第ニ夜◇笑顔に気をつけろ
百合香の提案した起死回生の奇策とは……?
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。o゜ 。o.゜ 。
…………ココン………
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O ゜. o 。゜
すべてはどこまでも、青く、遠く、果てなくぼやけた夢の夢の夢のまた夢……。
果てなき蒼原……
深き湖底の青……
凍てついた焔………
夢……すべて夢……、揺り篭のように、ぬるく私を包む檻。
………
………ココン………………
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O ゜ o 。
……………だ れ か が よ ん で い る…………
※※※
四面ガラス張りの展望テラスに広がる漆黒の闇に、輝く砂塵をばら撒いたような星だけが光を放って居る。
天も地も無く、重力制御装置によって決められただけの“床”を、その男は憎むかのように踏みしめる。
小さな星達の輝きなどかき消して、すべてを闇へと吸い込んでしまいそうな灰の瞳。 まだ若く端正なはずの顔は狂気によって歪められ、逆に醜い表情だけが際立っていた。
ウトガルド、
それがその男の名前―――。
「アレの様子は順調か」
ぽつり、と男が低く呟く。
「ええ、多少の“揺らぎ”のあとは静かなものですわ。」
漆黒の闇から、艶のある声が返ってくる。すらりと白衣を纏いった美女が闇をすべるようにすっ、と現れると男の脇へ控える。挑発的な瞳が闇の中で一瞬、きらきらと光ったような気がした。
「昨日の予想を遥かに上回った効果、見事だな。……しかし、何故最後の最後で実験を中止した?」
「稼動可能時間域を超えておりましたわ、あれ以上の使用は少々危険でしたもの……」
「ふん、その少々の危険を貴様が恐れさえしなければ、あの不落の皇星を落せたのだ。」
「あら……申し訳ありません社長。でも……」
「黙れ。女狐の言い訳など耳障りだ。」
男は女を音もなく抱きよせると、乾いた唇を女の真っ赤な唇に押し当てる。
男に抱かれ落ちていくのを感じながら、女の口元が薄く笑った。
※※※
「謎の鍵を握るのは……女の子なのよっ……っ!!!!」
……よっよっよっよっょっょっ………(エコー)
百合香のVサインが、ずばっしゅと二人の美青年の前に完璧な軌道を描いて超ナイスに決まった。……完璧。美青年達が陸に上がったエチゼンクラゲ見る様な目で百合香を見ている点を除けば、完璧に決まっていた。
女の子?
………は?
一瞬の沈黙がブリッジを支配する。
最初に沈黙を破ったのは皇樹だった。
「え〜〜〜っと宗彰、姉さまはどうもじょがりこの食べすぎで脳みそがポリクロロトルエン仔牛脳化したに違いないよ! いつもいつもちんちくりんな頭脳レベルのくせ僕の仕事の邪魔はするしお菓子は食べるしお気に入りのエロ本は勝手にヤギに食べさせるし、ほんと基地外もいいとこだよねー。ていうか、死ねば良うぎゃあああああああああ!!!!!!!!」
「せっかく美と知性の化身のような私がすんばらしい情報を待ってきてあげたのに可愛くない弟だこと!」
百合香さんと皇樹、このこうみえても仲は良いのだ。ただ……ちょおおおっとお互い感情表現が不器用で、あとちょぉおおおおおっとタイミングが悪いんじゃないかな〜、と宗彰は思っている。
でもだからって垂直落下式ブレーンバスターはちょっと過激すぎるよ百合香さん、とも宗彰は思わないこともなかったのだが、そこは何か兄妹間の抗いがたい力関係が働いたような気がしたのであえてスルーした。
「ゆ、百合香さん、すんびゃらい情報って……?」
「うふん。よくぞ聞いてくれたな宗彰くん!」
