第八夜◇夢の底から
「うふふ、いらっしゃい。?オーパーツ”の坊や達………。」
真っ赤な唇、肩にかかるほどのクセの強い漆黒の髪、胸元にウロボロスの紋章をあしらった白衣をすらりと着こなし、そして何よりも、大人びた黒の瞳が印象的な美女である。
「あ、あなたは……っ!?」
「あたくし? 私はクレア。クレア・バルタザール。」
クレアはにっこりと微笑む。
「クレア? その名前は聞いたことがあるよっ!! ウトガルド随一にして稀代の天才科学者。いや〜、それにしてもこんなお美しい方だったなんて!!!」
「まあ、ありがとう。でも私のちっぽけな頭脳なんて、雷樹の百合香姫……それに、皇樹様には遠く及びませんわ……。」
クレアは微笑み、赤く長い爪を伸ばした指先で皇樹の頬に触ようとする。と、瞬間、宗彰が皇樹を乱暴に引き寄せ警告を発する。
「気をつけろ皇樹!!! 私たちの正体がばれている……!!」
「あら、お嬢ちゃんから何も聞いていないの……? 私が、ウトガルドの内通者、相転移システムの情報提供者よ……」
「あなたが……!? 姉上の言っていた情報提供者さん!? どうしてウトガルド役員幹部の貴方が協力を……?」
「あら、女の秘密を詮索するなんて野暮なのね。いろいろあるのよ女心は。」
にっこり。
薔薇がほころぶ様な甘やかな笑顔が咲く。その笑顔につられて思わず宗彰の肩の緊張が少しほぐれる。
「クレアさん、コレは一体どういうことです、R―UR:1が……あの昨夜の凄まじい空襲が、その娘の力の上澄みに過ぎない……? その娘は何者なのです?」
「この娘は……銀河のオーパーツの一つよ。至高の宝玉。そして愛しい我が娘……。」
クレアがリアクターへと歩み寄り、愛おしそうにその表面をなでる。
「オーパーツ……?」
オーパーツ、その言葉は宗彰も聞いたことがある。
「そう、オーパーツ。この銀河に散らばる、物理的にその存在を説明できない巨大エネルギーが具象化したもの。人智を越えた神の力……。それは、様々な物質に顕現し……人の姿を形作ることもあるわ。貴方たちのようにね。」
そう、宗彰達……雷樹王家の血を継ぐ者は“星の力”と呼ばれる特殊能力を代々受け継ぐ。鉄壁の障壁。百合香、皇樹の人知を超えた頭脳、宗彰の力……そして、その力があったからこそ強大なウトガルドの侵略に抗うことができた。王家の血脈……それも、銀河のオーパーツという巨大エネルギーの一形態である。
「この子はその中でも桁違いの力を秘めているわ。そう、オーパーツなのかも疑わしい。総てが謎に満ちた、時空が歪むほどの力が凝縮された至高の存在。……でも、私たちはその巨大なエネルギーを引き出すことが出来ない。ただこの子という器から溢れ出たエネルギーを掬い取り相転移発生装置へと転用するしかない……足りない、足りないのよ、それじゃあ。だから……わかるでしょう???」
クレアの顔が歪み笑う。美しく、しかしさっきまでとは打って変わって冷たく歪んだ笑顔。
「まだわからないの? くすっ…間抜けなネズミさん達……。」
クレアがパチンと指を鳴らす。と瞬く間に大量の銃を構えた兵士達が現れぐるりと二人を包囲する。胸元にウロボロスの紋章。
「な……っ!?」
「不思議に思わなかったの……? どうして、大した苦もなくウトガルド深奥まで入り込めたのか……? 貴方たちはおびき寄せられた鼠なのよ。我が社がもう二つのオーパーツを入手するためにね。」
「なんだって!?」
宗彰が聞き返す。
「うふふ、いいわね、その表情……ボウヤ、私の好みよ……それに、絶対破壊不可能にプログラムされたプロテクトウォールをも破壊するあの力もとっても魅力的……実力試験も合格よ。ふふ、もう一つ相転移統御装置がつくれるわ……。」
クレアが顎に指を当て、値踏みするように目を細める。
