序章:荒鷲の訪問
「・・・・下種だわ」
私の隣でウリエルが葉巻を銜えながら新聞を読んでいた。
しかし突然、毒を吐いた。
「何が下種なの?」
新聞を覗いてみると、こう書かれていた。
『警察組織に暗殺部隊が居た!!』
デカデカと書かれているが、私には大して興味は湧かないし知っているから驚かずに一言だけ言った。
「あぁ。これね」
「知っていたの?」
ウリエルは私の一言に驚いた声で訊いて来た。
「えぇ。南米だと麻薬カルテルとかが幅を効かせているの。だから、警察なんかも組織の飼い犬よ」
南米などでは麻薬カルテルが幅を効かせて、警察などを買収していると聞いた事がある。
そして敵対組織などに警察を差し向けて、押収した麻薬を渡したり、暗殺したりするなどしているらしいわ。
「正義を司る警察が・・・・・・・・」
「正義を司る警察?違うわよ。権力の手先よ」
警察を始め、大抵がそんなものだ。
まぁ、ウリエルはまだここに来て日も浅いから仕方ないかもしれないわね。
「何だか・・・・無性に何かを燃やしたい気分だわ」
ウリエルの身体から蒸気が出てきた。
直ぐ傍にあった新聞は真っ先に灰になったから、こちらにも直ぐ来る。
「言っておくけど、ここで爆発させたら飛天に追い出されるわよ?」
私はここで切り札とも言える言葉を言った。
「・・・・・・・それは、嫌」
ウリエルは、蒸気を抑え始めた。
「それが利口ね。まぁ、貴方だったら何処に行っても歓迎されるわよ」
私とは違って皆に好かれているからね。
「・・・あの方に好かれている方が何倍も良いわ」
「素直じゃないわね」
私は煙草を吸いながら、飛天の帰りを待った。
現在、飛天は外出中。
何でも会議があるらしいの。
ここでも警察の暗殺組織が暗躍していると言われているの。
何処に行っても必ず膿は出る物よね。
「ここはあの方の領地でしょ?領主の許しも無しにそんな事をして良いの?」
「領主だろうと知らない事もあるわ。それに・・・あの方は裏の領主。表の領主ではないわ」
だから、知らない事もあるの。
「それを今、会議で話しているのね?」
「えぇ。恐らく先ず表の方で規制したりするわね」
それで大抵の連中は取締が出来る。
まぁ、大物と表の世界では言われる奴ら何かは、裏で裁く事になるわね。
「誰が出ているのかしら?」
「気になるの?」
「妻として夫の仕事関係者は知っておきたいの」
「何時から結婚しているのよ?」
「知らないの?私、周りから“奥様”って言われているのよ」
私が前まで呼ばれていたのに、もうウリエルに奪われたようだ。
「それじゃ私は何よ」
「愛人。それでないなら相棒じゃないの?」
「優越感に浸った言い方ね」
「実際に優越感に浸っているからよ」
「まったく、どうして私の周りにはこんな奴らばっかりなの?」
「貴方にだけは言われたくない台詞だわ」
ウリエルは葉巻を銜えて言い返しながら、再び質問をしてきた。
「それで誰が居るの?」
「飛天に従う人間と・・・男爵、暗殺者、騎士、傭兵、道化師、忍者、狩人よ」
「何それ?」
「あの人に仕える、部下を職業に例えたの」
「道化師が居るのはどう言う事?」
「道化師は王の忠実なる部下であり“所持品”よ。それに道化師だけが唯一王に進言できるの」
「そうなの?道化師なんて馬鹿な事をやることしか能が無いと思っていたわ」
「酷い言い方ね。道化師には道化師なりの信念もあるし感情もあるのよ」
「今度からは気を付けるわ」
ウリエルは葉巻に火を点けながら答えた。
それから3時間ほどして、飛天が帰って来た。
だけど、一人じゃなくて誰かと一緒だけど。
「お帰りなさいませ。飛天様」
ウリエルは飛天を玄関から降りて出迎えた。
私は玄関の上で出迎えたけど。
本来なら飼い主が帰って来た子犬のように尻尾を振りまくんだけど、今回はさっきも言った通り誰かと一緒だったからそうじゃなかったわ。
いえ、寧ろ敵対心丸出しの眼差しを向けていたわ。
飛天と一緒に居たのは女だった。
右目に縦線の刀傷を持った女で鋼色の髪を腰の辺りまで伸ばしていた。
それをポニーテールで纏めていたわ。
胸と腰の辺りもそれなりに出ていて良い身体付きだわ。
だけど、良く見れば実戦で鍛えられた身体だと解かる。
瞳は赤いけど中身は冷たい色。
顔は端正な鑿で彫られた感じの騎士ね。
でも、実際は傭兵で性格は冷酷無比で残酷。
人を無表情で、静かに、そして確実に殺せる腕を持っている。
着ている服は到って普通の黒いスーツ。
だけど男物。
容姿とマッチして男装の麗人って感じで女達に囲まれそうね。
「お久し振りですね。ガブリエル様」
女は私に赤いけど冷たい瞳を向けてきた。
「えぇ。久し振りね。“荒鷲”さん」
私は女の渾名を言った。
「誰なの?」
ウリエルが私に訊ねてきた。
その声にはかなり・・・いえ、凄まじい嫉妬が込められていた。
「ヴラド一族の生き残りよ」
私はそれに平坦な声で答えた。