百合香はにまっと目を細めて笑うと……因みにその笑顔はとおっても美しかった……無意味にくるんと一回転してポーズを決める。
「そう、すんびゃらい情報!! ていうのはね!!! ウトガルドに情報提供者が居たのよ!! それもすんぐぉい美人さんな女の子でさあ!! いやー、助かった助かったぁ! なにせこのままじゃ明日にも王都壊滅って感じゃない? これもひとえに私の人徳ってやつよねぇー?」
百合香が立て板に水のようにまくしたてながら、白魚のような指で虚空をさっと撫でる。空中にカラフルなウインドウが次々に花開いていく。そのうち一つのパネルが灰色の文字を浮き彫りにして静止する。ーウトガルドー よく見るとその文字は小さな蛇が身をくねらせた集合体で構成されたデザインで、大変気持ちが悪い。
「ウトガルド……私がうら若き女学生の頃は頃はただの貿易会社だったのにねえ……はぁ、そのころは私もお肌ピチピチで……。」
ウトガルド重工――……。
――星間貿易会社としてひっそりと立ち上げられ、いつの間にやら主産業を兵器開発に腰を落ち着け、いまや歯磨き粉から核融合炉まで何でもござれの多岐にわたる超巨大企業に成長したが、百年ほど前のある朝、突然決意したかのように他の星間国家へと侵略攻撃を始めた何考えてんだかよくわからないクソッタレ会社である。
「意外と社長が女に振られてヤケクソになったのかもね〜?」
もちろん違う。侵略した星を殖民星として支配し、自社の製品の独占販売を目的としている、というのが宗彰の、もとい一般常識的な解釈である。
しかし、ウトガルドの挙動には謎が多い……。
さすが元が軍需会社だけあって巨大な軍事力で進攻したウトガルドはあっという間に六百近い星間国家を支配下におさめ、そして抵抗を見せた千二百の星を焼き払った。いまや銀河の文明国家のほとんどはウトガルドの勢力下にあり、そのに唯一対抗し、辛くも一度その侵略を撃退した国家が、宗彰達の雷樹星である。
「え〜と、何から話そうかしら……順を追って、順を追ってよね……。まず、さっき昨夜の謎の攻撃の詳しい解析と索敵記録結果分析データがデ〜タのねっ。……さぶ。これによるとやっぱりレーダーは故障していたわけではないっぽいわ。つまり敵影なしってことよ。でもそれじゃおかしいわよねー。敵さんが居ないのに爆撃の嵐なんですもの。そんで、ここ!! ここ見てここ〜!!」
百合香が示したウインドウがヒュオッと大きくなる。それは、どうやら昨夜の攻撃の大気圏内での様子をとらえた映像のようである。しかし、ウインドウを覗き込むなり宗彰はあっと息を呑んだ。……ありえない。
何も無い大気中から突如として大量の光の粒子が現れ収束すると、地上めがけて爆発的な勢いで発射される。鮮烈なヴィジョンが、宗彰の目に焼きつく。
「にゃ、にゃにゃにゃ何で何にも無いところからいきなりあんな光エネルギー爆発がっ!? やっぱりビームを相転移で叩き込んで来たと考えるしかないんじゃ!?」
皇樹が驚愕の声を発する。
「馬鹿ねえ。あれだけの高エネルギーをゲート無しに、しかも無人で転送するなんて無理よ……でも惜しいチャ惜しいわね皇樹。アンタが言ってるのは時空の相転移。でもこれは真空のエネルギー相転移なんですって。名前は似ていても全く違うものよ。」
「真空の相転移?」
「そう。内部情報提供者さんによると、敵さんは大気圏域で局所的にエネルギーの高次真空から低次真空への相転移を引き起こす出力装置を開発したわけ。それによって莫大なエネルギーの膨張が起こってぇえ……………ドカアアーーーン!!!」
「まじでか!!! でもまさかウトガルドがインフレーション理論をここまで突き進めて研究していたなんて!!! うぉうぅおうヤバイヤバイ重くヤバイ……!!!」