「ぼ、ぼぼぼぼぼ僕たちをモルモットにするっていうのか!?」
皇樹が蒼白な顔で叫ぶ。
「名誉ある科学への貢献っていってほしいわね。」
宗彰を囲む兵士の輪が縮まる。
「殺しちゃダメよ! 腕くらいなら取れてもいいわ。」
クレアが兵士に命令する。腕くらいって……。
「ま、まずまずまずいぞ宗彰……ど、どこか、か、隠れる場所……!!! 包囲されているんじゃ宗彰の背中に隠れても後ろからパキューンされちゃう!! そ、そうだ床に穴を掘って隠れれば……っ」
皇樹が床に這い蹲って猛然とコンクリートの床を引っかき始める。人間ここまでくると情けないとか見苦しいを通り越して芸術の域である。
「くっ……!!」
宗彰は青剣を抜き稲妻をほとばしらせ、踊るように向かい来る兵士をなぎ払う。彼の瞳が燃え、湖底の瞳が揺れる。
「うふふ、勝ち目が無いのに向かってくるなんて勇敢ね。見苦しくて素敵よ。」
宗彰の頭の中で声がする。
許せない……。
“あのひと”を、ただ力のためだけに利用するなんて……!!!!
ガキッ!!!
怒りに任せて少女の眠る水槽へと剣を突き立てる。が、水槽にはヒビひとつ入らず、宗彰の体はすぐに襲いくる兵士達へと飲み込まれる。
「うふふ、頑張るのね。でも無駄よ、このリアクターは強大なエネルギーを封じ込めるための技術の粋を集めた障壁。絶対に壊れないわ。」
体中の血がまるで沸騰したかのように熱くたぎる。怒りなのか、戦いへの喜びなのか、脳内麻薬が大量分泌され、恍惚にも似た興奮の感覚に頭が真っ白になり、右も左もわからず目の前の敵を切り伏せる。
“あのひと”を救い出さなければ。
もう、“あの頃”のちっぽけな自分じゃない。もう、なにも出来ないのは―――――!!!!
リン……
刹那、一面緑の草原が広がっては消える。
リン……
刹那、青い炎が燃える。
意識が真っ白に染まっていく……
「皇樹、宗彰くん、聞こえるっ!? 今から雷樹への転移ゲートを開くわ!!!」
突如、百合香の声が響くと共に、大広間内のウインドウが次々に百合香のドアップ映像へと変貌する。
「あーっぁぁぅぁぁあねうェェェぇぇぇえええええええええ!!!!!!!」
宗彰がバーサーカーと化し、飛び交う銃弾の中ミミズのように這いつくばって耐え忍んでいた皇樹が涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの泣き顔でウインドウに飛びつく。
「よしよし、頑張ったわね……。皇樹、宗彰くん! ここはいったん退きなさい!! ……宗彰くん!?」
理性を失った心に、撤退の言葉が木霊する。
退く………? 嫌だ! まだあのひとを救い出せていない。
「そっ、そうしょおっ、止めるんだっ、」
「宗彰くん、退きなさい!!! 今は任務よりも自分の命を優先なさい!!」
ギュウウウウウウウ………………………
幾重もの光の輪が宗彰の体を包み、いやおう無く光の渦の中へと飲み込まれていく……。
「嫌だああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!!!!」
パシュンッ!!!!
まばゆい光が一閃した後、宗彰と皇樹2人の姿は跡形も無く消えた。
「あら、やられたわね……」
クレアが歌うように呟く。さほど悔しそうでも無い。
「残念ね。“あの場所”に近いオーパーツと接触させればあるいは、と思ったのに……」
リアクターを背にもたれかかり、ぶつぶつと何事かを呟く。
「う…あ……っ」
彼女の思考を遮って、兵士が小さく悲鳴を発した。
「なぁに? 煩いわね……」
蠅でも払うように兵士を見やると、蒼白な兵士の指差すまま後ろのリアクターを振りかえった。
漆黒の瞳が驚愕に見開かれる。
淡い水槽に浮かんだ、ぎょろりと青白い瞳が二つ、じっと彼女を見下ろしていた…………………………。