「あの魔界最強の傭兵と謳われた一族の?」
ウリエルは荒鷲を見た。
「初めまして。ウリエル様。私はヴラド・ブローディア・クレセントと申します」
長ったらしい名前を名乗った荒鷲にウリエルは眉ひとつ動かさずに見ていた。
「初めまして。ミス・クレセント。私の名は・・・・・・・・・・」
「ヴァイリング・ムサミナルエルンスト・ウリエル。12人のセラフィム(熾天使)の一人にしてエデン(楽園)を護る女天使」
荒鷲はウリエルの言葉を遮り淡々と喋り始めた。
「かの大天使ルシュフェールが天界に潜入した時、唯一その正体に気付き追討するも後一歩の所で逃げられた」
そして神を冒涜する者は誰だろうと許さず罪人には正義と言う名の鉄槌を下す“断罪の天使”と呼ばれている。
そう荒鷲は言った。
「よく私を知っているわね」
「貴方様の事はガブリエル殿からも聞いておりますし魔界でも噂ですから」
「そう。私も貴方の一族は聞いているわ」
あらゆる戦場に出て雇われたら敵味方にも別れて殺し合い、女子供老人を問わず一族全員が古今東西あらゆる暗殺術に長けている。
依頼は完全遂行で邪魔な物は仲間だろうが、容赦なく殺し裏切りも失敗も許さない。
だが、魔界で法や制度が出来上がると活躍の場を失い・・・・・・・・・
「その後は非合法な仕事を淡々とこなし、何時しか“汚れ屋”と言われるようになった」
そして最後は魔界の皇子を暗殺しようとした。
「だけど、暗殺は失敗。最後は一族郎党が全員で挑むも、たった一人の悪魔である皇子の手に掛り皆殺しになった」
「その通りです。ですが、私だけは“運が良く”生き残る事に成功しました」
「元敵の貴方が、どうして抹殺する相手だった“皇子”である飛天様の部下になったの?」
「プライベートな事を話す気はありません」
「私はこの方を護る存在。もしも、の事を考えれば強制的に聞く事も可能よ」
「それは・・・・断罪の天使として、ですか?」
「いいえ。一人の女として、聞いているの」
「・・・・この方が、私を信用して下さったからです」
たった一人の悪魔である飛天に一族を殺されたが、生き残った自分。
それからは暗殺者として生きて来たが、ここでも飛天を暗殺する依頼を受けた。
そして狙ったが返り討ちとなったのは言うまでも無いでしょ?
で、普通なら殺す所なんだけどこの娘は生きている。
つまり助けられたのよ。
理由は飛天の十八番である“気紛れ”だと思う。
敵に情けを掛けるのは命取りになるけど、どうやら彼女の場合は恩に感じたらしい。
「私は、・・・・今まで暗殺者としてしか、・・・・・・・・相手に見られませんでした」
暗殺者は表には決して出ない。
だけど、仕事は完璧にこなす。
それには依頼人が絶対的とも言える信頼を寄せる必要があるの。
でも、相手には毎度のように信頼されなかった。
所が命を狙いながら返り討ちにした飛天は信頼してくれた。
それが応えたらしい。
「私はこの方を護る存在です」
「・・・・その言葉、信じるわ。ただし、覚えておきなさい」
もしも、飛天に害なす者と判断すれば飛天が庇おうと容赦なく灰にする。
「私はね・・・嘘と出来ない事は言わない主義なの」
「覚えておきましょう。では、私からも一言」
「何かしら?」
「万が一・・・貴方が我が主を護れるに値しない女と分かれば、貴方の首を胴から飛ばします」
私も嘘と出来ない事は言わない主義、と荒鷲ちゃんは言った。
「良いわ。では、お互いそうしましょう」
「えぇ」
二人は目を合わせて頷いた。
『何だか新たに現れた恋敵の宣戦布告ね』
何て私は思いながら、飛天に煙草を勧めてやった。
「それにしても、貴方の周りには色んな者たちが多いわね」
「別に。ただ気が付いたら集まっていただけだ」
「そうなの?それにしても、皆殺しにした一族の女をよく懐に入れたわね?」
「使えると思っただけだ。それに、こいつ自身がこう言った」
『私は貴方の弾避け』
「随分とストレートな言葉ね」
「遠回しな言い方は嫌いなんです」
荒鷲は煙草を銜えて答えた。
「それは私も同じよ。だけど、幾ら何でも仮にも家族を皆殺しにされたのに、よく飛天に仕えるわね?」
「先ほども答えた通りです。それに・・・殺された者たちは、どうせ何れは死ぬ運命だったんですよ」
暗殺者などと言う職業だ。
いつ死んでも可笑しくない。
偶々、自分は運よく生き残れた。
一族の仇を討つなどと言うのは現実的でないし、合法的でもないと言い切った。
「随分と冷めた言い方ね」
「私にとって家族と言う言葉は無縁です。父も母も私を娘として考えませんでした。単なる駒です。逆に私にとっても両親は上司であり赤の他人以外の何でもありません」
『鵺より冷酷であり残酷だ』
かつて飛天が言った言葉が今になって分かった。
確かに、冷酷であり残酷だ。
ここまでドライで居られるんだから頷けるわ。
私はそう思いながら、この女なら下手な事はしないと思った。