第七夜◇遭遇
「ふわぁぁああああっ……んーっ、よく寝たぜ……うぃっと。」
マサムネ・キーク、
通称マサは仄暗い独房のなかで大きく伸びをした。なんだか百億のアサリにジロジロ眺められる不思議な夢を見た。
褐色の肌、赤のタンクトップ一枚にデニムの短パンといった軽装では豊満な肉体を包みきれないほどに危うい、ボンキュッボンのナイスバディ。波打つ金髪をぐいっと頭のてっぺんで縛った、なかなかの肉体派美少女である。
「おっと、俺様ったらこんなセクシーな格好で寝ちまってたのか!! こりゃうっかり蛇の男共、五百人くらいは愛の虜にしちまったかもしんねぇな!!! う〜ん、俺って罪な女……。」
実際は皇樹を恐怖の虜にしたのだが、彼女は知るすべもない。
死体のゴロゴロ転がるこの前の牢に比べたら、今回はなかなか快適な寝床だった。が、そうゆっくりもしてられない。なにせ俺は流浪の盗賊なのだ……。
三ヶ月前、ウトガルドの侵略に無秩序化した銀河警察を脱サラし、先だってめでたくA級指名手配犯にランクアップしたのだが、そこでちっと調子に乗ってしまった。ウトガルドの新兵器情報を盗んでやろうと華麗に侵入できたのはいいが、うっかりミスってこの様である。
「うぅ〜〜っ……あんなところに幻の名酒なんか置いてあるから悪いんでえぃ……。さて、酒も抜けたことだしな……うりゃっ!!!」
ぶつぶつと一人言つと、鉄格子を両手でつかむ。まるで針金のようにグニャリとねじ曲げるといとも簡単に脱出完了。
「フッ、ちょ〜ろいもんよ……うへっ、なんじゃこら。」
スッパリと円型に切断された牢をみて、マサは一瞬ポカンとする。
とその時、
ドオォン……ッ!!!
突如、地震に似た激しい大地の揺らぎが走り、彼女は腹にボディーブローを叩き込まれたような衝撃を受けよろめく。
「な、何だ!?」
マサは五感覚を研ぎ澄ます。
微かに、硝煙の香りが彼女の鼻腔をくすぐる。野獣の勘が激しく警鐘をならし、身体が闘志に滾るのを感じる。
「なんだなんだぁ火事かぁ? ま、逃げるにはうってつけのチャンスだな!!!」
彼女は獅子の瞳に似た瞳をギラリと光らせると、さっと身を翻し、黄金の髪を煌かせて闇の回廊へと消えていった……。
***
「ここが、ウトガルド最奥部…………?」
大空洞を思わせる高い天井、白光に満たされた環状のドーム。壁に大きくウロボロスの紋章が掲げられている。
宗彰の体を、ピリリと緊張が満たす。エレベーターから降りる時、厳重な警戒が敷かれているだろうと身構えたが、意外なことに兵士はおろか、研究者の影さえ無い。無機質な機器の稼動音だけが響く不気味な静けさが二人を迎えた。
中央の巨大円柱を中心にして制御端末コンピューターが波紋状に並んでいる。自動制御になっているのか、所々に解読不明の文字の羅列をたれ流しにした光のウインドウが浮かぶ。
「あ…れは……!?」
宗彰の目が、吸い寄せられるようにその巨大円柱へと注がれる。半径三メートルはあろうかという円柱が、巨大な樹木の様に根を張っていた。すべての制御機器はその円柱をぐるりと取り囲むように設置されていた。まるで守るかのように……。
「どうやら、相転移統御装置のメインエンジン、敵さんの心臓ってわけだね……。」
皇樹が幾分強張った声で呟く。
「そうか、あれが……」
宗彰は、ゆっくりとその円柱へと歩を進める。恐れと緊張の入り混じった興奮に喉の奥がジンと疼く。と同時に、やっとたどりたどり着いた獲物に宝物を見つけたときのような喜びに胸が打ち震える……。そう、これを破壊すれば……星は救われ、すべては終わる……。彼の高まりに呼応するように、鞘の剣が青い光を纏う。
しかし、中央へと近づき、その巨大円柱と対峙すると彼は絶句した。
「こ、これは……っ!?!?」
聳え立つ太く、巨大な柱。遠目にはわからなかったが、その中に小さな生体維持プラントがはめ込まれている。水族館の水槽を思わせる、美しい水色の溶解液に満たされたリアクター内の“もの”を見て、宗彰の全身にぞっと震撼が走った。
銀髪の少女がその身を漂わせている……、しかし意識は無く、その瞳は堅く閉じられている。否、死んでいるのかもしれない……。
「そんな……これは、これは一体……?」
……それにしても、なんて……
なんて、美しいひとなのだろう……。宗彰はその少女にじっと魅入る。
白銀の髪、すらりとした肢体。
淡雪のように白い肌。
天使のようなあどけない顔……。
まるで宇宙の美の粋を集めたような、見るもの総てを魅了する完璧な美しさ……。すっと、宗彰の青い瞳が遠のく。
……そうだ……
私は、知っている……君を、
ずっと、ずっと前から…………
そう……君の名は………………………
「ルリ……」
「えっ!?」
皇樹が、ぽつりと漏らした呟きに思わず宗彰は聞き返すと、皇樹はちょっとおどけたようにリアクター下のプレートを指差した。
「ほら、このR‐UR:1っていうの、この娘の名前なのかなぁと思ってさ。
『1』を『I』って読み替えるとR URI、丁度ルリって読めるから……え、ちょっと無理ある?」
「ルリ……瑠璃……。」
少女を見上げ、宗彰はその言葉を反芻する。その響きは何故かとても懐かしく甘い響きだった。……忘れてしまった、何か……遠い、約束。
「う〜ん、しかし一体なんでこんな超カワイコちゃんがこんなところでホルマリン漬けになってるんだろう?」
皇樹が首を傾げる。宗彰の記憶に、先ほどの研究者の言葉がリプレイされる。―相転移発生統御装置メインシステム? ああ、R―UR:1のことか―
この少女が……メインシステム……? 私が破壊すべき”敵の新兵器”は、このいたいけな少女だというのか……?
「そう、相転移発生統御装置R―UR:1型。それはその娘の膨大なエネルギーの上澄みを掬い取るデバイスに過ぎないわ……」
突如、凛と艶やかな声が響く。
振り向くとそこには一人の女が立っていた。