首輪
「浩孝に睨まれたくありません」
「だめ。一人酒の侘しさは、つまみにならないのよ」
「…………」
M.Cは諦めて、涼子の傍らに腰を落とした。
グラスに口を付けて、涼子はにたりと笑った。うん、と唸って、まるで命の酒を得た乞食のように、ちびちびと飲む。
酒が尽きると、またM.Cに作らせた。しばらく、沈黙の帳がおりる。
不意に、涼子は、十一杯目を作って差し出したM.Cの腕を捉えて、おとなしく捉えられままのM.Cを机に突き倒した。背骨と木がぶつかって、M.Cが息をつめる。
机に上半身を横たわらせたM.Cの上に覆いかぶさり、涼子はその首筋に唇を寄せた。
M.Cの首に嵌められた大きな銀の首輪に舌を這わせ、その錠前の鍵穴に舌をねじ込ませようとする。
金属の断面は柔らかな肉に容易くも傷をつけ、唾液と血の混ざり、M.Cの首にぼたりと落ちた。M.Cが体を揺らし、緊張に体を強張らせる。
愉悦を含んだ微笑で眺め、涼子はM.Cの右鎖骨にキスマークを付けた。
「……その首輪がなかったら、よかったのにさ。あたしが、あんたを貰うのに」
「…………だめ。あなたは、『違った』」
M.Cの堅い声音に、涼子は唇を引いた。
M.Cは、その首輪を、友人や家族には見せもせぬくらい大事にしている。
涼子がM.Cの首輪に触れることが出来るのは、偏に『正解した』やつと兄弟関係にあるからだった。
「M.C。来年のバレンタイン、チョコレートくれ」
「わかりました、塾帰りに買ってきます」
「手作り希望なんだけど」
「無理です面倒くさい」
素気無く言い返し、M.Cは上体を起こした。涼子もM.Cから退いて、十一杯目のグラスに口をつけた。M.Cは砂糖の溶け残ったグラスを手に、キッチンに向かった。
「ほっときなよ、あんな薬中。アルよりゃマシだけど、薬だって十分危ないもんよ」
「……レモネード、作らないと」
M.Cはまた、砂糖をざらざらと水面に盛る。さきと同じように、ずぶずぶと徐々に沈んでいくのを茫として見守る。それが沈みきってもその背に注がれる視線に負けて、M.Cはため息をついて言った。
「ほっとけない。私は、浩孝の彼女だから」
「別れておしまいよ。ここに居ても、幸せにはなれないよ。さっさと、学校にいる連中みたいに、なぁんも知らない顔して、表に帰ればいい」
突き放したような酷薄な物言いに、M.Cは苦笑いした。それが出来るなら、苦労はしない。首にかかる重みが、逃げを許さないから、M.Cは帰ることができない。
そして、M.Cもまた、それを望みはしない。
それは、涼子も解っている。解っていて、それでも口にしたのだ。何かの気まぐれで、M.Cがその首輪を打ち捨てる日を夢見ている、涼子自身の望みのために。
「………できるなら、苦労はしないわよね。あんたは、ずっと、『正解』を探してたんだから。今更、手放すなんて――出来ないよね」
「はい。出来ません」
「でも、あたしは、あんたに幸せになってほしい。こんなとこに居たら、何も……何も、出来ないよ。あいつなら、あたしが何とかするからさ」
「………レモネードを届けて来ます。深酒はだめですよ」
諒子の言葉には答えず、M.Cは諒子をおいて寝室に向かった。