皇樹が興奮して飲んでいた火星ソーダジュースの缶をブンブン振っている。しかし宗彰には二人が何を言っているのかさっぱりぽんだった。こう見えても皇樹と百合香はこの星の一、二を争う頭脳の持ち主なのだ。会話についていけない。むなしくただ降り注ぐジュース滴を避けるのみ。
「ああ宗ちゃん、つまりもぉのすごく簡単に言うとコレ、ポップコーンが弾けるみたいに真空の粒がばーんって爆発してるのよ。ばーんばーん。それにしてもねえ、あれほどの真空の相転移を連続して引き起こすほどの出力なんて、一体どうやってやりくりしてるのかしらねえー。」
「はあ…………しかしそんな攻撃一体どうやって防げばいいんでしょうか……?」
百合香の説明は良くわからなかったが、昨夜の凄まじい攻撃がウインドウが示すとおり何も無いところから突如として現れるものならば、そしてそれが八百もの防衛障壁を破壊する威力を持ち合わせているならば、防ぐ手立ては無いように思えた。このままではこの星は明日にも壊滅するだろう。胃に鉛を流し込まれた様な重く暗い気分が宗彰にのしかかる。
「あら大丈夫よ。」
百合香は事も無げに言い放った。
「その真空の相転移の制御装置をあんたたちが直接ヴッ壊しちゃえばいいのよぉ〜!」
「いえええええ!? ……まあ確かにソレしか方法は無さそうだけどもさあ〜、姉上それは……ちょっと……。」
無茶ってもんだろう。
それほどのエネルギーを制御する装置ならばおそらくウトガルド本社コロニー最奥にて開発されているだろう。いわば敵の本陣だ。ウトガルド社領内宇宙域に、うっかり片足突っ込んだだけでも百のレーザーで真っ黒焦げなのに、ましてや本社のあるコロニーに侵入するなど、修学旅行で女子露天風呂に僕は死にましぇ〜んと叫びながら突撃するくらいの勇気ある自殺行為である。
「だいたいウトガルドへ行こうにもルートが……敵領内へのゲートは封鎖されてますし、通常次元宇宙間航行で億が一生きてたどり着けたとしても移動だけで一ヶ月もかかっちゃいます。その頃には帰るお家が傷だらけのローラに。」
「ちっちっち、宗ちゃん、人の話は最後まで聞かなきゃだめよお。ウトガルドに内通者さんが居るって言ったでしょ?」
百合香がさらりと白い指で長い髪を梳って左右に振る。可憐なウインク付き。
「その人が教えてくれたんだけど、I・N・Tネットワークは閉鎖されていないの。ウトガルドの人だって最新のアーティストの新曲をチェックしたりしょたこんブログを見たり12ちゃんねるで毒を吐いたりしたいものね! つまりそこから侵入できるわ!!」
「まって、姉上、今なんか凄いこと言ったよね……I・N・Tネットワークってあの……? もう一度聞くよ、侵入するってどこから……どこから入るって!?」
「ここからよ?」
百合香はにっこり笑いかけて、ウインドウを事も無げに指差す。(これはまったくの余談だが、その笑顔は北極熊を一瞬で氷漬けに出来そうなほど美しかった)
「ご存知のとおりI・N・Tネットワークはまたの名を超越的上位構造体ネットワークと言って、私たちが高速宇宙航行の時に使用する“ゲート”とはまた違った異次元亜空間を通じて膨大な光情報網を処理しているのよ。物凄く頑張って人が入ろうと思えばそこから入れないことも無い………………はず!! 現に大昔、貞子さんって女の人がテレビから這いずり出てきて大騒ぎに。」
「違ぅう!! 百合香さんそれお化け!! それお化けですから!!」
なんて事を言い出すんだこの人は。まったく、非凡な頭脳を持つ人は時としてとんでもない発想を押し付けてくるものだ。現に普段何気なく使っているI・N・Tネットワークが実は異次元亜空間だなんて、宗彰はまったくご存じなかった。大体、いくら物凄く頑張ったって人間がコンピューターの中に入るなんてこと、出来るわけがない。いくら百合香さんが天才策略家でも……。
