
しかし、それすらももう保てない。
感じることは出来ないけれど、もう僕の体は半ば以上が消えているはずだ。
(さようなら、皆。今までありがとう。それから……ごめん)
最後に残っていた意識の端で、感謝と謝罪を口にした。
――暗闇に落ちるような意識の混濁の中、嘲笑うような男の声が、確かに聞こえた。