「さ〜て、ここにひとつのプログラムソフトがありま〜っす。え〜……“モモたんが画面から出てク〜ル”これは以前皇樹がゲームの美少女ととなんとかして口ではいえない様な事がしたいとその天才的なオタ頭脳を駆使して密かに開発していたもので」
「きゃあああああ!!!姉上ストップ!!ストッーーーーーーーーーーーーープ!!!」
皇樹の悲壮な絶叫が木霊するが、百合香にはクラシック音楽を聴いているようにおもえるらしい。
「まあこれを基礎プラグラムとして私の超次元的天才頭脳でちょいちょいといじくると……あら不思議! 人間が電脳の世界の住人に!」
ギュイイイイイイィィィィンン
不吉な音を響かせて、にっこりと微笑む百合香の後ろ一面のウインドウが、次々と“起動”の文字に染まっていく。その“起動”ウインドウの倍ほどの“DANGER”の虎さんマークがぐるりと宗彰を取り巻いているのなんて、全く気付いてないんじゃないかと思うほど爽快なにっこり具合だ。
「ちょ、ちょちょ姉上ちょ、っとまっ、て――――!!! なにもこれ行くの僕らじゃなくても!!! ほら急だしめちゃ危険だしもっと熟練の兵士でも」
「I・N・Tネットワークでの存在確率を高めるためには正当なる王家の血を受けた“オーパーツ”であるあなたたちが適役なのよ。それに宗ちゃんより強い力を持つ戦士なんてこの銀河にそう居ないわ。」
「じゃあせめて僕のかわりに姉上が」
「こんなか弱くて清楚可憐な乙女にそんな危険なことを強要するっていうの!!!???」
少なくとも鬼の形相で皇樹の首を締め上げる百合香はか弱くて清楚可憐な乙女から二万光年ほどかけ離れているように思えた。
二人の押し問答の間にも、次々に鮮やかなウインドウが花開いていく。
ふとそう宗彰は思う。これでも百合香さんは、その美貌とあいまって“英知の碧玉”なんて謳われる策略家である。その百合香さんが言うからには、おそらくはこれがこの星の生き残る最後の苦肉の策なのだろう……。
『プログラム起動完了。これより、指定座標X‐1876Y‐1876A‐987U‐876〜X‐0.67584Y‐0.87766A‐7609U‐0.0000000069への次元転移に移行します。移行成功確立28.8467%……』
「バックサポートは私に任せてねっ! だいじょうびだいじょうび、いい旅夢気分よお〜!!」
宗彰は見てしまった、煙を吹いたコンピュータを百合香が蹴っ飛ばして黙らせるのを……。
「やな旅地獄気分です!!!」
ギュウウウウウウウゥゥゥゥン…………
宗彰の身体が幾重もの光の輪に包まれていく。
「うわーっ!!! うわうわうわうわうわっ!! わうわうわう!!」
皇樹が半泣きで光の輪からの脱出を試みんと走り回るが、輪はぴったり皇樹の動きについてくる。まるで首輪をはずそうともがく犬のようで情けない。
「あっ、姉上え!! 宗彰と僕はこれでも王位継承第一位二位なんだよっ!? 僕らにもしもの事があったらこの星は……!!」
「そうねぇ。」
百合香は艶やかな髪をクルクルと人差し指でいたずらにもてあそぶ。
「あんたと宗ちゃんが死んだら……次期王位継承者は……私。ね?」
光の輪越しに、にっこりと百合香が笑っている。地平線を駆け抜けて朝日を拝めそうなほどのにっこりだった。
……百合香さんはその美貌とあいまってこの星の英知の碧玉と謳われる策略家で……ふと、先ほどの思考が宗彰の脳裏をよぎる。
「こっ、この……っ、人ごろしいいいぃぃぃっぃいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ〜〜〜〜〜…………………………………………!!!!!!」
シュパァァァァァ……ン!!!
断末魔の恨み節を木霊させて、二人の影は渦巻く空間へと消ていった。
満面の笑みの百合香を残して。